ジョン・ハッセルが提唱する“第四世界”とは? 岡田拓郎の“Radical Guitarist”第16回 ジョン・ハッセルが提唱する“第四世界”とは? 岡田拓郎の“Radical Guitarist”第16回

ジョン・ハッセルが提唱する“第四世界”とは?
岡田拓郎の“Radical Guitarist”第16回

岡田拓郎をナビゲーターに迎え、カテゴライズ不可能な個性派ギタリストたちの作品を紹介する連載、“Radical Guitarist”。今回は番外編として、“第四世界”という概念について解説してもらおう。2021年に惜しくもこの世を去った、アメリカの作曲家/トランペッターのジョン・ハッセル。彼が提唱したこのコンセプトは、本連載で紹介する前衛的なミュージシャンたちに多大な影響を与えた重要なテーマである。

文=岡田拓郎 デザイン=山本蛸

時間空間が融解した架空の場所で鳴らされるギター・サウンド

ジョン・ハッセルの提示した先見性は、彼の音楽が世に放たれて以来半世紀近くが経とうとしている2022年という地点において、ますます確かなものになっている。

ハッセルが提唱した“第四世界”とは、あらゆるトラディショナルなサウンドと現代的なアプローチが渾然一体となった音響世界として提示された。この言葉が初めてタイトルに表われた、ブライアン・イーノとの共作『Fourth World, Vol. 1: Possible Musics(邦題:第四世界の鼓動)』(1980年)を聴いてもらえれば、その一端が掴めるだろう。

このコンセプトのもとハッセルは、この世界に存在している様々な音楽、文化的な要素を取り入れた想像上の場所(音楽)を表現した。そこは空間的な影響だけでなく、時間的な要素も融合させ、過去と未来が彼の音楽の中で不可避的に絡み合っている。例えば太古の昔にナイル川で奏でられたハープと、アメリカの最先端都市で奏でられたデジタル・シンセのテクスチャーが、最新のソフトウェア上で作られたビートの中で融合しているのだ。

そんなジョン・ハッセルの音楽は一部の熱心な好事家や実験音楽家に多大な影響を与えていくこととなるが、一般的な知名度があるわけでもなく、またトランペッターでもある彼の音楽をあえてギター専門媒体上で取り上げるにあたり、次のようなことを考えていた。

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少し大きな話になるが、太古のトラディショナルと新しいテクノロジーを用いたデジタルという歴史の線で見れば対局に位置するものを、かねてからの編集感覚で接続させた“第四世界”は、現代のネットを中心とした時代への大きな示唆のように感じる。

つまり、あらゆる情報がネットのサイバー空間を漂い、検索をかければ歴史も文脈からも切り離された単独の情報として手に入り、またそれらを好意によっても悪意によっても簡単に接続させたり切り離したりすることができるこの“混線したラジオ”のような状況は、アイロニーを込めれば“第四世界”でハッセルが表わした“サイバー的混沌の空間”に似ているように思えたのだ。

ただ誤解しないでいただきたいのだが、こうした人知では手に負えないネット空間における混沌としたバグのようなものを、ハッセルは音楽に対して彼の編集感覚をもって人為的に起こしている。つまり彼の場合、歴史文脈を通底させたうえでそれらを切り離したり接続させたりした、ということだ。ただそこには“音楽ってこういうものだよね”というような、これまでの音楽聴取経験の中で私たちに無意識の内に植え付けられてしまった“音楽における道徳感”の一切が排除されている。

こうした感覚をギターの奏法や音色、そこから生まれる音楽という点にフォーカスさせたら、何か面白いことがまだまだ起きうるのではないだろうか ─── それが“ラディカル・ギター”の狙いなのだと思う。またそれは、演奏するだけでなく、音楽を“どう聴くか?”という根本的な問いにまで私たちを引き戻させる。

ギター”的な奏法がほとんど排除された世界

ハッセル作品に参加する歴代のギタリストはアイヴィン・アーセットやリック・コックス、マイケル・ブルック、ライ・クーダーなどといった非常に個性的な面々が揃っている。アイヴィン・アーセットやマイケル・ブルックは、ほとんどギターとは思えない未来的なテクスチャーを得意とする一方、ライ・クーダーはアメリカのみならず各国のトラディショナル・ミュージックへの深い造詣を持つ。

しかしハッセルの音楽においては、ロック、ソウル、ポップスを中心としたギター・ミュージックの長い歴史の中で培われてきたギター”的な奏法はほとんど排除されているのだ。 それは、ソフトウェア、ハードウェアを通り、時間空間が融解した架空の場所で鳴らされるギター・サウンド。人類滅亡後に残されたAIが、かつてそこに存在した人間に想いを馳せ、軌道をはずれた人口衛星のようにデジタル・サーバーの中を漂うあらゆる文脈や切断された時間を参照しながら音楽を構成すると、きっとこんな音楽が立ち現われるのではないだろうか。

混沌のネット時代を予見したような第四世界のギタリストに改めて注目してみてほしい。

著者プロフィール

岡田拓郎

おかだ・たくろう◎1991年生まれ、東京都出身。2012年に“森は生きている”のギタリストとして活動を開始。2015年にバンドを解散したのち、2017年に『ノスタルジア』でソロ活動を始動させた。現在はソロのほか、プロデューサーとしても多方面で活躍中。

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