日本を代表するモッズ・バンド、ザ・コレクターズのギタリストである古市コータローが、ソロ・デビューから30周年を迎えた今年、5枚目となるソロ・アルバム『Yesterday, Today&Tomorrow』を完成させた。“等身大の自分を素直に表現することができた”という本作の制作背景について話を聞いた。
取材:尾藤雅哉(ソウ・スウィート・パブリッシング) Photo by Michito Goto
俺は“歌ありきのギタリスト”ってことを改めて感じた
今年は、ソロ・デビュー作『The many moods of KOTARO』(1992年)の発表から30周年ですね。
自分のソロ活動の周年に関しては、これまで一切考えたことがなかったんだよね。2枚目の『Mountain Top』(1995年)から3枚目の『Heartbreaker』(2014年)までに20年くらい空いているわけだし。でも、周りから“節目だから作りましょう”なんてことを言われると、その気になっちゃうというか(笑)。
そうなんですね。コータローさんにとってソロ活動はどういった位置づけになるのでしょうか?
『Heartbreaker』をリリースした頃からは、コンスタントにライブもやっているし、バンドの“サイド・プロジェクト”という感覚はないかな。きちんと腹をくくってやらなきゃいけないと思っているよ。
今作『Yesterday, Today&Tomorrow』は、コータローさんの持つシティ感や歌謡っぽい雰囲気、“ちょっと情けない男の背中に漂う哀愁”などが感じられました。
狙って出せるものじゃないだろうから、自然に出ちゃうんだろうね。一切無理はしなかったし、それは良いことだと思うよ。
コータローさんがソロで表現したいテーマやイメージはどんなものですか?
今回は“今の自分に正直でありたい”という感じだったかな。前作『東京』(2019年)の時は“和モノ”や“シティポップ”っていうキーワードがあったんだけど、今回はその日の気持ちを素直に綴った日記みたいな……そんなイメージで作ったんですよ。だから、ギターを弾き始めるまで自分の中からどんな曲が出てくるかわからなかったんだよね。ただギターをポロロンと弾いてみて、“あ、今の自分はこういう感じなんだ”って気づくことも多かったし、生まれてきた曲から俺は“歌ありきのギタリスト”なんだなってことを改めて感じたりしたね。
たしかに今作は歌を支えるプレイで彩られた作品だと感じました。
面白かったのは、生バンドで演奏する曲を録音する時には完全に“歌を生かすギタリスト”になっているんだよね。さっきも話したけど、きっとそれが自分のスタイルなんだろうね。
生演奏だけでなく、打ち込みのビートを押し出した曲が入っているのも印象的でした。
前作から変わったという印象を出したいとは思っていて。その振り幅を出すのに打ち込みのビートっていうのは、一番わかりやすいかなって思って取り入れてみたんですよ。
やってみていかがでしたか?
好きだね。嫌いじゃないよ。自分のギター・プレイも、意外と打ち込みと相性がいいなって思うんだよね。もともとタイム感的にジャストなギタリストだからさ、打ち込みのビートと一緒に弾いていると単純に気持ちが良いんだ。バンドで作り出す“有機的なグルーヴ”とは、また違った気持ち良さがあるね。
リズム・パートの大きなトピックとしては、前作に続いて息子さんである古市健太さんがドラマーとして全面参加されています。
今回、生ドラムでレコーディングする曲ではすべて演奏してもらいましたよ。サウンド・プロデューサーの浅田(信一)君が“今回、全部やってもらいましょう”と言ってくれたこともあって実現したんだよね。前回のアルバムの時は、息子が自分のバンドの一員として参加することは特殊な出来事だったんだけど、今回は全然そんな感じはしなくて。もう普通に1人のミュージシャンとして接したかな。極端に言うと、あまり息子だとは思わなかった(笑)。
それほど良いドラマーに育ってきたということなのでは?
そうだね。俺自身、ちょっと焦りも感じてるんだよ。だって、まだ18歳なのに毎日ひたすら練習をしていて、ドンドン演奏がうまくなっていくわけじゃない? その姿を見ていたら “ちょっと俺、ヤバいんじゃないか?”って。同じ家に住んでいるから、家であんなにも練習している姿を見ちゃうとさ、“俺ももっとやんなきゃマズいかな?”って思っちゃう(笑)。
素敵な関係ですね(笑)。ツアーも一緒に回るんですか?
今度のツアーもお願いしました(笑)。何というか……人生というものは面白いね。
50代後半になった今も
“夢を見ている若造”のままだった
「笑いとばせ!」は、作品の中では一番緊張感のあるロックンロール・ナンバーですね。
そうだね。ロックンロールなんだけど……ディスコな感じよ。この曲のギターはカッコ良く録れたな。
続く「Fall in Love Again」は、スウィートで洗練されたシティポップに仕上がっています。
そうだね。70年代終わりくらいの匂いが出るといいな、と思って書きました。ボズ・スキャッグスみたいなAORなイメージというか。
個人的には野口五郎の「グッド・ラック」のような雰囲気を感じました。
なるほどね。何かの取材で言ったこともあるんだけど、俺、野口五郎の「グッド・ラック」が好きで。たしかにああいう雰囲気とうまく融合できたらいいなと思ってはいたかな。
合いの手のように登場する気の利いたオブリが素敵なエッセンスになっています。
あの手のオブリって最初からフレーズを決めて弾いちゃうと絶対にダメなんだよね。俺の場合、とにかく1stテイクに集中するんだよ。2回、3回と重ねていくと、だんだん正解がわからなくなってくるから、絶対に良くないんだよね。最初に弾いてみて“イマイチかな”と思っても、2~3日後に聴き直してみると、不思議と今度は良く思えたりするんだよ(笑)。それでもダメだったらまた弾き直せばいいんだしさ。
こういうメロディを彩るようなオブリは、ご自身が持つフレーズのバリエーションが求められるような気がします。
そうだね。そういう時は、俺の中にいる“ロサンゼルス・チーム”(※AOR系ギタリスト)が爆発するんだろうな(笑)。でも……やっぱりボーカリストがいるバンドでずっと歌を輝かせるためのギターを弾いてきたことも大きいんじゃないかな。そうやって長い年月をかけて蓄積された経験が、こういう何気ないオブリを弾いた時にパッと出てくるんだと思う。歌うような感じで弾かないといけないしね。深いし、おもしろいところだよね。
「サワーの泡」では、TOSHI-LOWさんと細美武士さんが作詞を担当しています。この共作が実現に至った経緯について教えて下さい。
去年、彼らはthe LOW-ATUSとして『旅鳥小唄-Songbirds of Passage-』というフォーキーなアルバムをリリースしたんだけど、すごく良い作品だったんだよ。ちょうど同じ時期に俺もアルバムを制作していたから、TOSHI-LOWに電話して“みーちゃん(※細美武士)を呼んで一緒に飲もう”って集まった時に、“ちょっと歌詞書いてよ”って直接お願いした感じですね(笑)。
そうだったんですね。実際に完成した歌詞の印象は?
俺のことを書いてくれた内容だったんだけど、自分じゃ絶対に書かないようなスタイルの歌詞だったからすごく嬉しかった。俺がチューハイばかり飲んでいるところとか、いろんな世界観をダブらせて書いてくれているところはすごく気が利いているし、俺のテーマ・ソングのような感じもしたね。“さすが良い詞を書くな”と思ったよ。
「I’m A Dreamer」の歌詞は、前を向いて夢を追う人の背中を押してくれるような内容です。
そうそう。この曲で描いているのは、自分自身の “子どもの頃から変わってねえな”というコアな部分なんですよ。俺が岩手から東京へ再上陸した時の想いと重ねていたりするんだけど、結局この歳になっても子供の時と同じように夢を見ているわけじゃないですか。それと同時に、皆さんにも“夢を持って生きてほしいな”っていうことを伝えたいと思って作ったんだよね。ちょっとクサいけどさ。俺自身、50代後半になった今もまだ“夢を見ている若造”のままだったわけだしさ。だから最近元気がない人も、コロナ禍で色々なものを失ってしまった人も、夢は見続けてほしい。そんな想いを込めました。
今回、作詞に悩んだりは?
やっぱり歌詞を書く時は、それなりに悩むんじゃないかな。ただ、かしこまって書くと絶対に良くないから、毎晩飲み屋に行って、iPhoneに思いついた言葉をとりあえずメモするんですよ。酔っ払っている時の言葉ってわりと素直だったりするんだよね(笑)。それを翌日に見直して整理する感じかな。“良いかどうか”のジャッジは必要だからね。あとは、どんなに良い歌詞を書いたとしても、その言葉がメロディに乗った時にリズムとして生きてこないとダメだったりするじゃない? “素敵なフレーズだな”と思っていても、音楽に乗せてみるとリズムのハマりが悪いっていう時もあって。そういう時は悔しさを感じながらも、また違う言葉をひねり出すようにしているよ。
言葉、歌、ギター・プレイ
今の自分を素直に表現できた作品
「冬がはじまる」はコーラスをかけた16ビートのカッティングや野太いリード・トーンなどから日本を代表するあのロック・ギタリストの雰囲気を感じました(笑)。
まったくそのとおりです(笑)。あえて名前は出さないけどね。あの方のイメージがあったので最初はもう少しオシャレなコード進行だったんだけど、そこからシンプルに変えたり、ちょっとグランジ的なサウンドに寄せて仕上げました。でもさ、やっぱり70年代の歌謡曲の雰囲気はいいね。もうど真ん中の世代だからナチュラルに細胞に埋め込まれている要素だと思うね。
レコーディングで使用した機材は?
色々と持ち込んでみたんだけど、結局ギターはいつものES-335ばかりだったな。「冬がはじまる」のソロではJazzmasterを使いました。アンプは、歪んだ音はマーシャル(1975 Marshall Lead & Bass 50 Combo)、クリーンはフェンダーのTone Masterだね。エフェクターで使ったのはBOSSのBD-2くらいかな。
ツアーでもES-335を使う予定ですか?
いや、なんとなく今回のツアーはエピフォンのCASINOでやろうと思っていますね。
おお、楽しみです。1人のミュージシャンとして、今作を作ったことで見えてきた表現の可能性はありましたか?
ギター・マガジン的に言うと、もっと自分のギター・プレイの幅を広げたくなったね。ギタリストは、みんな指癖を持っていると思うんだけど、その指癖の新商品を増やしたくなったという感じかな。自分のスタイルを進化させたくなったね。
改めて、今回の作品制作を振り返って一言お願いします。
言葉、歌、ギター・プレイ、今の自分を本当に素直に表現することができたアルバムだと思う。背伸びもしないし、若ぶりもしない。だから自分で聴いていても気持ちが良いですね。本当にちょうど今の自分。それが良かったね。
作品データ
『Yesterday, Today&Tomorrow』
古市コータロー
コロムビア/COCP-41723/2020年3月30日リリース
―Track List―
01.Yesterday, Today&Tomorrow
02. 笑いとばせ!
03. Fall in Love Again
04. 傷だらけのテンダネス
05. 北風
06 .I’m A Dreamer
07. サワーの泡
08. 雨の匂い
09. 冬がはじまる
10. ウイスキー
―Guitarist―
古市コータロー