イスラエル人の両親の下、岐阜で生まれ育ったリバーモア海。流麗なメロディを紡ぎ出すテクニックと、複雑な構成でもキャッチーさを失わせない作曲能力を持ち、耳が早いジャズ・ファンから注目されているギタリストだ。そんな彼が所属するトリオ=KENSの1stアルバム『Contact 123』が今年の夏にリリースされた。現在バークリー音楽大学に通っているリバーモアへコンタクトを取り、KENSでの制作やギター・プレイ、得意とする変拍子の考え方を語ってもらった。
インタビュー=今井悠介 写真=本人提供
KENSのメンバーは家族のような存在です
ギターはいつから始めましたか?
しっかりと弾き始めたのは高校2年生くらいの時でした。もともとはバスケット・ボール選手を目指していたんです。高校もスポーツ推薦で入った学校だったんですけど、ちょっと自分に合っていないと感じてバスケを辞めることになって。それまで一日中バスケの練習をしている生活が基本だったので、“そのエネルギーを何かにぶつけなきゃな”と思い、ギターを始めたんです。イスラエルに住んでいる従兄弟がギターを触らせてくれたのもきっかけの1つでした。
音楽があふれているような家庭環境でしたか?
両親とも音楽が大好きで、コンサートなどへは積極的に行くタイプです。僕が小さい頃、お父さんにピンク・フロイドやザ・ローリング・ストーンズのライブ映像を延々と観させられたのを覚えています。その影響で、ちょっと前まではロックが嫌いだったんですよ(笑)。でも今はロックもたくさん聴いています。
あと、当時付き合っていた彼女のお父さんがギター好きで、色々なギターを弾かせてくれて。イスラエルの学校へ入る時に、“これを持ってけ”とイングヴェイ・マルムスティーン・モデルのギターをくれたりしましたね。彼の影響も大きいと思います。
高校生時代にはどのような曲を弾いていたんですか?
長谷川将志さんというギタリストに教えてもらい、フィンガー・スタイルでジブリの曲を弾いたりしていました。それから、長谷川さんの先生でもある砂掛康浩さんというジャズ・ギタリストの方に教えていただくようになり、そこでジャズを演奏し始めたんです。その時はビバップなど古いジャズを中心に弾いていました。それが高校2年生くらいです。
それから高校を卒業して、イスラエルへ留学したんですよね?
本当は国内の音楽学校へ入学を決めていたんですが、思っていたよりもレベルが低く感じて、1週間ほどでスパッと辞めたんです。ちょうど入学金が返金される期間でもあったので。
それから海外でより高度な音楽の授業を受けたいという気持ちになったんですが、その時に親から“どうせならイスラエルに行けばいいんじゃない?”と言われて。それまでなぜか考えに浮かんでいなかったのですが、確かにジャズの聖地ですし、“そうすればいいのか!”とイスラエル行きのチケットを買ったんです。
イスラエルではリモン音楽学校というところへ入学し、1~2年目はバークリー・コースにいました。そこで学んだことは、のちにバークリー音楽大学へ入った時にスキップできるんです。“3年目を終えたらバークリー音楽大学へ行こう”と思っていたんですけど、リモン音楽学校にあるジャズ・インスティトゥートという少数精鋭のグループに入ることになりました。入るためのオーディションが凄く厳しく、僕も入学時に受けたのですが落ちてしまい、2年目が終わった時にもう一度受けて合格したんです。そのグループでさらに2年間みっちり授業を受けました。
授業はどのような内容なのですか?
リモン音楽学校の良いところは、楽器に固執していないことです。楽器だけできても生計を立てるのは難しいので、編曲やスコアの作成、トラック・メイクなど、色々なスキルを学ぶことができます。僕はビッグ・バンドや弦楽四重奏、フル・オーケストラなどのスコアを作成して、演奏を録音することもできました。やろうと思えばどんなジャンルでも学べます。
しかも、ジャズ・インスティトゥートに入ると学費が無償になるんです。その代わり、プロジェクト・バンドでたくさん演奏しなければいけなくて、生徒たちが書いたアレンジをその場ですぐに弾いたりとか、実践的なことが体験できました。
KENSのエリ・オル(b)さん、ノアム・アルベル(d)さんとの出会いはリモン音楽学校だったのですか?
はい、エリとは1年目からの知り合いです。凄く変わった子で、初めて見た時は“ちょっと近寄らないでおこう”と思っていたんですよ(笑)。でも2年目の時にアンサンブルで一緒になって仲良くなりました。ノアムと出会ったのは3年目ですね。
エリさんもノアムさんもジャズ・インスティトゥートのグループに所属していた?
そうです。ジャズ・インスティトゥートのコースでは、毎週アレンジを書いてみんなで演奏し、それに対して批評をもらうという授業がありました。僕もエリもノアムも変拍子が得意で、変拍子系のアレンジを演奏するためにお互いを利用していた感じでしたが、そのうち“あれ、楽しいぞ”と感じ始めて。トリオを結成しようと決めたわけではなく、3人でライブをやるようになって自然にできた感じです。
リバーモアさんから見て、エリさんとノアムさんはどのようなプレイヤーですか?
僕も含めですが、みんな完璧主義ですね。細かい部分まできっちりと決めたがるので、ケンカ寸前になることも多いんです(笑)。ノアムは鍛え上げたテクニックの持ち主で、エリは練習をたくさんするというよりも、旅などを通してインスピレーションを受けるようなタイプの子です。2人とも正反対な感じですけど、あんなに上手な人たちはほかにいないと思います。
アルバム制作時は一つ屋根の下で一緒にご飯も作って、散歩して、練習もして……と合宿のように過ごしました。家族のような存在ですね。
技巧的な部分でなくダイナミクスなどで自分を表現したい
リバーモアさんが影響を受けたギタリストは?
ギラッド・ヘクセルマンから一番影響を受けていると思います。プレイが似過ぎてしまって、彼の演奏を聴かないようにしていたこともあるくらいです。あとはカート・ローゼンウィンケルやパット・メセニーからももちろん影響を受けていますし、マテウス・アサトやIchikaさんなども聴いていますね。
リバーモアさんの演奏は、コンテンポラリーなギタリストの要素を取り入れつつも、無機質ではなく音楽的なダイナミクスやフレージングになっているのが素晴らしいと感じました。そこは意識しているのですか?
実は僕は左利きなんですが、間違って右利き用でギターを弾き始めてしまったんです。だから今も速いピッキングが得意ではなくて、技巧的な部分ではなく、ダイナミクスなどで自分の表現が出せるようにしているんです。フレーズやリズム、タイム感という、右手とは関係ないところで聴かせられたらいいなと思っています。
曲構成にも聴かせ方のこだわりが感じられます。
あまりジャズ的な曲のフォームは好きではないんです。テーマが終わったらソロを弾いて、また頭に戻って……というような。それって曲のためになっていないと感じるんですよ。『Contact 123』はKENSの初期の楽曲もあるので、そういった構成の曲もあるんですが、最近の曲ではソロ・セクションでは違うコード進行になったりと、なるべく面白い流れができるようにしています。
例えば「Talala」はメロディの流麗さはもちろん、ソロ構成も盛り上がりがあって聴きごたえがありますね。
僕としても、うまくビルドアップできたなと感じています。“カウンター・ポイントを使いながら甘いメロディで始めるよ”ということはエリとノアムに事前に伝えていました。2人とも、僕が言ったことにちゃんと反応してくれるんですよ。ソロの始めでは、僕のカウンター・ポイントのメロディが聴こえるように、ノアムは手でドラムを叩くんです。ソロの終盤も“ディストーションをかけながら、最後はアンビエント系で終わる”という流れを説明していたので、それに反応して2人とも上手くコンピングしてくれました。
僕は、“レコーディングの時は少し準備はしておいたほうがいい”と思っているんです。以前、パット・メセニーが“レコーディングではソロを事前に書いている”って言っていたんですよ。“アルバムの多くは書きソロで、DAWでも編集をする”と。僕としても、アルバムがより良くなるなら、そういった準備や修正というのは大事だと思います。
複雑な変拍子や構成をしつつも、メロディがキャッチーにまとまっているのが良いですね。現代ジャズでは複雑になりすぎてリスナーが覚えにくい曲も多いと思いますが、KENSの曲はメロディの美しさを大前提として作っている印象があります。
曲にはリズムとメロディ、ハーモニーの3要素がありますよね? その中で1つが難しいものになっているなら、ほかの2つは比較的安定していないといけないと思うんです。例えば「The Visitor」は4/4+6/4の10拍子の曲でリズムは難しいんですが、その代わりにメロディとコードは簡単なものになっています。「Downgraded」はメロディがかなり複雑ですが、グルーヴはずっと同じで安定しているんです。難しい音楽をやろうと3要素とも複雑にしてしまう人もいますが、観客に聴いてもらうことを考えて僕らはそうならないようにしています。
いきなり楽器を持って変拍子にトライするのは間違っている
アルバムでは「Con Alma」が唯一のジャズ・スタンダード曲として収録されています。KENSを初めて聴く人に向けて演奏したのですか?
そのとおりです。知らないアルバムを聴く時に、1曲でもスタンダードがあると安心すると思うんです。それに、イスラエルの若者って“ジャズが音楽の中で1番だ”と考えている人が多くて、そういったリスナーに向けてこの曲を入れたという理由もあります(笑)。
この曲も複雑な変拍子になっていますね。
Aパートは5/16+4/16+4/16+5/16、Bパートは11/4です。
それは真似できませんね(笑)。
もうめちゃくちゃです(笑)。
変拍子は現代ジャズにおいてとても重要な要素だと思います。変拍子を演奏する上でのコツなどはありますか?
僕は環境に恵まれたと思います。ノアムが変拍子マスターで、彼と一緒に演奏してこれたのが大きかったかなと。あと、僕の親友兼兄のような存在のベーシスト、ガイ・バーンフェルドって人がいるんですけど、彼はヘスス・モリーナ(p)やティグラン・ハマシアン(p)と演奏していて変拍子を得意としています。そのガイに教えてもらったりもしました。
変拍子は頭で理解するのは簡単ですが、いきなり楽器を持ってトライするのは間違っていると思います。まずはメトロノームと一緒に手拍子ができるようになり、それから音楽と一緒に、次にメロディを歌いながら手を叩いて、その後にようやく楽器を持つんです。変拍子はもともとは民族系の踊りなどから来ているので、まずは体で覚えるのが大切ですね。
各奏者が違う拍子のとらえ方してトリッキーな演奏をすることもありますよね。
例えば「The Visitor」は4/7が基本のコンセプトなんですけど、ノアムが4拍ずつで割ったサイクルで演奏するシーンがあるんです。僕もノアムに合わせて、4拍サイクルと元の7拍サイクルでの演奏をくり返し練習していました。そういうように、変拍子上で違った拍でとらえて演奏できるようになって初めて“変拍子ができる”と言えると思います。5/4や7/4でスタンダードを弾けるっていうのはまだ入門に過ぎないんです。
ティグランだったり、メタルだったらメシュガーなど、変拍子に長けた人たちの音楽を聴いて手拍子を叩いてみることから始めると良いと思います。日本だと有形ランペイジがすごいですよね。彼らにコツを聞いたほうがいいかもしれません(笑)。
ギターはどういったモデルを使っていますか?
Gibson ES-335とFender Stratocasterです。このストラトはオススメですね。Highway Oneというモデルで約10万円ほどで購入したのですが、上位機種と比べても遜色ないサウンドです。今は作られていませんが、見つけたら即買いのギターだと思います。ES-335はどんなジャンルでもカバーできるギターですね。今でも驚かされることがあるくらい。音のスウィート・スポットの範囲はあって、Ichikaさんのようなサウンドやファンク系には向かないですけど、それ以外であればメタルでもポップでもいけます。
「Transparent Blue」ではアコギを弾いていますが、あれは?
Martin M-16で、たぶん40歳くらいになるギターですね。もともと僕はアコギが好きではなかったんですけど、楽器屋でたまたま弾いた時に一目惚れして購入しました。自分でも驚きでしたね。
1stアルバムで高い完成度を誇っていますが、まだまだこれからの進化が楽しみです。
僕らは演奏だけでなく、動画編集や広告制作まで自分たちでやったりしているんです。僕は今バークリー音楽大学でプロダクションのコースに通っていて、今後はミックスまでできるようになりたいなと思っています。日本でのライブも行ないたいです!
Kai Livermore’s Pedalboard
作品データ
『Contact 123』
KENS
自主制作/2022年8月12日配信リリース
―Track List―
01. Ayatori(Intro)
02. Talala
03. Sinking Loud
04. Almost Transpalent Blue
05. Con Alma
06. Never Have I Ever(feat. Sefi Zisling)
07. Downgraded(feat. Itai Portugaly)
08. Transparent Blue
09. The Visitor(feat. Yonatan Voltzok)
―Guitarist―
リバーモア海