名古屋を拠点に活動する5人組インストゥルメンタル・ロック・バンド、mudy on the 昨晩が、約10年ぶりとなるフル・アルバム『An Instrumental』を完成させた。“時間の経過”をコンセプトに制作された1枚で、トリプル・ギターを駆使したエモーショナルなバンド・アンサンブルが爆音で鳴り響く快作に仕上がっている。様々なメロディ・ラインが絡み合うことで、唯一無二の音像を描き出した新作アルバムについて、ギタリストのフルサワヒロカズ、森ワティフォ、山川洋平の3人に制作をふり返ってもらった。
取材・文:尾藤雅哉(ソウ・スウィート・パブリッシング) 写真:sotaro goto(フルサワヒロカズ)、ヤオタケシ(森ワティフォ、山川洋平) 機材写真:本人提供
複数のギターの旋律を重ねつつ、全体で“大きな1つの塊”を作ることを意識しました(フルサワ)
約10年ぶりとなる新作『An Instrumental』が完成しました。まずはアルバム制作にいたる経緯について教えて下さい。
フルサワ 過去作品の楽曲をサブスクで聴けるようにしたら、音源を聴いたディスクユニオンの方から“新曲をレコードでリリースしませんか?”という連絡をいただいて。そこで久しぶりに「THE SHINING」、「なななのか feat.österreich」という2曲を作ったのがアルバム制作のきっかけです。
とはいえ、メンバーとは毎年のように“今年こそは活動を再開しよう”という話はしていたんですよ。本来なら2020年にアルバムを作りたいと思っていて。でもコロナ禍になり、バンドでスタジオにも入れなくなってしまったので、なかなか制作に取り掛かれなかったんです。
森 アルバムを作るって話を聞いた時、まず“無理そうだな”と思いましたね。僕以外のメンバーも同じことを考えていたんじゃないかな。
フルサワ たしかに約10年間、ほとんど曲を作ってこなかったんで、僕も“ちょっと無理そうだな”と思っていました(笑)。
曲はどのように作り込んでいったんですか?
フルサワ 曲によるんですけど、アルバムの半分は僕がデモの段階から楽曲の構成の細部までカッチリと作り込んでいくパターンで制作していて、残りの半分は僕が作ったデモをメンバーに投げて、それぞれにフレーズを考えもらいながら作り上げていきました。
山川 2020年に9mm Parabellum Bulletのトリビュート・アルバム(『CHAOSMOLOGY』)で「Punishment」をカバーしたんですけど、この時はデータのやり取りで曲を完成させたんです。今回のアルバムも、同じやり方で作り上げていきました。
フルサワ デモの段階では僕がフレーズを考えているんですけど、デモを渡したあとに彼らから戻ってくるアイディアが自分の想像以上に面白くて。2人のセンスを頼りに曲を作っていった部分は多々ありますね。
アルバム制作の中で、苦労したところは?
森 これまでの作品でメイン・メロディを担当することはあまりなかったんですけど、今回は単音フレーズでメイン・メロを弾く曲が凄く多かったんです。なので“どうしようかな?”って困り果てました。ほとんどの曲で苦労しました。
そうだったんですね。フレーズはどのように作り込んでいったんですか?
森 まずはパッと思いついたフレーズをデモに入れて、その都度フルサワに判断してもらうというやり取りをくり返しながら、徐々に完成形に近づけていく感じでしたね。
山川 僕もワタル(※ワティフォ)とほぼ同じやり方ですね。フルサワが持ってくるメロディをコピーすることもあれば、ワタルが弾くメイン・メロに対して、邪魔しない程度に“何か面白いことはできないかな?”ってアプローチの仕方を考えてみたり。
なるほど。山川さんがフレーズを作る際にこだわったところは?
山川 メロディ・ラインですね。ワタルのメイン・メロに対して、ところどころハモったり、変に不協和音にさせたりしつつ、変に聴こえないようなフレーズを狙いながらギターを弾きました。
mudyの楽曲は、複数のメロディを折り重ねながらオーケストラ的な手法でアンサンブルを作っているように感じました。
フルサワ おっしゃるとおりで、そんなイメージで全体のアンサンブルを考えていました。鳴ってる音はロック・サウンドなんだけど、対位法などを使って複数のギターの旋律を重ねつつ、全体で“大きな1つの塊”を作ることを意識していましたね。
mudyの曲って、全員がメロディを弾きまくっているので、おそらく1回聴いただけではどこが主旋律かわからないと思うんです。でも、くり返し聴いていくとメロディが浮き上がってくるし、しかも聴く人によって浮かび上がってくるラインが異なる気がしていて。でも曲として、1つのまとまったアンサンブルになっているので、自分たちで演奏しながら“すごく不思議な音像だな”と感じました。
音の塊を上から見てる人もいれば下からも見てる人もいると。
フルサワ そうですね。別にどれが正解でもよくて。そういうサウンドを鳴らしているバンドってそう多くはいないんじゃないかなって思います。
この間スタジオのリハーサルに、僕とワタルとドラムの伊藤浩平の3人だけで入ったんですよ。ほかのメンバーが風邪で集まれなかったりして。で、今までの曲は、メンバーが欠けてもなんとなく演奏できていたんですけど、新しい曲は“もう無理だな”って感じたんです。
そこで“mudyらしさ”というのは、やっぱり5人で鳴らす音像なんだなって思いました。音のルックやシルエットに個性が宿っているんだなって。その中でも特にワティのギターの存在感はかなりデカいと思います。
自分の役割は、アンサンブルの隙間で“何かやっているギター”(森)
みなさんがギターの音作りでこだわったのはどんなところですか?
森 そこまで細かくこだわったわけじゃないですけど、今までよりは圧倒的にリバーブとディレイを踏んでる率が高いですね。今はちょっとジュブジュブした不明瞭な音のほうが好きなんですよ。しかも今回は、自分の気分的にアタックのない感じでメロディを弾きたかったので、歪みにリバーブも加えることで、あえてアタックを消して弾いたりしました。
山川さんはいかがですか?
山川 僕は2009年から2014年までバンドを離れていたので、アルバムの制作に参加するのが大学生の時に作った『VOI』(2008年)や『kidnie』(2009年)以来だったんです。当時は、思うような音作りができず、色々と後悔していたところがあって。なので今回は、エッジの効いた音を作ろうと考えていました。
レコーディングは、前半と後半に分かれていたんですけど、前半では歪みを中心に音作りをして、後半はエンジニアのKJ(上條雄次)さんと相談しつつ、歪みだけでなくディレイやリバーブといった空間系のエフェクトも駆使しながら音作りをしました。
フルサワ 僕の音作りは、以前とほとんど変わっていないですね。メロディを弾くところが増えたので、それ用の歪みとして(ヴェムラムの)Jan Rayをよく使いました。
では、バンドにおける自分のギターの役割について、それぞれどのように考えていますか?
森 僕はわりと“バッキングとメロディ以外のもの”だと思ってます。アンサンブルの隙間で“何かやっているギター”ってくらいに考えていて。フルサワのバッキング、洋平ちゃんのメロディがあるとしたら、曲によってそのどちらかを強調させる役目のような感じかな。
山川 僕は、全体の響きに対して自分のアプローチを考えることが多くて。例えば、明るめのコードを少し悲しい感じにするために不協和音を当ててみたり、わかりやすいメロディを弾くところがあったら少しだけ複雑にしてみたり……今回、そういうアプローチをやり過ぎて、フルサワからの手直しはけっこう多かったです(笑)。
フルサワ 基本的に僕は、ワタルと洋平ちゃんのギターをフォローするような役割だと考えているので、あまりエフェクティブなアプローチはしなくてもいいかなってことを考えていましたね。
ベースも入れると弦楽器が4人もいるので、みんなが弾き始めるとアンサンブルが簡単に破綻しちゃうんですよ。音が当たったり、音域が被ってしまったり。なので色んな楽器が同時に鳴っていても、カオスになりすぎないように気をつけてはいます。
「THE SHINING」や「なななのか feat. osterreich(以下、なななのか)」を始め、ピッチシフターをかけたような高音のフレーズが耳に残りましたが、どのように音作りをしたのですか?
森 今回、オクターブ・ファズを踏んでメロディを弾いているパートがめっちゃ多いので、おそらくその音だと思います。オクターブ・ファズにファズとオクターブ・ディストーションをかけて弾くという、ちょっと無茶苦茶な使い方をしましたね。
今作にはイントロ・パートがない曲も収録されていますよね。「A WRONG MAN」や「正気の人」、「メイン・テーマ」では、いきなり曲が始まる構成も斬新だなと思いました。
フルサワ なんでなんだろう? 作っている時は全然意識していませんでしたね。今言われて、“たしかにそうだな”と思いました(笑)。
「なななのか」は、バンド・サウンドとブラス・セクションが一体となって壮大な展開を見せていく楽曲です。
フルサワ この曲は、僕が1人で全パートを作り込んでいった曲ですね。österreich(オストライヒ)の高橋國光(vo、g)に語りと歌をやってもらったんですけど、彼の歌のラインに加えて弦楽器4本と3つの管楽器が鳴っているので、それぞれのメロを作るのが大変でした。でも、全体のアンサンブルで大きなメロディを作ることができたと思います。
「BAD EDUCATION」は、10年以上前に作った曲だそうですね。
フルサワ 12年くらい前に作った曲ですね。当時録った音源のパラ・データを“これでやったら?”ってメンバーに送ったんですけど……みんな嫌がってました(笑)。
一番新しいアルバムで、12年前の自分が弾いたフレーズを弾き直しているのも面白いかな、と思って。アルバムのコンセプトでもある“時間の経過”にもつながるんですけど、タイム・カプセル的な曲ですね。
森 昔の自分が弾いたギターを思い出しながらレコーディングするのは、ちょっと恥ずかしかったですね(笑)。やっぱり音の好みも10年前と今では微妙に変わっていて。
本当はレス・ポールで弾きたかったけど、結局、当時使っていたストラトを使いました。フレーズに関しては……“コイツ無茶苦茶やってんな”って思いましたね(苦笑)。
山川 僕は、当時の音源で桐山(良太/2012年に脱退)が弾いていたフレーズをコピーして弾きました。この曲は、もう“桐山になり切って弾こうかな”と(笑)。
アルバムが完成したら、全曲“mudyらしさ”しかない曲ばかりになった(山川)
アルバム制作で使用した機材について教えて下さい。ギターは何を使いましたか?
フルサワ メインは、メキシコ製フェンダーの黒いテレキャスターです。ピックガードの裏のボディがくり抜いてあって、ちょっと箱鳴り感のあるモデルになっています。あとダビングで、少しだけストラトを使いました。「エンドマークはうたない」で使ったアコギは、中学生の時に買ったヤマハのF-360です。
森 ほとんどの曲は、1979年製のストラトキャスターでレコーディングしました。「正気の人」はヤマハのSG-RRカスタムで、もともとピエゾ・ピックアップが付いていたんですけど、それを取りはずして使っています。あと「ヴィジット」は、スタッフから借りた1960年代後半製のジャズマスターを使いました。
山川 配線材やコンデンサが1960年代のパーツに交換された1970年代前半製のジャズマスターと、1960年製のレス・ポール・スペシャルのダブル・カッタウェイの2本を半々くらいの割合で使いました。
アンプは?
フルサワ いつも使っているI.M.Iライツ(I.M.I LIGHTS)のNOZZY Handmade Ampです。
山川 基本的にマッチレスのClubmanを使いました。「なななのか」は、クリーン・トーンのアルペジオを綺麗に聴かせたかったので、1966年製のフェンダーDeluxe Reverbを使いましたね。
森 僕は、メサ・ブギーのDual Rectifierのヘッドに、オレンジ・キャビネットの組み合わせですね。レクチは出力を100Wと50Wで切り替えられるんですけど、50Wのほうで使っています。
ではエフェクターは?
森 歪みは、エレハモのBig Muff(ロシア製アーミー・グリーン)、ソース・オーディオの歪みペダル(SA120 Soundblox Multiwave Distortion)とワットソン(Wattson)のオクターブ・ファズ(Classic Electronics FY-6 Fuzz)、I.M.Iライツがケンタウルスをモチーフに作ったオリジナル・ブースター。空間系のペダルは、BOSSのRV-3(リバーブ)くらいしか使ってないですね。
フルサワ メインの歪みはクラウザー・オーディオ(Crowther Audio)のHot Cakeで作りました。ずっと踏みっぱなしで使うことが多かったです。
山川 レコーディングの前半でストライモンのSunset(オーバードライブ)とエンプレス・エフェクツのHeavy(ディストーション)、後半ではBOSS JB-2 Angry Driver(オーバードライブ)を使ってレコーディングしました。あと「A WRONG MAN」でフルサワの持っている(BOSS)CE-1(コーラス)も使いました。
アルバム制作をふり返ってひと言お願いします。
山川 新作を作り始めた時に、“mudyらしくない曲があってもいいんじゃないかな?”と思っていたので、そんなことを意識しながらレコーディングに臨んだんですけど、いざアルバムが完成したら全曲“mudyらしさ”しか感じない曲ばかりになって。僕らはもう“これしかできないんだな”って思いました(笑)。
森 僕も本当に同じで、誰のせいでそうなるのかわからないんですけど、“どうなってもこうなるんや”っていう気がしています。なので今は、何も余計なことを考えてないですね(笑)。
フルサワ 新曲をやること自体が久しぶり過ぎるんで、どんなライブになるかまだ想像できていないんですけど、今から楽しみです。
久々の新作アルバムを作り終えて、mudy on the 昨晩というバンドの可能性についてどのように考えていますか?
森 バンドって、結局のところ電源があれば世界中のどこでもライブができるので、色んな場所で演奏していきたいですね。しかもインストだったらジャンルを選ばずに活動できるのも強みだと思うので、色んなイベントに出てみたいです。
山川 僕自身、大学のサークルでmudyを結成して以来、このバンドしかやってこなかったんですけど、改めて自分がやっていて楽しいと思う音楽を多くの方に聴いてもらえるのは、凄くありがたいです。
今回、2014年にバンドに復帰してから最初のアルバムですが、作品を完成させた今となっては、“もっとやれたな”っていうところがいっぱい出てきたんですよ(笑)。このアルバムを作ったことで、次の作品でやってみたいアイディアがたくさん出てきたので、これからもmudy on the 昨晩というバンドを楽しんでいこうと思っています。
フルサワ これまで自分たちでは“インスト・バンド”という自覚があまりなかったんですけど、今回の制作を経て、自分たちがインスト・バンドであることを強く感じました。ここにきて、ようやくわかったというか(苦笑)。なのでアルバムのタイトルを『An Instrumental』にしたんです。
今回のアルバムは、今までよりもメロディを大事にして完成させたんですけど、曲を作り上げていく中で僕らのようなスタイルのインストのギター・ロック・バンドってあまりいないと感じたんですよね。マスロックのようなインスト・バンドももちろんカッコいいんですけど、僕らはもっと“メロディで引っ張っていけるようなバンドでありたいな”っていう思いは、さらに強くなりました。
『An Instrumental』release tour 2023 “A TOUR”
- 2023年4月29日(土)/大阪 堺 FANDANGO(w/KOTORI)
- 2023年5月13日(土)/名古屋CLUB QUATTRO(w/cinema staff)
- 2023年5月20日(土)/渋谷La.mama
チケット情報:https://sakuban.themedia.jp/pages/1829742/blog
※情報は記事公開時のものです。最新のチケット情報や公演詳細はmudy on the 昨晩の公式HPをチェック!
Recording Gear
インタビュー中でも発言があった、レコーディングで使用した機材の写真を、本人たちから送ってもらった。レコーディング時の貴重な記録を特別にお届けしよう。