ロン・ソーン(Thorn Custom Guitars)インタビュー〜世界のマスタービルダーを訪ねて ロン・ソーン(Thorn Custom Guitars)インタビュー〜世界のマスタービルダーを訪ねて

PR

ロン・ソーン(Thorn Custom Guitars)インタビュー〜世界のマスタービルダーを訪ねて

世界の名ギター・ビルダーを紹介する本企画。今回はLAの気鋭ハイエンド・カスタム・ギター・ブランド、Thorn Custom Guitarsを主宰するロン・ソーンに登場いただこう。精緻な設計と芸術的な装飾美で唯一無二のカスタム・ギターを追求し続ける彼は、元フェンダーカスタムショップのプリンシパル・マスタービルダーとしての実績も兼ね備える。自身のブランドで挑戦する伝統と現代的な価値観の融合が、独自のギター製作にどのように落とし込まれているのかを紐解いていく。

質問作成=編集部 通訳=守屋智博 写真=ロン・ソーン本人提供
Presented by Miyaji Guitars Kanda
*本記事は、ギター・マガジン2025年9月号の記事『世界のマスタービルダーを訪ねて 第5回 Thorn Custom Guitars/ロン・ソーン』の一部を抜粋し、再構成したものです。

Interview
Ron Thorn

2000年にThorn Custom Guitarsを設立し、設計から製作、装飾に至るまですべてを自身で手がけるロン・ソーン。CNCを用いた機械設計のスキルや、1993年に父と始めた“Thorn Custom Inlay”で培った緻密なインレイ製作、そして約5年間にわたるフェンダーカスタムショップでの製作実績など、多彩なバックグラウンドを持つ。その経験は自身のブランドにどう活かされているのか、注目モデルを軸にその製作哲学を聞いた。


長年の経験と誇り、
クラフトマンシップを込めて1本1本に全力を注いでいます。

ロン・ソーン
ロン・ソーン

CNCプログラミングを学んだことは、
私のキャリアにとって非常に大事な経験

ギター製作に興味を持ったきっかけは?

私は12〜13歳の頃、ヴァン・ヘイレンを聴くのに夢中でした。80年代前半当時、住んでいた南カリフォルニアでは特に大きな影響を与えていて、周りの友人たちも彼のようにギターをプレイできるようになりたいと思っていました。そんな時に友人の1人が、60年代の日本製のギターのネックとペグをくれたんです。

幸運なことに私は大工の家系で育ち、祖父も2人の伯父もプロの大工でした。父は大工ではなかったものの、何でも自分で作る器用な人で、カナダの自宅の地下には木工作業場も持っていたんです。だからギターのボディを作ることはそれほど難しくはありませんでした。

ブリッジとピックガードは学校の金属加工の授業を通して自分で作り、ピックアップは地元の楽器店で購入して、ネックを受け取ってからおよそ1ヵ月後には、自宅のステレオに完成したギターをつないで練習を始めていました。ある意味、すべてが必要に迫られて始まったことだったんですそれ以来、地元の友人たちに向けて様々なギターを作るようになりました。

ギター製作の知識はどのように培っていきましたか?

最初は独学でボディやネック、ピックアップの製作を始めていきましたが、高校では機械工学を学んで、卒業後に機械設計者としてフルタイムの仕事をスタートしました。当時、勤務先の会社がCNCマシンを初めて導入した頃で、誰もその操作やプログラミングの方法を知らなかったので、私が志願して動かしてみたんです。それまではCADで図面を引くことしかしてこなかったのですが、昔ながらのベテランの機械工たちが操作方法や加工中に部品をどう固定するかといったことをたくさん教えてくれました。

当時は気づきませんでしたが、このことがのちの私のギター製作にどれほど役立ったのかは計り知れません。CNCプログラミングを学んだことは私のギター製作のキャリアにとって非常に大事な経験でした。

その後、1993年にあなたの父とThorn Custom Inlayを設立してインレイ製作を始めます。きっかけは?

ギター製作にのめり込むうちに、インレイに対して特別な情熱が芽生えてきました。私の細かい作業への集中力や几帳面さが関係していたのかもしれませんが、繊細で小さなパーツを手作業で切り出してぴったりと埋め込む作業がとても楽しかったんです。

当時は仕事から帰宅すると毎晩6時間ほどインレイの製作に打ち込んでいました。それから、周辺には多くのカスタム・ギター・ショップがあって、フェンダーやシェクター、ESP、ヤマハ、B.C.リッチなどもありました。ビジネスとしてインレイ製作をやっていくには理想的な環境だったんです。

そうしたつながりの中で、1990年代半ばには、やがて“ゴースト・ビルディング”という形態で他社のためにボディやネックを作ったり、様々なカスタムショップのためにインレイ製作を請け負うようになりました。それを5年ほど続けたあとにフルタイムの仕事を辞めて、インレイ製作と並行して2000年にThorn Custom Guitarsを立ち上げたんです。

インレイ製作の実績を自身のブランドにどのように活かしていきましたか?

創業時点ではPRSのギターに大きく影響を受けていて、私自身も派手なデザインのものを多く製作していました。PRSは豪華なインレイなど装飾が多用されていますよね? そうした彼らの手の込んだギターは今から25年前には非常に人気があって、華やかなインレイ装飾や、カスタマーとビルダーが直接やりとりできる点を強みとしていた私のところへも多くの注文が舞い込んできました。一時期は納品までに5年待ちというオーダーを抱えていたほどで、PRSの代替となる立ち位置だったように思います。

今では複雑なインレイ製作はあまり行なっておらず、シンプルで伝統的なデザインに注力しています。

2018年にフェンダーカスタムショップのプリンシパル・マスタービルダーに就任した経緯を教えて下さい。

ある時、同業の友人から連絡があり、“フェンダーマスタービルダーの職務に応募するための推薦状を書いてほしい”と頼まれたんです。私は快諾してフェンダーの誰に宛てて推薦状を書けばいいかと尋ねると、クリス・フレミング宛に送るように言われ、彼と私は何年も前から知り合いだったので問題ないと答え、クリスにメールで推薦状を送りました。

すると15分ほどしてクリス本人から電話がかかってきて、“推薦状は受け取ったよ。ありがとう。でもどうして君が応募してこないんだ?”と言われて、驚かされました。“え? 私が応募するなんてまったく考えたこともなかったよ!”と返しましたが、その後にクリスと話をして、最終的に私がそのポジションを引き受けることになったんです。

友人には代わりに自分が採用されたことを伝えなければならなくて、あの時は本当に複雑な気持ちでした。でもその後、友人はJackson Guitarsのマスタービルダーとして雇われることになり、現在もその職位で活躍していますよ。

在籍時に製作した印象的なモデルは?

例えばHawaiian Dream Resonatorのテレキャスターは私が設計から製作までのすべてを手がけ、非常に誇りに思っている1本です。イチから図面を引いて設計し直して、プログラミングで加工し、さらに複雑なインレイ作業や彫金作業まで行ないました。ほかにもカーブド・トップを施したカーボンファイバー・ボディのストラトキャスターや、Game of Thrones Sigil Collectionなども非常に刺激的でした。

しかし実際にフェンダーに在籍していたわずか5年で約1,000本を製作したので、すべてを記憶しているわけではありません(笑)。中でもこれらのモデルは設計から製作の全工程を自身で担い、挑戦となったモデルでしたね。

凄い数ですね! 有名ギタリストのモデルについてはどうですか?

エイドリアン・ブリューは中学生の頃からファンだったので、彼のために何かを作るチャンスがあると聞いた時はすぐに飛びつきました。昔から憧れていたギタリストで、今でも彼と友人関係が続いていることは最大の喜びです。それからDEVOのジョシュ・ヘイガーにもギターを何本か製作してきて、現在も彼の新しいギターを製作している最中なんです。

製作工程の100%を
私の工房で1人で完結している

昨年には再び独立し、個人製作家としてThorn Custom Guitarsを復活させます。現在のブランドのこだわりを教えて下さい。

何より製作工程の100%を自分の工房で1人で完結できることが強みです。フェンダーで働く以前はCNCマシンでの製作やインレイ作業を担当する従業員がいたり、現在フェンダーマスタービルダーであるオースティン・マクナットも私の下で10年間一緒に働いてくれました。非常に少人数ではありましたが、常にチーム作業をしてきたんです。

今は木材の選定から設計、木工、塗装、インレイやブリッジ、ピックアップのワインディングなどのパーツ製作まで完全に1人で作業をしています。

ロン・ソーンの工房内の作業場
ロン・ソーンの工房内の作業場の一角。ここではオリジナル・ピックアップを製作している。

演奏性において最も重要視する工程は?

フレットの仕上げですね。演奏性だけではなく、弦高やフィーリングに直結するポイントであり極めて重要だと感じています。そのためにはネックの製作には丁寧に時間をかける必要があるのです。

まず、木材の表面を整えたあとに自然に休めてシーズニング(乾燥)させることで、内部に加わっていた捻じれや応力が解放されるのを待ちます。木の動きを観察しながら、加工を進めては乾燥させる工程をくり返し、ネック1本の製作にはおよそ4〜6週間ほどかかりますが、これによりネックが非常に安定した状態となって優れたフレット処理が可能になります。

工房のドライ・ルーム
工房のドライ・ルームの様子。ユーザーに長く安心して弾いてもらうために、長い間をかけてシーズニングを行なうことは全工程の中でも重点を置いているという。

伝統的な仕様に敬意を払いつつ、オリジナリティを追求しているのがあなたのカスタム・ギターの魅力です。So Cal C/Sなどはその代表例ですが、このモデルについて教えて下さい。

実はこのモデルは、私がフェンダーのビルダーになる以前の2011年頃に初めて独自で設計したボディ・シェイプなんです。フェンダーに移籍してからCalifornia Specialとして正式に導入し、現在は私のブランドで復活させました。ピックアップ・レイアウトや配線も本器のために設計し直しているんです。

SoCal C/S
SoCal C/S

独自培ってきたCNC加工技術を駆使し、オリジナル・パーツを製作しています。本器に搭載されたBrass-Knuckle ⅡブリッジとTail-Slideビブラートもそうですね。

これらはCNC加工によってボディから少し浮かせた構造としていて、摩擦が大きく減りなめらかな操作感と安定したチューニングを実現しています。私が作るギターに合うと思った場合はビンテージを踏襲したスペックをあえて取り入れることもありますが、合わなければ迷わずオリジナルの仕様を採用します。今のギタリストたちにとってさらに高い機能性や品質を提供できるなら、それに応えた独自の設計や製作を行ないたいと常に思っているんです。

GT-90やRod-90などオリジナル・ピックアップも製作していますが、どのようなこだわりがありますか?

2007年にGT-90を発表し、それに改良を施し続けたのがこのRod-90です。今では多くのメーカーがステイプル・トップのP-90を提供していますが、当時この仕様のピックアップを市販していたのはSeymour Duncanくらいだったので、ブティック・ブランドの中では最初期に取り組んでいたと思っていますよ。私はP-90のサウンドが大好きで、特にコリーナ材との組み合わせが最高だと感じます。

ブリッジとピックアップ
TLタイプ用のBrass-Knuckleブリッジ(①)や、ピッチの安定を実現したBrass-Knuckle Ⅱブリッジ(②)とTail-Slideビブラートなど、CNC加工により精密なパーツ製作も行なう。また、アルニコ5のステイプル・ポールを採用したGT- 90(③)や、さらに改良を加えたRod-90(④)など、P-90タイプのピックアップの製作も得意としている。

主力モデルの1つであるFLORENTINE DeLUXEは、1ピース・マホガニーをくり抜いたボディにイースタン・メイプルのカーブド・トップを採用しており、トラディショナルな木材の組み合わせでありながら細部に工夫を凝らしていますね。

マホガニーとメイプルはグレイトなサウンドを創出する定番の組み合わせですが、私が特に好むのはマホガニーとイースタン・メイプルの組み合わせです。イースタン・メイプルはかなり硬い木材のため、例えばコリーナと組み合わせると鼻にかかったような、ミドルの強い、耳に突き刺さるサウンドになることがあります。もう少しスムーズで耳に優しくバランスの良いものを好むため、硬過ぎないメイプルとの組み合わせを選ぶようにしたのです。

FLORENTINE DeLUXE
FLORENTINE DeLUXE

コリーナやコアなどの希少木材を厳選して使用している点も強みですが、どのような基準で選んでいますか?

私が最も好きなボディ材がフライングVやエクスプローラーでも使われていたコリーナで、そうしたギターをたくさん製作してきました。

それから、私は長年“コアの王様”と呼ばれていたこともあります。というのも、アメイジングなコア材を提供してくれるルートをハワイにいくつか持っていて、非常に優れたコア材を手に入れることができたんです。今でも工房にはかなりの量のコア材を保管していて、長い間ストックし続けて時期を見て取り出しては美しいコアのギターを製作していますよ。例えば、ブラック・コリーナ(ブラック・リンバ)のボディに素晴らしいコアのネックを組み合わせたギターを製作したこともあります。

新鮮さを保って挑戦することが
Thorn Custom Guitarsのモットー

独自のセミアコ構造を採用したGRANTURA MkⅢは、サウンド面でどのような点に配慮して製作しましたか?

このMkⅢモデルはグレッチのペンギンやデュオ・ジェットの構造に非常によく似ていて、合板のトップ&バックを採用していることや、ボディ本体がチェンバー加工された無垢材でできていることが、ユニークでありながらグレイトなサウンドを生み出すうえで重要なポイントになっています。

その個性と魅力を決定づけているのがロン・エリスのピックアップです。特にフロント側に搭載されたFrisellはバー・マグネットを変えたことで少し柔らかさのある音になっています。ロン・エリス・ピックアップはほかのほとんどのモデルで採用しています。コイルを巻き過ぎないことで、出力をかなり控えめに設定しているため、楽器本来の音をクリアに引き出してくれるのです。

GRANTURA MkIII #002
GRANTURA MkIII #002

あなたが好きなサウンドのギタリストは?

ブライアン・メイの大ファンで、私のギター製作のすべては彼の唯一無二のトーンへの愛情から始まったと言っても過言ではありません。

ブライアンがユニークな木材を用いて独自のギターを父の力を借りながら独学で作った点は、あなた自身のキャリアと重なりますね。

そのとおりですね。ただ、あの若さで驚くほど優れた唯一無二のギターを設計して完成させたというのは、本当にアメイジングなことです。ブライアンの著書『Brian May’s Red Special』(2014年発行)を何度も読みましたが、いかに彼が天才かということにいつも驚かされますね。彼にとって最初のギターであり、そしてあれだけのキャリアを支えることになるとは、彼以外に二度と起こりえない奇跡です。

ギター製作で最も大事にすることは?

私がギター・ビルダーとして常に意識していることの1つは、カスタマーにとってギターが非常に大切な存在であることです。ギターが大好きでプレイしてきた方々は、おそらく皆人生の自由時間の大半をギターの習得に捧げるはずでしょう。そのようにモノに情熱や愛情、関心が注がれるということは現代においてとても特別なことです。だからこそ、1本のギターを完成させるのに数ヵ月、数年かかるとしても、その時の私の技術で作ることができる最高のギターを届けることが大事だと思うのです。将来的にギターのオーダーを検討している方々にも、ぜひそのことを理解していただけたらと思います。

最後に、今後の展望を教えて下さい。

ここ数ヵ月で描き溜めたスケッチがいくつかあり、新しいモデルの製作準備もしています。常に新鮮さを保って挑戦することがThorn Custom Guitarsのモットーでもありますからね。まったく同じモデルを1,000本作るより、時間をかけて1本の新たなギター製作を試みるほうがずっと情熱を持ち続けられるんです。これからも長年の経験と誇り、クラフトマンシップを込めて1本1本に全力を注いでいきます。


今回はロン・ソーンのインタビューをお届けした。次回はロン・ソーンが手がけた最新のカスタム・モデルを紹介する。

Thorn Custom Guitars
Tag:
PR
Ron Thorn
Thorn Custom Guitars