連載:『Player』盛衰記 第45回|金字塔を打ち立てた別冊『THE GUITAR』 連載:『Player』盛衰記 第45回|金字塔を打ち立てた別冊『THE GUITAR』

連載:『Player』盛衰記 第45回|金字塔を打ち立てた別冊『THE GUITAR』

2023年に惜しまれつつ休刊した音楽雑誌『Player』。楽器を扱う専門誌として『ギター・マガジン』とは良きライバル関係にあっただけに、その不在はやはり寂しい。音楽業界や楽器業界を盛り上げ、読者に大きな影響を与えたその偉大な55年に敬意を表して、元編集長の田中稔氏にその歴史を綴ってもらう。隔週更新。

文=田中 稔

第45回
金字塔を打ち立てた別冊『THE GUITAR』

前回は1976年秋からスタートした『Player』の人気コンテンツ「THE GUITAR」について紹介した。今回は、そのコンテンツつながりから誕生したプレイヤー別冊『THE GUITAR』に関して紹介しよう。

本誌の「THE GUITAR」は、いずれ別冊にしようと思ってスタートしたわけではなく、当初は時々お休みしながらも、国内外の人気ギタリストが愛用するギターを大型ピンナップとして紹介していた。ギターを誌面いっぱいに拡大することで、改造されている部分やピッキングのキズ、交換されているパーツなども隅々までわかるため、回を重ねるごとに読者の反応が良くなってきた。

“あのギタリストのギターを取り上げてください!”や、“今度来日する○○○のギターをぜひ取材してほしい!”といったリクエストのハガキも頻繁に来るようになった。結果的に、1年も経たないうちにすっかり人気コンテンツとなり、本誌になくてはならない存在となった。

『Player』別冊の第1号は、1976年春に発刊された『楽器の本 1976』だった。これに関しては以前何度か紹介しているので、その内容は省略するが、とにかくよく売れた。その収益も去ることながら『Player』という雑誌の存在を広くアピールする結果となり、出版社としての信頼とスタッフの自信につながったことが何よりも大きかった。

その2年後、社員も2~3人増え、社内では“本誌のほかに別冊を積極的にやりたい”というムードが高まり、70年代後半はいくつかの別冊企画が本誌と並行してスタートした。その中の1つが、今回紹介する別冊『THE GUITAR』だった。

この別冊が発売されたのは1979年1月。本誌の中のコンテンツ「THE GUITAR」のタイトルをそのまま流用して、別冊のタイトルにしている。当時はなんともワザのないタイトルだとも思ったが、とにかくそのズバリのタイトル名はわかりやすく、結果的に大正解だったように思う。この別冊も発売してすぐに売り切れ、その後、書店や取次店、読者からの問い合わせに追われる日々が続いた。

この企画は、『THE GUITAR 2』、『THE GUITAR 3』、『THE GUITAR 4』と数年に一度企画され、2010年に発売された『THE GUITAR 11』まで30数年に渡ってシリーズ化されたが、『Player』として最もセールスが良かったスーパー企画となった。僕は最初の『THE GUITAR』から広告関連で関わったが、編集者として自分が企画したのは『THE GUITAR 4』からラストの『11』までの8巻である。

当時の『Player』編集長は河島彰さんで、この別冊『THE GUITAR』も河島さんが中心になって進められた。『Player』の別冊企画は、『THE GUITAR』に限らず本誌の編集者が担当するのが常だった。本誌と並行して別冊を制作していくのは大変な作業だが、別冊専門の編集部があるわけでもなく、また大型企画を自分が提案して担当することはとてもやりがいがあり、ほかの編集員も積極的に協力してくれた。

河島さんは、僕が1975年に入社した時の編集長で、とても音楽と楽器に精通しており、またユニークな発想のアイディアマンでもあった。彼は楽器や音楽に超マニアックな人を見つけると、すぐに親しくなり、気がつくとすっかりお友達関係になっていた。

彼は、それまでライターの仕事をしたことがない素人さんでも、“この人は面白そう”と思えば原稿を依頼する。文章を書き慣れていない人の原稿はどこかぎこちないが、逆にそれが新鮮に感じられることもあった。

当時、『Player』で初めて原稿を書いたり、ライブ写真を撮っているアマチュア・カメラマンにライブの撮影を依頼したりすることはしばしばあり、河島さんは才能のある人材を見つけ出す天才だった。実は『Player』で仕事をしたのをきっかけに、その後ライターになったりプロカメラマンになった人は何人もいる。

この別冊『THE GUITAR』は複数のカメラマンやライターさんたちの協力を得て制作したが、その最も大きな力となってくれたのがロンドン在住のカメラマン、トシ矢島(矢島俊規)氏だった。

彼は70年代からロンドンに在住しながら日本の音楽雑誌やロック雑誌に写真や記事、ニュースなどを提供し、アーティスト・インタビューやライブ・レポートの依頼を受けて取材のアレンジをしていた。イギリスの大物アーティストとも強いコネクションがあり、本誌はもとより、この別冊でも大いに力を貸してくれた。

彼はおもにロンドンで仕事をしていたが、年に何度か帰国し、付き合いのある雑誌編集部を回ってコミュニケーションを取るのが常だった。我々の編集部にも時々ロンドンの手土産と撮り下ろしの新作ピンナップを持ってやってきては、話好きの河島さんと1時間ほど話をして帰っていった。長い髪とかっこいいジャケットに細身のパンツとブーツを履き、いつもロックっぽいファッションがさまになっていて、ロンドンの香りがした。

別冊『THE GUITAR』には、英国、アメリカ、日本で取材した有名ギタリストが愛用するギターが120本近く掲載され、アーティスト写真も50カットを超えている。70年代後半に、ギターだけを単体で大きく紹介する書籍などは存在せず、『THE GUITAR』はギタリストにとって、圧倒的な存在感を放っていた。

当時はインターネットが普及する20年も前で、ギターに関する情報がまだまだ乏しく、みんな情報に飢えていた。レス・ポール・スタンダードとレス・ポール・カスタム、レス・ポール・スペシャルの区別が今ひとつわからないギター・ファンも多く、“使い古したギターの弦は、お鍋で煮れば汚れが取れて新鮮なサウンドがよみがえる”といった噂を、まことしやかに信じている人がたくさんいた。

そんな時代に、憧れの有名ギタリストが所有するあのギターを誌面いっぱいにカラーで掲載し、ギターによっては裏側まで見せてくれた『THE GUITAR』は、アマチュア・ギタリストから高い評価を受けた。この別冊も発売と同時に飛ぶように売れ、すぐに完売したが、これだけ充実したギター・ブックは売れて当然だったとも言えるだろう。

この別冊に掲載されているギタリスト(もしくはバンド)は以下のとおり。

  • ジェフ・ベック
  • エディ・ヴァン・ヘイレン
  • ジャコ・パストリアス
  • カルロス・サンタナ
  • ボブ・マーリー
  • アル・ディ・メオラ
  • ディッキー・ベッツ
  • ザ・キンクス
  • ジョニー・ウィンター
  • ラリー・カールトン
  • B.B.キング
  • ブランド X
  • ロリー・ギャラガー
  • ザ・ジャム
  • ウィッシュボーン・アッシュ
  • スティーヴ・ハウ
  • ケン・ヘンズレー
  • ミック・ボックス
  • ジューダス・プリースト
  • ウィルコ・ジョンソン
  • ボニー・レイット
  • ジャクソン・ブラウン
  • エイモス・ギャレット
  • ジョージ・ベンソン
  • ノーキー・エドワーズ
  • ポール・グルヴィッツ
  • ジョー・パス
  • リック・デリンジャー
  • レス・ポール
  • トム・ショルツ
  • エリック・ゲイル
  • 竹田和夫
  • BOWWOW
  • 高中正義
  • シンキ
  • 後藤次利
中面
1978年の初頭に彗星のごとく登場し、世界中をハード・ロックの嵐に巻き込んだヴァン・ヘイレン。すでに1979年1月に発売されたこの別冊で紹介している。
中面
ジェフ・ベックの白いストラトと、当時話題になったGRギター・シンセサイザーも掲載されている。
中面
ディッキー・ベッツの1957年製ゴールドトップも当時はピカピカだった。しかも、モハメド・アリのステッカー付き。

著者プロフィール

田中 稔(たなか・みのる)

1952年、東京生まれ。

1975年秋にプレイヤー・コーポレーション入社。広告営業部、編集部にて『Player』の制作を担当。以来編集長、発行人を経て1997年に代表取締役就任。以降も『Player』の制作、数々の別冊、ムック本を制作。48年間にわたり『Player』関連の仕事に深く関わった。

以後はフリーランスの編集者として活動し、2025年4月、クラプトンに魅せられた10人のE.C.マニアのクラプトン愛を綴った『NO ERIC, NO LIFE. エリックに捧げた僕らの人生.』(リットーミュージック発刊)を制作。2025年9月、電子マガジン「bhodhit magazine(バディットマガジン)」の名誉編集長に就任。

アコースティック・ギターとウクレレの演奏を趣味としている。


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『Player』盛衰記