エムドゥ・モクターとは何者か エムドゥ・モクターとは何者か

エムドゥ・モクターとは何者か

日本に住む我々にとっては、突如現われた謎のギタリスト、というのが正直なところ。まずは“砂漠のジミヘン”と呼ばれるエムドゥ・モクターについて、ギタリストとしてのプロフィールを簡単に紹介しておこう。

文=福崎敬太 写真=WH Moustapha

ニジェールのカリスマが世界に知れわたるまで。

エムドゥ・モクターは“青衣の民”と呼ばれるトゥアレグ族の出身。インディゴ・ブルーに染め上げた伝統衣装が特徴のひとつとされる、遊牧民である。生年月日はさだかではなく、1984年または1986年生まれとのこと。彼の出身地であるアガデスは、西アフリカに位置するニジェール共和国の中央部にあり、サハラ砂漠地帯の交易とともに発展した、多くのトゥアレグ族が生活している地域だ。

写真左から、アモウド・マダサネ(g)、マイキー・コルトン(b)、エムドゥ・モクター、ソレイマヌ・イブラヒム(d, perc)。

彼がギターに興味を抱いたのは、デゼール・ベルというバンドのライブで、同じくアガデス出身のギタリスト=アブダラー・ウンバドゥーグーによる演奏を見た時だった。しかし、そこでギターを始めようと決意するものの、両親から猛反対にあってしまう。諦め切れなかったエムドゥは、自転車のブレーキ・ワイヤーを弦の代わりにした4弦のギターを作り上げ、独学で少しずつ奏法を学んでいった。初めて触れた6弦ギターは、“兄の友人が所有していたもの”と本人談。親の許しが出るまでは自作楽器で練習し、友人のギターでそれを実践していたのだろう。

2008年にナイジェリアでレコーディングした『Anar』でデビュー、ネットを通じてサヘル全域で人気を博す。これをアメリカのバンド、ブレインストームがカバーしたほか、ヨーロッパ・ツアーを行なったことでツウの間でその名が知られることとなった。

彼のプレイは、アフリカ音楽を世界に紹介しているアメリカのレーベル=サヘル・サウンズにまで届いた。創設者であるクリストファー・カークリーはエムドゥにコンタクトを取り、左利き用のギターをプレゼントしたそうだ。また、続くインタビューでも語っているが、ベーシストのマイキー・コルトンの加入は、サヘル・サウンズが重要な役割を果たしている。

そして2015年には、サヘル・サウンズが世界初のトゥアレグ語による映画『Akounak Tedalat Taha Tazoughai』を制作。エムドゥは主演/主題歌/音楽プロデュースを担当した。これはプリンスの映画『Purple Rain』をトゥアレグ族に置き換えたリメイク作品で、この成功によりエムドゥは一気にスターとなった。

映画も音楽も世界的に評価を受け、今年2021年、ペイヴメントやジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンなどでも知られる名門レーベル=マタドール・レコードから、『Afrique Victime』をリリースする。ついに、全世界に向けて、次世代のギター・ヒーローとしてその名を轟かせる。

プレイ・スタイルのルーツは?

エムドゥが影響を受けたギタリストとしては、先に名前の挙がったアブダラー・ウンバドゥーグーがいる。彼は、“デザート(=砂漠の)ブルース”として世界的な評価を得ているバンド、ティナリウェンとともに語られることの多いギタリストで、詳細は割愛するが政治的にもニジェールで重要な功績を残したギタリストである。

また、ライ・クーダーとの共作『Talking Timbuktu』でグラミーを受賞したアリ・ファルカ・トゥーレの名前が挙がったのも興味深い。マリ共和国出身のギタリストで、民族音楽をブルース・スタイルに昇華した名プレイヤーである。

ジミ・ヘンドリックスやヴァン・ヘイレンのプレイもYouTubeなどで観ていたようで、サイケなサウンド・メイクやシーケンス的なアプローチはそのあたりからきているようだ。本特集で続くインタビュー記事では、ほかにも幾人かのアーティストからの影響を公言している。

そして何より、トゥアレグ族の音楽=タカンバ(Takamba)からの影響が大きいという。タカンバがどのような音楽であるかは、以下の動画などで確認できる。

エムドゥの楽曲への影響としては、多くのアフリカ音楽に共通して言えるが、まず6拍子の独特なリズムが挙げられる。「Chismiten」や「Ya Habibti」などで聴ける独特なグルーヴ感でぜひ体感してほしい。

また、上の動画でメロディを演奏する撥弦楽器=ンゴニなどからの影響も大きい。これはヤギの皮を使ったひょうたん状の楽器で、三味線のようにパーカッシブな音を奏でる。ンゴニによる演奏の特徴はトリルに近い高速の発音。歯切れの良いグルーヴを生み出すのに加え、サステインのない楽器ながら、音の持続性も得られる。『Afrique Victime』でも随所で似たアプローチが聴ける。

とまぁ、導入はこのあたりにしておいて、彼の独特なギター・アプローチ、音楽的指向などは、特集本編でじっくりと探っていこう。

作品データ

『アフリク・ヴィクティム』
エムドゥ・モクター

Beat Records/Matador Records/OLE1614CDJP/2021年5月21日リリース

―Track List―

01. Chismiten
02. Taliat
03. Ya Habibti
04. Tala Tannam
05. Untitled
06. Asdikte Akal
07. Layla
08. Afrique Victime
09. Bismilahi Atagah
+日本盤ボーナス・トラック

―Guitarists―

Mdou Moctar、Ahmoudou Madassane