ガット・ギターをかき鳴らし歌った『平成』。自身もエレキ・ギターを持ち、実験的なアプローチを得意とする鬼才=山内弘太を起用した『心理』。今回はこの2作品を軸に、折坂悠太の音楽における“ギター”という存在を探っていく。
文=小川真一
懐古趣味ではなく、まったく知らない過去を自在に操る。
今の日本で、最もシンガー・ソングライターらしい行動をしているのが折坂悠太だと思う。“シンガー・ソングライター”というのは単なる弾き語りのことではない。日常の出来事を自作のメロディに乗せて歌うだけならば、それは幼稚な絵日記になってしまう。誰にも置き換えることのできない自身をさらけ出し、そのすべての責任を自らが負う。この覚悟がなければ、シンガー・ソングライターと名乗ってはならない。
折坂悠太を強烈に意識したのは、2018年に『平成』を聴いた時から。この青年がいつの時代から生まれてきたのか、まるでわからなかった。「逢引」での昭和のアングラ劇団を思わせるような啖呵であたったり、ミニマルなギターと古風な言い回しの交錯する「丑の刻ごうごう」や、ポエトリー・リーディングがアフリカン・ビートと密やかに共存している「夜学」など、どれも嬉しいほどに時制が乱れている。なだらかに続く音楽の歴史の中から、美しい糸だけを紡いだようなサウンドだ。がしかし、レトロな感覚とは違う。懐古趣味ではなく、まったく知らない過去を自在に操っているのだ。その自由さがとても斬新に映った。
新しさと古さの混合。これは歌唱法や自らが弾くギターにも現われていて、オーソドキシーと異端とが入り交じっている。滑らかなフィンガーピッキングが歌詞のリズムに合わせて跳ねだしたり、そのギターの音色がバックの演奏に呼応して変化していったり、言葉と器楽のバランスが絶妙なのだ。最終的に、自身にしか歌えない歌詞を大切にする。その意味でもやはり、現在を代表するシンガー・ソングライターだと言える。
『平成』 折坂悠太
ORISAKAYUTA/Less+ Project./ORSK-005/2018年10月3日リリース
各所で大絶賛を浴びたアルバム『平成』を出したのち、上野樹里が主演したTVドラマ『監察医 朝顔』(フジテレビ)の主題歌を担当し、2シーズンに渡り折坂悠太の歌声がテレビから流れた。さらに2021年の春には、サントリーウイスキー“角瓶”のCMソング「ウイスキーが、お好きでしょ」を歌うなど、一挙にメジャーなフィールドでの露出が増えた。本来ならばここで守りに入っても不思議はないのだが、新作の『心理』は、そういった予想を見事に裏切り、オフェンスに満ち溢れた作品集だったのだ。
鬼才・山内弘太の参加がもたらしたもの。
今回の『心理』は、京都在住のミュージシャンを中心とした“折坂悠太(重奏)”との録音となった。そこには、キーボード奏者のyatchi、自らもシンガー・ソングライターであるドラマーのsenoo ricky、元薄花葉っぱのメンバーで現在はColloidに席を置くコントラ・バスの宮田あずみ、ラーナーズなどでも吹いているサックスのハラナツコなど、興味深い名前が並ぶ。その中でも注目が、ギタリスト=山内弘太の存在だ。
山内は、重奏以外でも咖喱山水とのコラボやLUCA & There is a foxのサポート、大友良英との共演など、歌ものからインプロ、ノイズ系までこなすギタリストで、銭湯で録音したソロ・ギターの作品をカセットでリリースしている。あえて例を出すならば、フレッド・フリス、ビル・フリーゼル、マーク・リボーといったギタリストの系譜に属するのだろうか。
ほかにも、いかんせん花おこし、quaeruといったグループとも関わっているが、そのベクトルは異常なまでだ。さすが、山本精一を生み落とした関西出身のギタリストといったところだ。
『心理』において山内弘太は、併走はするけれど伴奏はしないという姿勢を貫いている。もちろんそれが折坂悠太にとっての最良のスタイルなのだが、時にはギターらしからぬ音を出したり、動物の鳴き声を模写したり、様々な方法論に挑戦している。音響的であり野心的であり、歌の内部に潜入し崩壊を目論んでいるような、そんな起爆剤のようなギターだ。
山内のアルバムへの参加は、折坂悠太にとっても大いなる刺激になっているはずだ。その成果が『心理』なのだとも言える。ライブを続けるうちに、互いの内部にあるものを引き出し合い、まだ変化していきそうな気がする。この歌と楽器との一線を超えた関係が、このあとどうなっていくのか。山内弘太からも折坂悠太からも、当分のあいだ目が離せないのだ。
作品データ
『心理』
折坂悠太
ORISAKAYUTA/Less+ Project./ORSK-016/2021年10月6日リリース
―Track List―
01. 爆発(ばくはつ)
02. 心(こころ)
03. トーチ
04. 悪魔(あくま)
05. nyunen
06. 春(はる)
07. 鯱(しゃち)
08. 荼毘(だび)
09. 炎 feat. Sam Gendel(ほのお)
10. 星屑(ほしくず)
11. kohei
12. 윤슬 (ユンスル) feat. イ・ラン
13. 鯨(くじら)
―Guitarists―
山内弘太、折坂悠太