現代の音楽シーンにおける最重要ギタリストの1人、クルアンビンのマーク・スピアーが、世界中の“此処ではない何処か”を表現した快楽音楽を毎回1枚ずつ紹介していく連載。
今回のアルバムは、マイルス・デイヴィスの『スケッチ・オブ・スペイン』。
文=マーク・スピアー、七年書店(アルバム解説) 翻訳=トミー・モリー 写真=鬼澤礼門 デザイン=MdN
*この記事はギター・マガジン2021年7月号より転載したものです。
マイルス・デイヴィス
『スケッチ・オブ・スペイン』/1960年
ジャズとクラシックが融和するマイルス流スペイン音楽
ジャズ界の帝王であるトランペット奏者マイルス・デイヴィスが、編曲家のギル・エヴァンスと共同制作したアルバム。スペイン音楽の要素が取り入れられており、同国の作曲家・ロドリーゴの名曲をカバーした「アランフェス協奏曲」はオリジナル超えとの呼び声も高い。マイルスによるモード・ジャズのソロと、ギルのオーケストレーションが放つクラシックの旋律が絶妙な融和を見せる傑作だ。
この作品を聴いていると、ふとノスタルジックな気分になるんだ。
彼のことはもはや説明不要かな(笑)? 言わずと知れたジャズ界きっての巨人だけど、マイルス・デイヴィスの作品には好きなものがいっぱいある。エレクトリックを導入した頃も当然、愛聴しているよ。そんな中で、僕は友達からふと借りたこのアルバムの虜になり、たちまち自分にとって大切な存在となってしまった。この作品を聴いていると、言いようもなく素晴らしい気持ちになり、ふとノスタルジックな気分になるんだ。……あ、ちなみにギターは一切入っていない。僕はあまりその辺を気にせず音楽を聴くから、悪しからず頼むよ。
このアルバムが素晴らしいのは、ギル・エヴァンスの存在だ。彼が作り出した管楽器によるハーモニー、ボイシングにはとてつもない影響を受けているよ。実際、僕らの楽曲でコードのボイシングを組み立てる時や、スペースを考える際にものすごく参考にさせてもらっている。僕らは3人組のバンドだからね、僕のギターで豊かなハーモニーを担うことはすごく重要なんだ。前も言ったけれど、僕の参考文献となる音楽に「ギター・ミュージック」と言われるものは実に少ない。ロックもさほど聴かないしね。それよりも管楽器や合唱団のオーケストレーションだったり、違う楽器のソロ・パートのほうが参考になる。それをギターという楽器に置き換えることで、自分らしいスタイルを作っているんだ。
ちなみにこの『Sketches of Spain』は、マイルスが「メロディ」というものについてミニマルな考え方をし始めた頃の作品でね。クールなアプローチがたくさん散りばめられているよ。「アランフェス協奏曲」のようなスペインの有名な楽曲を、独自の解釈でプレイしているんだ。偉大なミュージシャンというのは、あくまで「自分なりの解釈や音」で表現するもので、そうやってスタンダード曲は歴史を紡いでいくものなのさ。
マーク・スピアー(Mark Speer) プロフィール
テキサス州ヒューストン出身のトリオ、クルアンビンのギタリスト。タイ音楽を始めとする数多のワールド・ミュージックとアメリカ的なソウル/ファンクの要素に現代のヒップホップ的解釈を混ぜ、ドラム、ベース、ギターの最小単位で独自のサウンドを作り上げる。得意技はペンタトニックを中心にしたエスニックなリード・ギターやルーズなカッティングなど。愛器はフェンダー・ストラトキャスター。好きな邦楽は寺内タケシ。