ジェフ・ベックがいないギター・シーンが現実となってしまった。エレクトリック・ギター史の大きな大きな物語が、ついに完結してしまった。時代は流れ、新たなギター・ヒーローが次々と生まれてきたが、ジェフ・ベックを超えたと自負するギタリストはどこにもいなかった。そんな偉大な存在が、急な病に倒れた。ありがとう、ジェフ・ベック。さよならは言わない。僕らがいつまでも憧れ続ける唯一無二の天才へ、愛を込めて。
文=近藤正義 Photo by Watal Asanuma/Shinko Music/Getty Images
ロック・ギターのヴァーチュオーゾ、ジェフ・ベックが1月10日に亡くなった。享年78。年齢を感じさせない鍛え抜かれた身体と、長年にわたり健康的な生活習慣が常だった彼が突然の病に倒れるとは信じられないのだが、彼の命を奪った病は細菌性髄膜炎。突然の発症から治療の甲斐なく死に至るまで、ほんの数週間だったそうである。
ギタリストが惚れる、カリスマ性
ジェフ・ベックは1944年6月24日、英国のロンドン、ウォリントンに生まれた。65年にエリック・クラプトンの後任としてヤードバーズへ加入、その後ロッド・スチュアートやロン・ウッドを擁した第1期ジェフ・ベック・グループ、コージー・パウエルやマックス・ミドルトンとの第2期ジェフ・ベック ・グループ、そしてスーパー・トリオのベック・ボガート&アピスを経て、75年よりソロ名義で活動。
自らのギターを主役としたインストゥルメンタル・アルバム『ブロウ・バイ・ブロウ』(75年)、『ワイアード』(76年)で商業的にも評価においても大成功を収め、以降は基本的にその路線を継続した。昨年はジョニー・デップとのアルバム『18』を発表し、11月まで精力的にツアーも行なっていた。これまでに米国グラミー賞を8回、ロックの殿堂にはヤードバーズのメンバーとして、またソロとしての2回選ばれている。
一方でジェフ・ベックは長く輝かしいキャリアを誇り、数多くの傑作アルバムを発表してきたにもかかわらず、なかなか一般的な音楽ファンにはアピールできなかったギタリストだ。それは一匹狼の彼が、あまりにも強烈な “ギタリストとしての業” を持っていたからだろう。3大ギタリストとして比較するなら、歌うことで大衆にアピールすることができたエリック・クラプトン、バンドを統率することで力を発揮したジミー・ペイジとは対照的だ。
また、70年代にフュージョン・シーンへ斬り込み、ジャズとは一味違ったロック・インストというジャンルを切り拓いたこの巨人は、同世代のロック・ギタリストたちとはまったく違った進化を遂げて前人未踏の領域に突入していった。指で弦をはじくことによるニュアンスの増加、アームを駆使することによる連続可変な音程の操作、手元のボリューム操作によるクリーン・サウンドからハイゲインなディストーション・サウンドまでのシームレスな音色の変化、これらの総合的なテクニックにより、例えるならヴァイオリン・トーンのような肉声に近いサウンドを操ることができたのである。
これはまさしくジェフ・ベックにしか奏でることのできないサウンド。そのトーンやテクニックを真似ようと試みる者は世界中に星の数ほどいるが、誰も彼の域まで到達することはできない。憧れるが、決して届かない存在。だから、彼のファンには圧倒的にギタリストが多い。彼の演奏はプロ・アマを問わず、熱きギタリスト魂を刺激するのだ。
まさにジェフ・ベックの魅力とはそういう点にある。そんな彼も昨年ジョニー・デップと制作したアルバム新作『18』で新たなシーズンに突入したように思えた。リラックスしたフレーズとトーンの内に “安らぎと騒乱” を秘めた、穏やかでありながら氷の刃の如き鋭さを持つサウンド。この新境地はギターを弾く人だけでなく、幅広く一般の音楽ファンにもアピールする可能性を秘めていたのではないだろうか。まさに新作は彼の新たな方向性を明確に示した、意欲溢れる新機軸だったのである。それだけに、突然の訃報は残念でならない。
生涯現役。常に進化し続けた、ギタリストの極致
そして70代を迎えてからの昨今の活動は、彼の長いキャリアの中で最もと言ってよいほど充実していた。限りある時間をギターに捧げるかのような多忙なスケジュールと入魂のプレイ、そして決して枯れることなく前進を続ける彼の強靱な意志に、世界中のファンが感動を覚えていたはず。
来日は1973年のベック・ボガート&アピスに始まり、2017年のラウド・ヘイラー・ツアーまで合計17回。日本のファンをこよなく愛してくれたジェフ・ベックだった。そして約57年に渡り一度もキャリアを中断することなくギター・シーンにカリスマとして君臨した彼の死はあまりにも唐突だった。もう彼の生演奏に接することはできない。新譜を待つこともなくなる。我々が少年時代から憧れ、追いかけてきた存在だけに、いつかはこういう日が来ることはわかっていたつもりだが、猛烈に悲しい。今日という日を境に、ギター・シーンに彼の存在しない日常が始まる……。
『ギター・マガジン 2023年4月号 (追悼大特集:ジェフ・ベック)』
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