現代の音楽シーンにおける最重要ギタリストの1人、クルアンビンのマーク・スピアーが、世界中の“此処ではない何処か”を表現した快楽音楽を毎回1枚ずつ紹介していく連載。
今回のアルバムは、フェイス・ノー・モアの『エンジェル・ダスト』。80年代初期にサンフランシスコで結成されたミクスチャー・ロック・バンドの4th作だ。
文=マーク・スピアー、七年書店(アルバム解説) 翻訳=トミー・モリー 写真=鬼澤礼門 デザイン=MdN
*この記事はギター・マガジン2022年3月号より転載したものです。
フェイス・ノー・モア
『エンジェル・ダスト』/1992年
ミクスチャー・シーンの草分け的バンドが生んだ傑作
1982年にサンフランシスコで結成され、レッチリやフィッシュボーンらと共にミクスチャー・ロック・シーンを牽引したバンドの4thフル。彼らの作品の中では最もミクスチャー色が強く、メタル、パンク、ファンク、ヒップホップなどをクロスオーバーさせたサウンドが高い完成度でまとめ上げられている。革新性とポップさを両立させたバランスが秀逸で、バンドの最高傑作との呼び声も高い。
“ムード”が完璧なロック・レコードさ。
珍しくハードなロック・バンドの作品を選んでみたよ。この連載でロックを紹介するのは初めてじゃないかな(笑)? フェイス・ノー・モアは、僕が初めてコンサートを観に行ったバンドなんだ。90年代のことだね。
念を押しておくけど、この時代のロックは普段、僕はあまり聴かないよ? でもなぜかわからないけど、このアルバムだけは何度か立ち返ることがある。やっぱり、ロック・レコードとしてパーフェクトだからだろうね。ただ、例えば「ガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュ」みたいな感じで、スター・ギタリストが輝くような作品ではないと思う。「フェイス・ノー・モアのギタリスト」と言ったところで、「誰なんだ?」と感じる人がほとんどだろう。しかしギタリストの彼(ジム・マーティン)は「グレイトな音楽を作る」という仕事を見事にこなしているよ。彼のパートだけを注目して聴くことはなかなかないけどね。僕は当時ベースをプレイしていたから、むしろベースのほうに注目しがちかもしれない。
そして一番好きなのは、グレイトなメロディだ。マイク・パットン(vo)はもはやレジェンドだからね、わかってもらえるだろう。マイクは「ミスター・バングル」や「トマホーク」といったエクスペリメンタルなプロジェクトもやっているけれど、彼のメロディックなセンスは僕が今やっていることにかなり影響を与えている。
僕はCDというメディアから離れてしまって、もうほとんど所有していないんだけど、最近ついこのアルバムをCDで購入してしまったよ。ドライブする時に聴くのにもってこいで、最高だよね(笑)。基本的にこのアルバムはムードがすべてなんだ。
マーク・スピアー(Mark Speer) プロフィール
テキサス州ヒューストン出身のトリオ、クルアンビンのギタリスト。タイ音楽を始めとする数多のワールド・ミュージックとアメリカ的なソウル/ファンクの要素に現代のヒップホップ的解釈を混ぜ、ドラム、ベース、ギターの最小単位で独自のサウンドを作り上げる。得意技はペンタトニックを中心にしたエスニックなリード・ギターやルーズなカッティングなど。愛器はフェンダー・ストラトキャスター。好きな邦楽は寺内タケシ。