名工トニー・ゼマイティスが築いたブランドの意志を継いだのが、日本のギター・メーカーである神田商会だ。我々は今回、“とあるギタリスト”のシグネチャー・モデルの生産工程をレポートすべく、その生産拠点へと潜入。そして、その作業の流れを見ていく中で、ゼマイティスという格式高い名を背負う、日本の職人たちの矜持が見えてきた。
また、記事の最後に取材をダイジェスト的にまとめた動画もあるため、ぜひレポートと合わせてチェックしてほしい。
取材/文/動画=福崎敬太 写真=星野俊
“世界のゼマイティス”の生産拠点は岐阜にあり
2022年11月某日、岐阜県可児市の工業団地にある、神田商会岐阜事業所へと向かった。ここがゼマイティス・ギターのハイグレード・モデルが作られている工場だ。
出迎えてくれたのは所長の石川祐太氏。これまでに神田商会が取り扱ってきた様々なブランドのギターを手掛けてきた職人で、現在はこの岐阜事業所でゼマイティス・ギターの製作を取り仕切っている。
さて、今回の我々のミッションは、ゼマイティスから新たにリリースされる、ある有名ギタリストのシグネチャー・モデルの生産工程をレポートすること。しかし、普段見ることのできない作業を取材していく中で、彼らの並々ならぬこだわりを目の当たりにし、それをどうにか伝えたいと考えた。
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ゼマイティスと言うからには高品質は当然、そして工場生産ということはそれが均質でなければならない。一般的なギターとは違う豪華な装飾、木材という生きた素材を同じクオリティの製品へと昇華する技術と知識が彼らにはあった。
“工場生産”という言葉が持つ少し無機質なイメージからかけ離れた彼らのこだわりと努力を、実際の作業を追う中で紹介していきたい。
まずは材料から拝見!
石川所長による解説を交えながら、まずはゼマイティス・ギターになる材料を見ていこう。木材は質を見極めて仕入れ、さらに作業をしていく中でも厳選されていく。そのためロスは多いというが、“ブランドの値段に見合ったものを作るために妥協してはいけない”と石川所長は語る。
だがしかし、木材ロスをなくす努力や端材活用なども積極的に行なっている。製作へのこだわりと環境への配慮の両立も、合わせて見ていこう。
続いて、パール・フロント・モデルで使用される貝を見せてもらった。ほかのブランドではなかなか見ることのできない光景だろう。
“これは白蝶貝ですね。いわゆるマザー・オブ・パールです。自然のものなので、今は価格も高騰しているんです(石川)”。 同じくマザー・オブ・パール。“こういう色の入っているものは、色味が悪かったり(左)巣穴が入っているもの(中央)は、はじかなくちゃいけないんです。外観を損ねるほか、割れたりするリスクもあるので、厳選した良いもの(右)を使うようにしています(石川)”。 黒蝶貝と呼ばれるマザー・オブ・パール。 黄蝶貝と呼ばれるマザー・オブ・パール。 シート状に加工されたアバロン。 パール・フロント・モデルは、ボディに貼る位置によって、色味と形が決まっている。それを仕分けている、それぞれの部屋が決まったマンション=“メゾン・ド・パール(勝手に命名)”。 “メゾン・ド・パール”ができる前に使用していた、貝を仕分けるための道具。現在はデザインが変わってしまったため貝の形が違うのだが、材料の高騰もあり、バックアップとして捨てずに取っているそうだ。
あのギタリストのメタル・フロント!
さて、今回の目的であった“あるギタリスト”のシグネチャー・モデルとは、誰なのか? オリジナル・ゼマイティスのメタル・フロントの再現を追うこの章で、その名前が明らかになる。
ここでメタル・フロントの製作について補足しておこう。この模様は、石川氏が作ったデータをもとに、金属加工業者がアルミ合金のプレートにエッチング加工を施すことで仕上げている。エッチング加工とは酸などを用いる金属加工の手法だ。また、今回取材したモデルのトップのメタル・プレートは手彫りに近い繊細な仕上がりとなる機械を使用した彫金加工を行なっている(パーツの一部はエッチング加工で仕上げてある)。機械加工ではあるものの、今回のデザインは精細で工数も多いため、1日に1枚を作るのが限度だそう。
また、それに加えて手作業で表現している部分もあるそうで、それだけの手間暇がかかっていることはほとんど知られていない。この途方もない作業を知ってから楽器店などで実物を観察すると、見え方も変わってくるのでは?
閑話休題、メタル・フロントの章を続けていこう。
オリジナルとなったギターのテイルピースのデザインも忠実に再現! そう、“とあるギタリスト”とは、GLAYのHISASHI! もとはHISASHIがオリジナル・ゼマイティスにマッチするよう、知人のアクセサリー作家に彫ってもらったもののようだ。 これはラッカー・スティックと呼ばれるペイント材で、メタル・フロントの模様を浮き立たせるための塗料。 ラッカー・スティックを温風機で温めて溶かしている。 ラッカー・スティックをメタル・フロントに塗り付け、表面を拭き上げることで、溝に黒色が入っていく。写真左側がメタル・フロントの素の状態だ。 しっかりと拭き上げると、精細な模様が見えてくる。 トラスロッド・カバーも同様に加工されていく。
職人による木材加工を見ていこう
ここからは木材からギターの形になるまでを見ていこう。生産効率を向上させるための機械作業、“ゼマイティス・クオリティ”を実現する職人の手仕事、それぞれにあるこだわりを読み取っていただけたら幸いだ。
木材加工用の機材が揃った作業室。これらの機械はスタッフがメインテナンスをしながら使っているそうだ。“不調の原因を見たり、刃物を交換したりも自分たちでやります。機械がどういう仕組みで動いているかを知ったうえで使うように指導しているんです。不調に気づけるようになってほしいですし、正しい知識は怪我も防いでくれますからね(石川)。 手押しカンナでボディ材を削る。最初のボディ厚を決めつつ、表面を整える。 表面を整えたボディ材。ここからNCルーターにかけることで、大まかなボディの形を作っていく。 NCルーターで削っている模様。 ボディ裏面側の処理が終わった状態。 写真右がNCルーターで切り出した状態で、左が以下で紹介する加工によって磨かれたボディ材。 サンダー=研磨機を使って手作業でボディを整えていく。 側面も同様に研磨していく。 細かな部分はやすりを使い、手の感触を頼りに微調整をする。 磨かれたカッタウェイ部は滑らかな手触りになっていた。 続いてネックの研磨処理。これもボディ同様、手作業でフチを整えていく。 ネック裏。機械ではできない曲線は手作業で削り出す。 仕上がったネックがこちら。フレットはこのあとの工程で入れられる。 石川氏が指板材の違いを見せてくれた。同じエボニーだが、色の違いがある。無駄な材を出さないために色味の浅いもの(左)はグレードの低いモデルへと割り当てられるが、材の質は変わらない。妥協を許さない彼らの矜持を感じる部分だろう。もちろん、“着色して黒くする”ということは一切やっていない。 磨き上がったボディとネックを接合する作業。 ジョイントの状態が設計どおりになっているか、コンマ1ミリ単位で測りながら調整していく。 ジョイントをしては測定、微調整をくり返し、高品質なギターの土台を作っている。
ゼマイティスにしかない独自の塗装
ゼマイティスのフィニッシュは、基本的にナチュラルとブラックのみ。使い込むほどに艶の出る、仕上げにサンディング・シーラーを使う独自の塗装法を追っていこう。
組み込みセクションへ
組み込みのセクションでは、ナットの加工中だった。HISASHIのシグネチャー・モデルの完成まで、駆け足で見ていこう!
検品作業もぬかりなく!
こうして組み上がったゼマイティスのHISASHIモデル。最後はしっかりと検品作業を行なう。
GLAYのHISASHIモデルが完成!!
Zemaitis Factory Tour 2022!
取材中に編集部が回した動画を、ダイジェストとしてまとめてみた。ぜひ本記事で彼らのこだわりを知ったうえで見てほしい。
ZEMAITIS
THE PORTRAIT Metal Front HISASHI Signature Model
【スペック】
■Body Top: Duralumin
■Body Back: Select Genuine Mahogany 1 Piece
■Neck: Select Genuine Mahogany 1 Piece
■Neck Joint: Set neck
■Nut Width: 42mm
■Nut: Bone (Scalloped)
■Fingerboard: Select Ebony
■Headstock Face: Ebony
■Scale: 635mm (25″)
■Frets: 24 Medium
■Neck Pickup: Lindy Fralin® Pure P.A.F.TM Neck
■Bridge Pickup: Lindy Fralin® Pure P.A.F.TM Bridge
■Radius: 305mm (12″)
■ Controls: 2 volume, 2 tone, 3-way toggle switch, 1 Coil split mini toggle switch, 1 Dummy mini toggle switch
■Tuners: Gotoh® SG381-01MG Chrome (Angled mount)
■Finish: Lacquer
■Protection: HISASHI Signature Hard Shell Case
■Strings: Rotosound Nickel Plated Steel (.010, .013, .017, .026, .036, .046)
■Colors: Natural, Black
【価格】
792,000円(税込)
【問い合わせ】
神田商会 https://www.kandashokai.co.jp