ジェフ・ベックの名盤『Wired』のジャケには、デザイン違いの2種類があった!? ジェフ・ベックの名盤『Wired』のジャケには、デザイン違いの2種類があった!?

ジェフ・ベックの名盤『Wired』のジャケには、デザイン違いの2種類があった!?

泣く子も黙るギター・インスト・アルバムの金字塔、ジェフ・ベックの『Wired』。ホワイトのストラトキャスターを楽しそうに弾くベックのイラストレーションが印象的なアルバム・ジャケットだが、実は2種類のデザインが存在する。今回はそんな超名盤に関するお話をお届けしよう。

文/プレイリスト作成=真保安一郎 Photo by Jeffrey Mayer/Getty Images

2種類のジャケット・デザイン、何が違う?

ジェフ・ベックの突然の逝去から2ヵ月余り、様々な追悼記事で彼の代表作としてあげられているのは、やはり70年代中期の『Blow By Blow』(1975年)と『Wired』(1976年)だ。

いずれも果敢にフュージョン/クロスオーヴァーに取り組んだインストゥルメンタル作品ながら、ビルボード4位と16位の驚異的な成績を残している。

そして、このうち『Wired』には、ジャケットが2種類あるのをご存知だろうか?

1つはリリース時のオリジナル版。白いストラトを弾いている青を基調としたジェフのイラストがカッコいい。

もう1つは表紙上部のタイトル/アーティスト名が小さくなって、青い、流れるようなエフェクトがついた現行の修正版ジャケだ。

オリジナル版(左)と現行の修正版(右)。
オリジナル版(左)と現行の修正版(右)。

ヤン・ハマーの“青い風”が吹きすさぶ

実はこの2種類のジャケ、デザインが違うだけではなく、アルバムの内容の奇妙さを端的に表わしているのだ。

修正版は文字以外にジェフのイラストの青いエフェクト部分も強調されていて、さながら収録曲の「Blue Wind(蒼き風)」を彷彿とさせる。表だけではない。裏ジャケ・クレジット部分にはもっと修正が加えられている。

まずは裏ジャケ上部の楽曲名と演奏者名のクレジットが、収録曲順に入れ替えられている。元のオリジナル・ジャケは曲順が決まる前に印刷されたのだろう。これは当時のアルバムではよく見かけたものだ。

そして最大の修正が裏ジャケ下部のクレジットだ。

まず、オリジナル版でジョージ・マーティンだけだったプロデューサー・クレジットが、修正版では「Blue Wind」は、ヤン・ハマーのプロデュースと追記されている。

その下に「Come Dancing」、「Sophie」、「Led Boots」、「Play With Me」と「Blue Wind」はヤン・ハマーによってリミックスされた、とある。なんと! 全8曲中5曲がヤンによるリミックスだったのだ。

オリジナル版の裏ジャケに記載されたクレジット部分
オリジナル版の裏ジャケに記載されたクレジット部分
修正版の裏ジャケに記載されたクレジット部分
修正版の裏ジャケに記載されたクレジット部分

さらにはエンジニア・セクションに「Blue Wind」に関しては、ヤン・ハマーがエンジニアを担当したと追加。いや、それは言わなくてもわかるぞ。この曲はジェフのギター以外の楽器は全部ヤンが演ってる、1人“蒼き風”無双状態なんだから……。

そしてヤン・ハマーはNemperorレコーズの所属だ、とのクレジットも追加。

さらにさらに、ミックスしたスタジオにRed Gateスタジオも追記されているのだ。

もうおわかりだと思うが、この赤門スタジオ、ヤンが運営していたスタジオなのだ。

レコーディング&ミックス・スタジオ・クレジット(オリジナル版)
レコーディング&ミックス・スタジオ・クレジット(オリジナル版)
レコーディング&ミックス・スタジオ・クレジット(修正版)
レコーディング&ミックス・スタジオ・クレジット(修正版)

つまり、ヤンの名前が4ヵ所で追加され、さらに彼の運営しているスタジオまでクレジットされたのが、修正ジャケなんである。

この変更に伴って、表のデザインが変えられたのだから、どうしたって、オレがオレがオレが作った、このヤン・ハマー様の作品なのだ!の「Blue Wind(蒼き風)」を象徴したジャケに思えてきてしまう。ジェフ・ベックの名前もヤンの風に吹かれているかのようだ。

一方、メイン・プロデューサー=ジョージ・マーティンは……

さて、76年発売時のアイロン・パッチ付き日本盤はもちろんヤン・ハマーが大量発生していないオリジナル・ジャケだったから、それで聴き親しんだ日本のファンにとってはどうも違和感があるだろうが、これは前作『Blow By Blow』のような完璧なジョージ・マーティンのプロデュース作では、実はなかったのである。

ジョージ・マーティンは、言わずとしれたビートルズを成功に導いた偉大なプロデューサー。70年代当時は独立して自身のエアー・スタジオを拠点に数々の作品をプロデュースしていた。その中にマハヴィシュヌ・オーケストラの名作『黙示録』があったのだ。

ジョージ・マーティンは最初、なぜ自分にジェフ・ベックのオファーがきたか不思議だったと述べているが、当時ジャズ・ロック/クロスオーバーに憧れを募らせていたジェフにとっては、マハヴィシュヌをプロデュースしたジョージに依頼するのはごく自然な流れだったのだろう。

そして『Blow By Blow』のアルバム制作作業は、ジョージ自体もマックス・ミドルトンを介してジェフとうまくコミュニケーションがとれ、理想的な形で進行した。最後は無数に録音されたジェフのギター・テイクを、ジョージがミックスで精緻に組み上げることで、非常に美しいギター・インストの名作を作り上げたのだ。

しかし『Blow By Blow』の成功はジェフにプレッシャーを与えた。『Wired』ではさらなるパワーを求めて、新たに2人のマルチな才能を引き入れ、そのことで混乱を引き起こすことになった。

1人がその『黙示録』でドラムを担当したナラダ・マイケル・ウォルデン。ドラムの腕もさることながら、キーボード、ベースもこなすスーパーなタレントで、その後アレサ・フランクリンやホイットニー・ヒューストン等ブラック・ミュージックのプロデューサーとして数々のヒットをとばす。作曲能力も群を抜いており、『Wired』は実に8曲中4曲、半分が彼の手によるものだ。

もう1人のマルチ・タレント、ヤン・ハマーは、『黙示録』には参加していないが、ご存じ初期のマハヴィシュヌ・オーケストラのキーボードであり、ジェフが本作の参考にしたビリー・コブハム『スペクトラム』でギターのトミー・ボーリンと壮絶なバトルをくり広げている。

ジェフもショルダー・キーボードを肩にかけてシンセをギターのように弾きまくるヤンには大きな影響を受け、彼と2人で作り上げた「Blue Wind」は前作よりも疾走感があるロック・インストとして人気を博したのだ。実際ライブでも主要なレパートリーとなっている。

とはいえ、これはジョージ・マーティンの仕事ではない。修正版のクレジットで明らかになったように英国録音は最初だけ、その他の録音、ミックス作業の残りは米国で行ない、最後のリミックスにいたってはヤン・ハマーがほとんどの曲をニューヨークの自身のスタジオで仕上げたことがわかる。

途中からジョージは退いてしまったのだ。

本作のエンジニアのピーター・ヘンダーソンはのちに、“数年後に聴いたらカセットに直接録音されたように聴こえた”と語っている。

確かに今改めて聴くと、『Blow By Blow』に比べてミックスもラフで、低音が不必要に大きく感じられる。ただ皮肉なことに、それ故、題名どおりレッド・ツェッペリンへのオマージュである「Led Boots」は、当時のロック・キッズに喝采をもって迎えられたのだが……。

“マハヴィシュヌのような爆発的な演奏に挑戦したかった。ただ、それでジョージ・マーティンを失ってしまった”とジェフはのちに述べている。

しかし、レコード会社はやはりジョージ・マーティンのプロデュース作として発売したのだ。それがオリジナル版のジャケットである。

故ジェフ・ベックの2大傑作である『Blow By Blow』と『Wired』は兄弟のような作品だが、実は多くの点で異なっていた。そしてそれを象徴していたのが修正された「Blue Wind」ジャケだったのだ。

COLUMN|ヤン・ハマーを味わう

「Blue Wind」に限らず、ヤン・ハマーは自作の曲の多くで自らドラムを演奏している。特徴のある変わったドラミングで、勢いはあるが圧が凄い。

その後のジェフの作品でも『ゼア・アンド・バック』での「Star Cycle」や、『Who Else!』の「Even Odds」でドラムを演奏している。

もちろん自作でも叩くし、自分のヤン・ハマー・グループでも、専任ドラマーのトニー・スミスがいるにも関わらず叩いちゃう。

そんなヤンのドラム・プレイリストをどうぞ。

また、「Blue Wind」をスタジオ版のヤンのドラムと、『ライブ!』でのトニー・スミス、『ライブ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル』ジョナサン・ジョセフと聴き比べてみよう。もちろんキーボードはすべてヤン・ハマーだ。

著者プロフィール

真保安一郎

月刊レコード・コレクターズで「初盤道」連載中。月刊stereoで「ディスク・コレクション今月の特選盤」担当。紙ジャケ探検隊隊員。

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