トム・ヴァーレインが愛したギター 王道・定番に背を向けた機材選び トム・ヴァーレインが愛したギター 王道・定番に背を向けた機材選び

トム・ヴァーレインが愛したギター 王道・定番に背を向けた機材選び

トム・ヴァーレインの愛用ギターといえば、フェンダーのジャズマスターが真っ先に思い浮かぶだろう。間違いなく昨今のジャズマスター・ブームの一因でもあるが、当時このモデルを使っていたロック・ミュージシャンは少なかった。今回は、そんなトム・ヴァーレインの使用機材に関するお話。

文=長谷鉄弘

ジャズマスター人気への貢献

トム・ヴァーレインの愛器と言われてギター好きがまず思い浮かべるのは、フェンダー・ジャズマスターだろう。1980年代後半~90年代前半にかけてグランジ/オルタナティブ勢──テレヴィジョンをリスペクトするミュージシャンが多くいた──がこぞって弾くようになり、以後、再評価が進んだこのモデルは、今日ではビンテージかリイシューかを問わず高い人気を誇っている。

しかし、トムがネオン・ボーイズを組んだ1972~73年、発売から15年近くを経たジャズマスターの需要は大きく下落し、70年代末頃の生産中断に向け、出荷数も減少の一途を辿っていた。トムは本器について、“ニューヨークへ出てからジャズマスターを手に入れたんだけど、当時は誰も欲しがらないから95ドルくらいで買えたんだ”と語っている。

1974年のフィルム“Ork Loft Tapes”でトムが弾いているのは、ジャズマスターと同じく当時は不遇をかこっていたフェンダー・ジャガーで、すでに“リップスティック”と通称されるダンエレクトロ製シングルコイル・ピックアップをミドルに増設していた(※1)。

1978年のテレヴィジョン解散までにトムが弾いたジャズマスター&ジャガーは少なくとも4本を確認でき、最も高年式なものでもバウンド・フィンガーボードにドット・ポジションが入る65~66年製で、ブロック・ポジション仕様は見当たらない。ほぼストック状態の楽器もあれば、ピックアップをネック/ブリッジとも“リップスティック”へ換装したものもある。

弦はトップ=.014~.015のヘヴィ・ゲージを張っていたそうだが、それでもフローティング・ブリッジに起因する“バズ”には悩まされたようで、ブリッジ~トレモロ/テイルピース間の弦をマスキング・テープで覆うなどの対策を施していた。

次世代に示した楽器選びの選択肢

1970年代のトムは、ほかにギブソン・レス・ポール・デラックス(75年の写真のみで見られる)、アンペッグ/ダン・アームストロング“ルーサイト”(77年以降の写真に多い)などを弾いており、いずれも1970年代の“王道”や“定番”とは一線を画すセレクトだ。

レス・ポール・デラックスを持つトム・ヴァーレイン(左から2番目)。
ミニ・ハムバッカーを搭載するギブソンのレス・ポール・デラックスを持つトム・ヴァーレイン(左から2番目)。

冒頭でも述べたが、こうした彼のギター選びは“ビンテージを安く手に入れたい”、“他人と被らないような楽器を弾きたい”と指向する後続のギタリストたちにオルタナティブな選択肢を示し、特にフェンダー・ジャズマスター&ジャガーについては今日に至る再評価の遠因を作ったと言って良い。

なお、ギターとともに1970年代のトムの演奏に貢献したアンプは、ミュージックマンHD-130やフェンダー・スーパー・リバーブなど大型のコンボであった(※2)。


脚注

※1:トムは“リップスティック”のトーンをいたく気に入っていたようで、2000年代前半からメインに定めたコンポーネントSTタイプ(バウンド・フィンガーボードにドット・ポジションが入ったジャズマスターのネックを移植している)にも同ピックアップを3個マウントしていた。

※2:ソロ活動を始めたのちの1980年代半ば頃、トムは伝説的なアンプ・ビルダーであるハワード・ダンブルのコンボも愛用している。1990年代以降のステージではVOX AC30も多用された。