ジェフ・ベックがこの世を去った2023年1月10日から、ちょうど1年が経った。様々なアーティストがその死を悼み、それぞれの方法で哀悼の意を表現してきた。今回は、彼の1周忌に合わせて、ジェフ不在となったギター・シーンの1年間をふり返ってみよう。
文=近藤正義 Photo by Venla Shalin/Redferns/Getty Images
あれから1年が過ぎた……
エレクトリック・ギターの巨星、ジェフ・ベックが亡くなったのが2023年の1月10日。享年78であったが、年齢を感じさせない鍛え抜かれた身体、しかもジョニー・デップとの新作『18』をリリースして精力的なツアーをくり返していただけに、彼の訃報はあまりに突然の出来事だった。
あれから1年、我々はギター・シーンに彼が存在しない日常を過ごしてきたが、まだ実感が湧いてこないというのが正直な気持ちだ。
ジェフはまだどこかで忙しくツアーを回っているのでは? そろそろ、新作リリースの話があるのでは? ジェフは昔から気まぐれだったから、少しの間くらいニュースが途切れてもいつものことだし……そう思いたい。
しかし、たびたび耳にする、彼を追悼するイベントや音源に関するニュースが、そんな気持ちを現実に引き戻す。
ジェフの死後に発表された音源
彼の死後に発表された音源としては、まず『Jeff Beck Tribute』という3曲入りのEPがある。内容はすべて未発表曲。イメルダ・メイやオリヴィア・セイフ、女性シンガーをフィーチャーする近年のスタイルの1つだ。
そして、エリック・クラプトンとの連名シングル「Moon River」が配信とアナログ・シングルでリリースされた。実はこの曲は、エリックとジェフのジョイント・コンサートが行なわれた2009年にすでに演奏されていたのだが、この音源は時を経た2022年のレコーディング。
普通にメロディを弾くだけで個性溢れるギター・トーンを聴かせるジェフ、そしてギターを弾かなくとも円熟味を増したボーカルだけで勝負できるエリック、という2人の近年の対比が良い味を出している。
また、ベック・ボガート&アピスのライブ・アルバム『Live in Japan 1973, Live in London 1974』のリリースも話題となった。
日本公演の音源はリマスターされ、ロンドンはレインボー・シアターでのライブはジェフのギター・パートの一部が本人によって生前に手直しされており、これこそがジェフ自身が納得する形なのだろう。B,B&Aについては再結成もなく、インタビューでも決して話したがらなかったジェフだけに、密かにこのような仕事が行なわれていたことに感激。
エリック・クラプトンによる追悼
ジェフとエリック・クラプトンは同郷であるうえに同じ世代、しかも同じ時代を生き抜いてきた同志という間柄だけに21世紀になっても交流は続いていた。
そんなエリックはジェフの逝去を受けて速やかに動いた。ジェフの妻、サンドラ・ベックとジェフ・ベック・エステートの協力のもと、2023年5月22日と23日に、英ロンドンはアルバート・ホールで『A Tribute to Jeff Beck by Eric Clapton & Friends』という追悼コンサートを開催した。
ジェフと縁のあった豪華なギタリストたちが勢揃いしたステージだったが、オープニングを飾ったエリックの「Blue Rainbow」が一際印象的だった。エリックによる同年4月の来日公演でも毎夜オープニングで演奏されていたこの曲は、やはりジェフへの追悼の曲だったのだと、ここで判明。
またジェフは、エリックが主催する“クロスロード・ギター・フェスティヴァル”にもスケジュールが許す限り協力していたようで、2007年(第2回)、2010年(第3回)、2013年(第4回)、2019年(第5回)に出演している。
特に2007年のステージでは、当時まだ新人だった若手女性ベーシスト、タル・ウィルケンフェルドを広く世に紹介したことで大きな話題になった。
そして2023年9月に米ロサンゼルスにて行なわれた同フェスティバルでは、会場でジェフの出演シーンを集めた映像が流されるなど、彼へ捧ぐ演出や演奏が用意されていた。
ジョン・マクラフリンは「Cause We’ve Ended as Lovers(哀しみの恋人達)」と「Freeway Jam」を披露。前者はジョー・ボナマッサとともに、後者はロバート・ランドルフとともに奏でられた。
世界、そして日本におけるトリビュート事情
欧米でのプロによるトリビュートは、やはり生前の本人とつながりのあったミュージシャンに限られるようで、話題性を考えるならそれも仕方がない。また交流のあったギタリストも多いが、ジェフの演奏スタイルを再現するプレイヤーは、まずいない。
ところが、日本においては作品やライブでコラボしたミュージシャンやギタリストがいないため、何をもってトリビュートの話題性とするのか、これが難しい。ただ好きな曲を自分なりに演奏するというやり方もあるが、“馴染みの曲が聴ければ細かいことは気にしない”という欧米のトリビュート事情とは違って、日本のマニアなファンはテクニック的なジェフの再現を求めがちなのだ。その点を意識したトリビュート曲を少し挙げてみたい。
まず、ジェフの自宅に招かれてセッションをした経験のあるChar。近年のインタビューでは、“『ギター・ショップ』の頃から明らかにジェフを意識していた”と語っている。
Charが2023年にリリースしたアルバム『SOLILOQUY』には、「Jeff ~Soliloquy~」を収録。そのトーンやニュアンスはジェフからインスパイアされたもので、ジェフに捧げられた曲であることが公言されている。
ジャズ界では、世界で活躍する韓国のスーパー・ギタリスト、ジャック・リーが、ネイザン・イーストとの連名アルバム『Heart and Soul』の収録曲「Amazing Grace」において、“ジェフの訃報を聞いて彼を意識したトーンで弾いた”と表明した。
そして、奏法やトーンのジェフ的な再現という点で、おそらく世界的にもトップ・クラスの大槻啓之。
プロになる以前から、ジェフ・ベック以外のギタリストからの影響を意図的に遮断するというある意味人生を賭けた行為により、ジェフと関係ない曲を弾いてもジェフ・ベックに聴こえてしまう。そのくらい、ケタはずれのベック度の高さを誇る。さらに、各時代の全曲を再現可能という、常人では考えられない状況だ。
そんな彼の演奏動画をYouTubeで観たジェームス・アッシャーという英国のミュージシャンから、自らが作ったジェフへの追悼曲でギターを弾いてくれないかというオファーを受け、「A Star As One」を完成させた。
大槻はライブでも様々な時期のジェフを再現して聴かせた。2023年3月にはB,B&Aのライブ・バージョンを再現するBBA-J(@原宿クロコダイル)、9月には若手女性フュージョン・バンドMusesをバックに起用して1995年の北米ツアー(ギター・ショップ・トリオ+ピノ・パラディーノ)の再現に挑んだ“第6回ジェフ・ベック・ナイト”(@目黒ブルースアレイ・ジャパン)などを開催。
どうしても忘れることのできない音色
ジェフ・ベックは60代になっても、70代になっても現在進行形で勝負するプレイヤーとしてアグレッシブな姿勢を貫いた。また、台頭する若手ギタリストのハイ・テクニック指向やデジタル化するレコーディング技術の中において、ベテランの域に突入した彼がどのような形で存在意義を示すのか……こういったファンの杞憂を見事に払拭してくれた。
古くからのファンとしては、それらが頼もしかった。一言で表わすなら、“決して枯れることなく前進を続けたギタリストとしての、アーティストとしての姿勢”。
ジェフ・ベック──彼の名はギター・ミュージック・シーンに永遠に刻み込まれる。これからも我々は彼の名を忘れることはないだろう。
『ギター・マガジン 2023年4月号 (追悼大特集:ジェフ・ベック)』
定価1,595円(本体1,450円+税10%)