2023年に惜しまれつつ休刊した音楽雑誌『Player』。楽器を扱う専門誌として『ギター・マガジン』とは良きライバル関係にあっただけに、その不在はやはり寂しい。音楽業界や楽器業界を盛り上げ、読者に大きな影響を与えたその偉大な55年に敬意を表して、元編集長の田中稔氏にその歴史を綴ってもらう。隔週更新。
文=田中 稔
第29回
大きな転機となった『楽器の本 1976』 その④
前回の『その③』では、『楽器の本 1976』の中で最もボリュームゾーンだった「楽器カタログ記事」に関して紹介した。今回はその他の特集記事をいくつか紹介しよう。
ギブソン・ストーリー
70年代、日本で人気があった海外のギター・ブランドと言えば、やはりギブソンとフェンダーだった。『楽器の本』では、4ページにわたり“ギブソンの歴史”と当時の代表的な製品をカラーで紹介している。1902年から続くギブソン社の歴史をコンパクトにまとめ、当時のギブソンが力を入れていたニュー・モデル、L6-Sやリッパー・ベースなどを紹介。
マーティン・ストーリー
自分が初めて編集を担当した思い出の特集“マーティン・ストーリー”も4ページで掲載。1833年に始まるその波瀾万丈のストーリーを日本で初めて記事として紹介したのは『楽器の本』だった。
60~70年代のマーティンは世界的なフォークソング・ブームの中で、華やかな時代を迎えていた。マーティン製品は70年代には大手楽器店の店頭で見かけるようになったが、まだまだ高嶺の花で、気軽に試奏をお願いすることは許されなかった。記事の中で紹介されている1968年製再生産D-45のプロトタイプは、現在小川町にあるビンテージ・ギター・ショップ、ウッドマンで見ることができる。

ヒストリー・オブ・エレクトリック・ギターズ
当時「エレクトリック・ギターの歴史はフェンダー・ブロードキャスター/テレキャスターから始まる」と言われていた。この特集ではその歴史をさらにさかのぼり、1923年にギブソンが発売したL-5の開発者であるロイド・ロアーが製作したピックアップの話から始まっている。リッケンバッカーのエレクトリック・スティール・ギター、ビグスビー・ギター、フェンダー・ブロードキャスター、ギブソン・レス・ポールなどを経て、Alembicまでのエレクトリック・ギターの歴史を6ページにわたって紹介。70年代半ばにこんなマニアックな記事を書いていたのは『Player』だけだった。
レス・ポール・ストーリー
当時は、“ギブソン・レス・ポールにはゴールドトップとサンバーストがある”ということを知っているだけで、ギターに詳しいと言われた時代だった。この特集では、レス・ポール・モデルの誕生から、そのバリエーション・モデルであるLPカスタム、LPジュニア、LPスペシャル、そしてSGまでの製品の流れを分かりやすく紹介している。特集の最初に使用されているのは、ビル・ワイマンがゴールドトップのオリジナル・レス・ポールを弾いている珍しい写真。

フェンダー・ストーリー
ブロードキャスターに始まるフェンダー・ギターの歴史をコンパクトに紹介したミニ特集。テレキャスターやストラトキャスター、プレシジョン・ベースといった代表的なモデルを、フェンダー・ロゴの違いも含めて詳細に解説。『楽器の本』を見て初めてフェンダーの歴史を知ったギター・ユーザーは多かったが、『Player』では何度も紹介したお約束の記事だった。
トニー・ゼマイティス
アメリカのギター・シーンばかりが注目されていた70年代に、唯一イギリスで個性的なギターがプロ・ギタリストの間で密かな話題となった。このミニ特集は、当時ロック・ギタリストの心を見事に掴んだ天才ギター・ルシアー、トニー・ゼマイティスの特集。フリーとフェイセズで世界的に活躍した山内テツ(1946~2025年)愛用のあのゼマイティス・ベースが大きく掲載され、日本のギタリストに大きなインパクトを与えた。

リペア・ルーム
70年代はギター本体に関する情報でさえ十分に得られなかったが、そんな時代に『楽器の本』ではリペア・ルームの紹介も行っている。神田商会のリペア・ルームを訪ね、楽器に深く関わっている裏方の人々の働く姿を取材紹介している。この特集に登場する4人の若きリペアマンたちは、その後楽器業界を代表する人物として活躍した。『楽器の本』ならではのマニアックな切り口の特集といえる。
スティーヴン・スティルスのインタビュー
70年代を代表するバンド、クロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤングで知られるスティーヴン・スティルスのロング・インタビュー。彼は60年代からビンテージ・ギター・フリークとして知られ、数多くのギター・コレクションを所有していた。
このインタビューは、そんなステファンがギターに対する強い愛情とこだわりを語った内容。彼が最初に購入したKayギターの話から始まり、長いキャリアとともに様々なギター・ストーリーを語っている。そして記事の最後には、約50本に及ぶギター・コレクションのリストがシリアル・ナンバー付きで公開されているのもユニークだ。そのリストには、なんと15本ものビンテージ・マーティンが記載されている。

グレイトフル・デッドの音の入り口から出口まで
70年代のアメリカでは、ロック・バンドのステージ機材、PA機材がどんどん巨大化していったが、それを最も象徴するマンモス・バンドがグレイトフル・デッドだった。大きなステージには、バンドの楽器機材がズラリと並び、それらを包み込むように数えきれないほどのAlembicのPAシステムが積み上げられている。この特集は、そんなグレイトフル・デッドのステージ機材に関して、当時Alembicのスタッフだったテッド・ターナーがインタビューと写真で詳しく解説している興味深い内容。

日本のエレキ・ギターの幕開け
『Player』(当初は『The Young Mates Music』)の創始者である、赤星建彦氏が日本のエレキ・ギターの幕開け時代を綴るギター・ヒストリー。戦前のハワイアン・ブームから始まるエレキギターの歴史を、音楽家としてリアルタイムで実体験してきた赤星氏が、当時のキーマンに話を聞く貴重なインタビュー集。
ハワイアン・ブームの草分けであるバッキー白片氏、日本の大衆音楽史にその名を刻む浜口庫之助氏、戦後の混乱期にエレキギターを開発したグヤトーン(東京サウンド)の創始者松木三男氏、テスコの生みの親金子充男氏など、エレキ・ギターのパイオニアたちが日本のエレキ創世記のかたりべとなる。
ミュージック・ブックス/フィンガーピッキング・レコード
70年代中頃の日本ではギターの教則本は発売されていたが、カントリー・ブルースやフィンガーピッキングに関する教則本は皆無に近かった。自分は大学時代に、アメリカのオーク・パブリケーションズが発刊するギター教則本を銀座の洋書店、イエナ書店で数冊入手し愛用しており、この特集を企画した。特集では、当時アメリカで販売されていたオークの楽器教則本や、ステファン・グロスマンなどのフィンガースタイル・ギタリストのレコードなどを31タイトル紹介している。

スティーヴィー・ワンダー・レコーディング・ダイアリー
60年代から天才アーティストとして輝かしい活躍を続けるスティーヴィー・ワンダーのレコーディング・ダイアリー。70年代のスティヴィーは、長いキャリアの中でも黄金期に当たるが、そんな神がかった時代のレコーディング風景を詳細に記録した特集。アメリカの『モダン・レコーディング』誌からの転載。
岡田知之 打楽器コレクション
NHK交響楽団の打楽器奏者、岡田知之氏のパーカッション・コレクション紹介。世界各地で出会った打楽器の数々をインタビューと写真とで紹介。一般的な楽器店では見られない、民族的な香りとサウンドに包まれた内容で、ついパーカッションが欲しくなる特集。
著者プロフィール
田中 稔(たなか・みのる)
1952年、東京生まれ。
1975年秋にプレイヤー・コーポレーション入社。広告営業部、編集部にて『Player』の制作を担当。以来編集長、発行人を経て1997年に代表取締役就任。以降も『Player』の制作、数々の別冊、ムック本を制作。48年間にわたり『Player』関連の仕事に深く関わった。
以後はフリーランスの編集者として活動し、2025年4月、クラプトンに魅せられた10人のE.C.マニアのクラプトン愛を綴った『NO ERIC, NO LIFE. エリックに捧げた僕らの人生.』(リットーミュージック発刊)を制作。2025年9月、電子マガジン「bhodhit magazine(バディットマガジン)」の名誉編集長に就任。
アコースティック・ギターとウクレレの演奏を趣味としている。