2023年に惜しまれつつ休刊した音楽雑誌『Player』。楽器を扱う専門誌として『ギター・マガジン』とは良きライバル関係にあっただけに、その不在はやはり寂しい。音楽業界や楽器業界を盛り上げ、読者に大きな影響を与えたその偉大な55年に敬意を表して、元編集長の田中稔氏にその歴史を綴ってもらう。隔週更新。
文=田中 稔
第43回
1977年、充実した講座の数々
前回は、1977年夏からスタートした『Player』名物『人気投票』について紹介した。今回は、77年後半に掲載されていた「連載楽器講座/ワークショップ」について紹介しよう。
私が入社した75年当時、『Player』には様々な“楽器講座”や“ワークショップ”と呼ばれるコンテンツが掲載されていた。ギター関連のテーマを中心に、キーボードからブルース・ハープにいたるまでその内容は幅広い。それらのコンテンツは、雑誌の総ページが増えるとともにより充実していったが、76~77年あたりから『Player』の看板企画の1つとなった。当時の講座を改めて読み返してみたが、驚くほどマニアックでユニークな内容が多く、『Player』という雑誌名に相応しいコンテンツである。
今回は、77年10月を中心に当時掲載されていた「連載楽器講座/ワークショップ」のいくつかを紹介しよう。
*編集部注:楽曲の著作権の都合上、以下の画像の中の譜面の部分にはボカシを入れています。
『コードワーク講座』
牧野元昭
牧野元昭は、70年代初頭にバッド・シーンのギタリストとしてデビューし、スタジオ・ミュージシャンを経て、80年代半ばに音楽を学ぶために渡米。バークリー音楽大学を卒業後、シュガー・ブルーのバンドで14年間ギタリストとして在籍したほか、ワールドワイドな活動を続けたギタリストだ。
77年9月号から始まったこのギター講座では、コード・ワークを中心とした、アカデミックな内容を展開している。10月号では「基本的なサブコード」に関して詳しく紹介しているが、その充実した内容は牧野ならではといえる。

『スライド・ギター講座』
吾妻光良
50年近くにわたり『ブルース・ギター講座』の講師を務めた吾妻光良だが、70年代半ばは『ブルース・ギター講座』を川口 充が担当しており、吾妻は『スライド・ギター講座』を担当していた。しかし、そのユーモアのセンスと文才は、『スライド・ギター講座』でも遺憾なく発揮されている。
10月号では、吾妻の親しいブルース・ギタリストである江口弘史をゲストに迎え、エルモア・ジェイムズにまつわる2人の談義が丸々1ページ掲載されている。
全体はブルース・ギタリストならではのかなりマニアックな内容なのだが、居酒屋で飲みながらの会話という前提で、江口はオープニングから“エルモアの前に、先ず便所”という会話から講座がスタートする。
ブルースを知り尽くした2人の会話はかなりマニアックだが、ブルースに詳しくない人でも十分楽しめる(笑える?)内容で、吾妻の天才ぶりが見事に発揮されている。
『アーミング講座』
小林克巳
近田春夫&ハルヲフォンのギタリスト、小林克巳が担当する『アーミング講座』。
小林は80年代以降、ロック・ギター関連の教則本や教則音源をいくつも制作したことで広く知られているが、1977年は『Player』で毎月「アーミング講座」を担当していた。77年10月号では、正しいチューニングや弦の巻き方など、ギターの最も基礎的な内容を中心に紹介している。
77年というと、フロイドローズなどのロック式トレモロが登場する1~2年前で、弦がロックされていないギターにおいて上手くアーミングを行なうには、まずそういったギターの基本的なセッティングを見直すことが大切だと語っている。

『アメリカン・ギター講座』
平山雄一
今や日本を代表するベテラン音楽評論家として広く活動する平山雄一だが、そのルーツは『Player』の『アメリカン・ギター講座』から始まっている。もともとギターが好きで、アメリカン・ロックが大好きな平山は、この講座で毎月自らTAB譜付きの譜面を製作して原稿を寄せてくれた。
10月号で取り上げているのは、今は懐かしいマーシャル・タッカー・バンドの「Now She’s Gone」。トイ・コールドウェルのギター・ソロを譜面とTAB譜で紹介している。
トイのギター・プレイはかなりユニークで、全て親指のダウンピッキングで行なうが、その演奏を空ピックも含め、詳細に紹介している。

『ブルース・ギター講座』
川口 充
『ブルース・ギター講座』は、75年秋からローラー・コースターのギタリストである川口 充が担当していた。川口はこの講座でも「ロック・ギターの基本はブルースにある」として、ロック・ギタリストにも役にたつブルース・ギターの基本をわかりやすく紹介している。

『イージー・ギター講座』
大塚康一
大学の先輩であり、僕がプレイヤー・コーポレーションに入社したキッカケともなった大塚康一の『イージー・ギター講座』は、75年秋からスタートしたアコースティック・ギター講座。
彼は大学生時代からシンコーミュージックなどで教則関連の書籍をいくつも制作しており、日本のフィンガーピッキング・シーンの草分け的存在だった。
『Player』では毎月実践的な内容に徹したギター講座を長年連載。この10月号では、ジャニス・イアンの名曲「Love Is Blind」のギターを楽譜とTAB譜で紹介している。
当時この講座を含め、ラジオ関東の「ザ・プレイヤー・ショー」というラジオ番組でも、本誌の講座とシンクロした内容のコンテンツが放送されていた。

『ハープ・スクール講座』
妹尾隆一郎
日本のブルース・ハープ界の草分けとして広く知られる妹尾隆一郎の『ハープ・スクール講座』も76年春から始まった人気のワークショップだった。
ハープの場合、一般的な譜面ではテクニカルな部分が上手く伝わらないので、独自な記号を使った専用の譜面を用いて行なわれる。
この講座でブルース・ハープの魅力を知った読者は少なくなかっただろう。

『電子工学入門』
酒井忠雄
日本のシンセサイザーの歴史は、73年にローランドが日本初の量産型シンセサイザー“SH-1000”を発売し、同じく73年にKORG(当時は京王技術研究所)も“mini KORG 700”を発売したところからスタートする。
77年というとまだまだシンセが特別な存在だった時代だが、『Player』ではすでに75年初頭からこの『電子工学入門』という講座を毎月連載していた。
パワー・コード一発のギタリストにはなかなかハードルが高い内容だが、新たな時代に備えた試みとして、読者の反応は悪くなかった。
だが正直な話、個人的には難易度が高く、自分がこの講座の担当にならないことを祈っていた。

『エフェクター・ランド』
谷川史郎
バレリーナでの活動を始め、いくつかのバンド活動やローランド・ギター・シンセサイザーのインストラクター、ギター・スクール講師、ギター・ライター、ギター関連書籍の制作など、多方面で活躍するロック・ギタリスト、谷川史郎の「エフェクター講座」。
10月号では、28人の有名ギタリストと9人のギタリスト以外のプレイヤーが愛用するエフェクター類について紹介している。講座のタイトルは「エフェクター」だが、本文では「アタッチメント」という言葉を使っているのがなんとも懐かしい。
まだインターネットなどが存在しない時代に、これらの楽器情報は実にありがたかった。
『シンセサイザー講座』
羽田洋一
酒井忠雄の『電子工学入門』とは別に、羽田洋一の「シンセサイザー講座」というワークショップもあった。
この10月号では、ローランドSH-5をシーケンサー(ローランド・システム100)で動かすというテーマで、具体的な接続方法からコントロールの仕方について見開きで分かりやすく紹介している。

1977年当時の『Player』では、毎月ギター関連の講座だけで6種類、その他キーボードや電子楽器を合計すると10種類の講座やワークショップを掲載していた。そのテーマや内容は様々だが、50年も前にギターだけで6種類のコンテンツを連載している音楽雑誌は『Player』以外なかっただろう。
いつか別の機会に超ビッグネーム達が担当していたワークショップに関しても紹介したいと考えている。その中には、松本孝弘や布袋寅泰、樋口宗孝、ビリー・シーンなど世界的なビッグネームも含まれている事実は、驚きである。
著者プロフィール
田中 稔(たなか・みのる)
1952年、東京生まれ。
1975年秋にプレイヤー・コーポレーション入社。広告営業部、編集部にて『Player』の制作を担当。以来編集長、発行人を経て1997年に代表取締役就任。以降も『Player』の制作、数々の別冊、ムック本を制作。48年間にわたり『Player』関連の仕事に深く関わった。
以後はフリーランスの編集者として活動し、2025年4月、クラプトンに魅せられた10人のE.C.マニアのクラプトン愛を綴った『NO ERIC, NO LIFE. エリックに捧げた僕らの人生.』(リットーミュージック発刊)を制作。2025年9月、電子マガジン「bhodhit magazine(バディットマガジン)」の名誉編集長に就任。
アコースティック・ギターとウクレレの演奏を趣味としている。