2020年2月、GM編集部はフィンランドへと旅立った。向かった先はルオカンガス・ギターズの工房。本編で紹介する“Valvebucker”を始めとした革新的なアイディアと、徹底した“ハンドメイド”へのこだわりで、今、世界中から注目を集めているギター・ブランドである。ヨーロッパが誇る名工=ユハ・ルオカンガスを筆頭に、少数精鋭で限られた数のギターしか作らない彼ら。そこには求めるクオリティを実現するためのこだわりや、フィンランドならではの仕事に対する取り組み方があった。同国を代表する観光雑誌にまで紹介される、ルオカンガス・ギターズというブランドの全貌を見ていこう。
8つの代表的なトピックを読んで
ルオカンガス・ギターズを知ろう!
世界が注目するほどの高い精度とクオリティを持つルオカンガス・ギターズ。フィンランドにとどまらずヨーロッパ全土を代表するハンドメイド・ブランドとなった彼らの魅力を、8つのトピックに絞って紹介しよう。
取材/文/撮影=福崎敬太
※本記事はギター・マガジン2020年4月号に掲載された『北欧フィンランドが世界に誇るルオカンガス・ギターズのすべて。』に書き下ろしを加え再編集したものです。
1/ギター製作と真摯に向き合う
ユハ・ルオカンガスの考え
ルオカンガス・ギターズの創設者、ユハ・ルオカンガス(上写真)。彼がインタビュー中に何度も口にしていたのが、“「もっと早く」、「効率的に」、「より多く」、「そして安く」、この考え方が本当に嫌いなんだ”ということ。オーダーをくれたギタリストが求める1本と真摯に向き合い、それぞれに合った工程を踏んでいく。その中で“早く”なんて考えていたら、ミスも生まれるし、ルシアーもギター作りを楽しめない。“幸福な製作家は良いギターを作る”という彼のポリシーにそぐわない利益優先の思想は、ルオカンガス・ギターズで働くすべてのルシアーたちを否定するものであり、そんな彼らだからこそ、アーティストやギター・ファン、はたまた同業者からの信頼を集めているのだ。
2/個性的なマテリアルの選定。
実用面、サウンド面はどうなの?
独自のマテリアルが彼らの個性のひとつ。トップ材として使われているアークティック・バーチは野生のもので、さまざまな表情の杢目を見せてくれるうえに、強度の高い材でもある。ボディやネックに採用されるスパニッシュ・シダーは、近年手に入るマホガニーと比較しても抜群に音が良かったそう。クラシック・ギターではお馴染みの材で、“エレキ・ギターはアコースティック楽器として完成していてしかるべき”というユハの考えがわかりやすく現われている点だろう。さらにナットの素材は野生のヘラジカの骨(上写真)で、俊敏に動く巨体を支える足の骨は、食肉産業の副産物として得られる牛骨よりも高い強度と自然な油分を備えている。これらは決して奇をてらった選択ではなく、ルシアーとしての経験に基づくベストなチョイスなのだ。
3/市民権を得た“サーモウッド”は
フィンランドで研究開発された
現在はかなりポピュラーになった、ローステッド・メイプルなどの熱加工(サーマル・エイジング)を施した木材。実はこの手法はフィンランドの工科大学が、公園の遊具などで使われる木材の加工方法として開発したもの。その研究チームには同じ木材のスペシャリストとして、ユハがギター作りを学んでいた学校=イカリネンも関与。独自に楽器用の木材に応用する研究も行ない、それが今日のサーマル・エイジングのもとになったそうだ。
4/ヨーロッパのビルダー協会EGBで
副理事を務めるカリスマ性
ユハはヨーロッパのギター・ビルダー協会=EGBで副理事を務めている。EGBは2012年、現理事であるスポルト・インストゥルメンツのマイケル・スポルトとユハを含めた数人で、“ヨーロッパでも自分たちのギター・ショウを開こう”とチームを組んだことから発足。すぐにドイツで“The Holy Grail Guitar Show”の開催を実現させた。そしてEGBは現在、120を超えるビルダーが加盟する一大組織に。ユハだけの力ではないが、このエピソードからも彼のカリスマ性が感じられるだろう。
5/フィンランドならではの
先進的な戦略とアイディア
“IT先進国”として名高いフィンランド。ルオカンガス・ギターズも1996年には公式HPを設立し、YouTubeへの動画投稿も黎明期の2008年には始めている。現在は試奏動画はもちろん、ユハ自身の考えもYouTubeの動画で発信。特に「Guitar Price Talk」はぜひ一度チェックしてほしい。さらに、オリジナル・ギターの擬似カスタム&それをオーダーできるアプリ=Guitar Creatorも自社で開発。頑固で伝統的なギター作りの反面、ブランディングやマーケティングについては先鋭的だ。
6/高いクラフトマンシップを持つ
所属ルシアーたちの仕事
ルオカンガス・ギターズをユハの個人ブランドだと思う人も少なくないかもしれないが、実際は彼をトップにした少数精鋭のルシアー集団である。その生産体制は、工程ごとに担当を分けるのではなく、1本をひとりがスタートから完成まで担当するというもの。これは“効率”よりも“仕事の多彩さ、楽しさ”を重視していることに加えて、“ギター作り全体を俯瞰できるルシアーではないと、各工程の深い知識はつかない”という考えもあるのだという。それゆえに各ルシアーの高いクラフトマンシップが育つのだ。
7/幅広いジャンルで愛用される
ルオカンガス・ギターズ
北欧といえばメタル! しかし、ルオカンガス・ギターズはマティアス・クピアイネン(ストラトヴァリウス)を始め、メタルの分野もカバーしながらも、世界中でさまざまなジャンルのギタリストから愛されている。写真は独自開発の真空管搭載ピックアップ=“バルブバッカー”に関するコメントを寄せてくれた愛用者のひとり、サニー・ランドレス。さらに、アコギの名手=トミー・エマニュエルもモジョを入手したひとりで、曰く“エレキ・ギターを買ったのは1966年以来”とのこと。
8/欧州を代表するルシアーが
フィンランドで生まれた理由
フィンランドにはギター製作を教える機関が、イカリネンという学校ひとつしかない。そのためビルダーのほとんどが同門で、仲間意識が非常に強いのだ。技術や情報の交換が頻繁に行なわれるため、切磋琢磨する環境が常にある。このフィンランド独自の環境が欧州屈指のビルダーを育てたひとつの要因でもあるのだろう。ちなみにマイケル・スポルトが“EGBはビルダーたちが情報共有できる場所にしたい”と語った時、ユハは他国の閉鎖的なコミュニティに驚いたそう。