Interview|創設者ユハ・ルオカンガス
我々は古い技術を使って、新しいサウンドを作った。
これはギター製作家として誇れることだ。
ユハ・ルオカンガスに、マスター・ルシアーとして、そしてEGBを束ねるビルダー界のご意見番として話を聞いた。
取材/文/撮影=福崎敬太
※本記事はギター・マガジン2020年4月号に掲載された『北欧フィンランドが世界に誇るルオカンガス・ギターズのすべて。』に書き下ろしを加え再編集したものです。
ドイツのミュージック・メッセで、
ターニング・ポイントが訪れた。
まずはギター・ルシアーになった経緯から教えてもらえますか?
高校まではロック・ミュージックをプレイすることに夢中で、卒業して何をすべきかを考えても何にも興味を持てなかった。そこで1991年に職業案内所に相談をしに行って、会話の中でギターのリペアをしているという話をしたら、ギター製作の学校があると教えてくれたんだ。私は小さな街に住んでいたし、インターネットもそこまで発達していない時代だから、ギターを誰が作って、誰がリペアしているのかなんて考えたこともなかった。職員の女性は“そこで勉強すればギター製作家になれるわ”と言っていて、この言葉を聞いた瞬間、私の人生は決まったんだ。
フラッグシップ・モデルのデュークについて教えて下さい。
デュークは最初のオリジナル・モデルで、アリアプロとレス・ポールの影響で生まれたんだよ。子供の頃からずっとジミー・ペイジが私にとってのギター・ヒーローで、ギブソン・レス・ポールのデザインが大好きだった。でも、実際に弾く楽器としてはそんなに好きになれなくて、日本製のアリアプロCS-300を使っていたんだ。そのふたつをかけ合わせてデュークは生まれたのさ。ちなみに、ボディとネックにスパニッシュ・シダーを選んだんだけど、最初のデュークはメイプル・トップなんだ。
アークティック・バーチではない?
そうなんだよ。最初のデュークを作った1年後に、ベースを作っている同級生が私の工房を訪ねてくれたことがあってね。その時にアークティック・バーチの板材を持ってきてくれて、それを使ってギターを作った。ただ、とても美しかったんだけど、最初に感じたのは“売るのは難しいかもしれない”ということだったね。
それはなぜ?
ギタリストというのは保守的な人が多いし、フィンランド人にとっては退屈なものに見えるかもしれないと思ったんだ。というのも、バーチはフィンランドだと、祖父が座っているロッキング・チェアのような家具に使われる木材だった。だからしばらくはメイプルとバーチから選べるようにしていたんだけど、2000年のドイツのミュージック・メッセに出展した時、ターニング・ポイントが訪れたんだ。ほかのブランドの99.9%が杢目の美しいメイプルをトップ材に使っている中、私のブースではアークティック・バーチ・トップのギターがすぐに完売したんだよ。それがあって、アークティック・バーチへと完全にシフトしたのさ。
木材についてほかに聞きたいのは、サーモ・トリートメントについてです。
もともとサーモ・トリートメントというのはフィンランドの発明なんだ。ただ、この技法は楽器やギターのためではなくて、子供が使う遊具などで使えるような、無毒性の木材処理として開発が始まった。
偶然にもそのプロジェクトには我々が通っていたギター・ビルダー学校の校長が関わっていて、楽器にも使えないかと考えていたんだ。そこで私もプロジェクトに参加することになったんだよ。
技法を取り入れたきっかけは?
工科大学と共同研究で楽器用木材としての試験も行なった結果、より強固で安定して曲がらないうえに、音量も上がるのがわかったからだ。ちなみに、それは高温よりも低温で処理するほうが効果が見られたんだけど、アメリカではどれも高温で熱処理されているから、焦げているような印象があるだろう? これは木材の細胞壁を破壊してしまっているからで、ベストな方法ではない。我々はメイプル、スプルース、バーチ、アルダーを高温で処理をする試験をしたんだけど、どれも未処理のものと比較しても音量が下がってしまったんだ。
安くて雑なギターを作っても
ゴミになるだけなんだ。
真空管搭載ピックアップ=バルブバッカーについても教えて下さい。
話は10年前に遡るんだけど、WEBサイトを作ってくれた友人へのお礼に、ギターを作るという約束をしたんだ。そしてどういうギターを作るか話をしていたら、会話の流れから“1890年代に作られたアクティブ・ピックアップのエレキ・ギター”という空想のアイディアが出てきた。そこから開発に入って、完成には5年がかかったよ。そして2014年にキャプテン・ニモというモデルができあがったんだ。でも、その時はパワーが強すぎてアンプが壊れてしまう危険性があった。その改良でさらに5年を費やし、2018年の日本の楽器フェアで初めて発表したんだよ。試奏してくれた人たちから“聴いたことのない音”、“新しい楽器だ”と言われるんだ。今はデジタル・テクノロジーで古いサウンドを開発しているところが多いけど、我々は古い技術を使って新しいサウンドを生み出すことができたんだよ。これはギター製作家としてとても誇れることだ。
ルオカンガス・ギターズでは工程ごとの分業は行なわず、1本のギターをすべてひとりが担当するそうですね。このスタイルのメリットはなんですか?
分業にしてしまうと、10年、15年と仕事を続けていっても、知識が広がらないしできることも増えないんだよ。例えば20年間サンディングだけをしているとする……狂っちゃうだろう(笑)? それはただの労働者で、ギター製作家ではないんだ。ギター作りをやりたい人にとっては、やはり最初から最後までやらないと楽しくないはずだよ。それに別の視点で言うと、YouTube上の「Guitar Price Talk」でも話しているけど、早く作る必要もないし、量産も不要、そして安く作る必要もないんだ。なぜなら安くて雑なギターをいくら作っても、数年後にはゴミになっているだけだろ? 良いギターを生み出すこと以外に意味はないんだよ。分業の意味って、“効率”という点だけだろう? 我々はそういうことは求めていないんだ。
YouTubeの動画ではあなた自身の考えも多く発信していますが、時々若いギター・ビルダーに向けた言葉とも取れるようなものもあります。ぜひ次世代のビルダーたちにメッセージをもらえますか?
これはEGB理事のマイケル・スポルトと同じ意見なんだけど、絶対になりたいわけではないのならやらないほうが良い。ギター製作以外に考えられない人しかギターを作らないほうが良いんだ。簡単な道のりじゃないし、お金持ちになれるわけじゃないよ? それに、とても長い時間の忍耐が必要だ。そのうえでなおルシアーになりたい人に伝えたいのは、“自分らしさを見つけてほしい”ということ。誰かになりたいとかではなく、自分が何者であるかを知るべきなんだ。