ディアンジェリコ小歴史〜“現代の”ブランドへの蘇生 ディアンジェリコ小歴史〜“現代の”ブランドへの蘇生

ディアンジェリコ小歴史
〜“現代の”ブランドへの蘇生

多くの職人気質な名手を虜にしてきた老舗ギター・ブランド=ディアンジェリコ。かつてはジャズ・クラブでいぶし銀なプレイを聴かせる玄人たちの愛用イメージも強かったが、ここ数年でアイコニックなギタリストが持つ最先端のブランド”といった印象を持つ人も多い。ここでは、そんなディアンジェリコの歩みを辿っていこう。

文=久保木靖

金字塔を打ち立てたジョン・ディアンジェリコ

2011年にニューヨークで再興したギター・ブランド、ディアンジェリコ。伝統のフォルムを蘇らせる一方、個性的なセミホロウ・モデルやブランド初のソリッド・モデルもラインナップさせ、ジャズやロック・フィールドのみならず、今をときめくネオソウル系ギタリストにもその愛用の幅を広げている。それはひとえに、ディアンジェリコが長年にわたって積み上げてきた信頼への証だ。まずはこの伝説的ブランドの歴史をざっくりと振り返ってみたい。

1964年にこの世を去ってからすでに半世紀以上が経過するにもかかわらず、今なおギター・ルシアーの最高峰と称えられるジョン・ディアンジェリコ。彼こそが、ブランドを立ち上げた張本人である。1905年にイタリア系アメリカ人としてニューヨークのマンハッタンに生まれたジョンは、わずか9歳でバイオリンとマンドリンの製作工であった大伯父の見習いとなり、楽器製作の魅力に取り憑かれていった。その大伯父の死後も腕をメキメキと上げ、1932年にニューヨークのリトルイタリーに小さなショップを開く。この時、ジョンは27歳。“D’Angelico”の名を冠したギターが登場するのは、ここからだ。

最初期に手がけたモデルこそギブソンL-5をモチーフとしていたが、その後、改良を重ねる中で、ニューヨークの摩天楼を彷彿させるヘッド・インレイ、階段状のシェイプを持つテイルピースやピックガード、アール・デコ様式のデザインといった独自性が形作られていく。そして1934年には17インチ・ボディ(当初は16-5/8インチ)のExcel、1936年には18インチ・ボディのNew Yorkerといったアーチトップ・ギターの金字塔とも言える銘器を完成させた。

こうして一流ルシアーとなったジョンだが、完全なハンドメイド体制であったため、最も生産数の多かった1930年代後半でも年間約35本程度だった。当然、大手メーカーからのオファーも舞い込んできたが、彼は“自分の顧客のために、自分の名前でギターを作りたい”と断り続けたという。

1950年代以降、ピックアップ(おもにディアルモンド製)が搭載されたディアンジェリコ・ギターは、ジョニー・スミスやケニー・バレル、ジョージ・ベンソンといったトップ・ジャズ・ギタリストによって愛奏され、より認知度を高めていった。

1960年代に入り体調を崩しがちになったジョンは、1952年から見習いとして働いていたジェームス・ダキストに生産を引き継いでいく。そして1964年に59歳という若さで生涯を閉じた。ジョンがそれまでに製作したギターは1,164本だったという。ダキストはジョンからショップを買い取ったが、やがて自身のブランド“D’Aquisto”を立ち上げ、師であるジョンから受け継いだ技術とスピリットを大切に、銘器を作り続けた。

“現在進行系”のブランドとしてリボーン

時は流れ、2011年。ニューヨークのメトロポリタン美術館でジョン・ディアンジェリコをフィーチャーした展示会が開かれたこともあり、同ブランドへの関心とニーズが再燃。時を同じくしてディアンジェリコを復活させようとするプロジェクトが立ち上がり、新しい管理、最先端の製造、倉庫保管、流通インフラ・ストラクチャーのサポート・システムが構築された。これによって、“ディアンジェリコ・クオリティ”がリーズナブルな価格で実現することとなったのだ。

このプロジェクトが懐古主義に終わっていないのは、個性的なフォルムや機能に彩られたラインナップを見れば一目瞭然。現在、最も入手しやすい価格を揃えた“プレミア・シリーズ”、高級材と厳選されたコンポーネントを使用したビンテージ・テイストの“エクセル・シリーズ”、人気モデルや限定モデルにカスタム機能を追加した“デラックス・シリーズ”という3つのシリーズがあり、それぞれにソリッド・モデル、セミホロウ・モデル、ホロウ・モデルがラインナップされている(エクセル・シリーズはセミホロウとホロウのみ)。

かつて愛弟子ダキストがそうしたように、技術とスピリットはジョン・ディアンジェリコを受け継ぎつつも、この新しいディアンジェリコは伝統に縛られない斬新なデザインと機能で新たなユーザーをどんどん取り込んでいる。まさに“現在進行系”のブランドであり、ギター・プレイヤーにとっては今後の動向に目が離せない存在となった。