ジェフ・ベックと“テレギブ” 世界で最も有名な“改造”テレキャスター ジェフ・ベックと“テレギブ” 世界で最も有名な“改造”テレキャスター

ジェフ・ベックと“テレギブ” 世界で最も有名な“改造”テレキャスター

最もシンプルで完成度が高いエレキ・ギター、テレキャスター。それゆえに、カスタマイズが施されると、そこにプレイヤーの個性が浮かび上がってくる。そんな“改造テレ”を紹介する本特集は、まず誰もが脳裏に浮かんだであろう、ジェフ・ベックの“テレギブ(Tele-Gib)”からスタートしよう。

文=細川真平 Photo by Michael Putland/Getty Images

若きセイモア・ダンカンが“テレギブ”を作るまで

世界で最も有名な改造テレキャスターと言っても過言ではないだろう、ジェフ・ベックの“テレギブ”。稀代の名盤『BLOW BY BLOW』に収録された彼の代表曲の1つ、「Cause We’ve Ended as Lovers(哀しみの恋人達)」で使用されている。

1974年、ジェフはロンドンのCBSスタジオで、幻に終わったベック・ボガート&アピスの2ndアルバムの録音をしていた(ジェフの記憶では『BLOW BY BLOW』の録音中だったとのことだが、状況証拠的にBBAのアルバムのほうが正しそうだ)。

その頃、スタジオからほど近い場所にあったフェンダーの直営店、フェンダー・サウンドハウスには、アメリカから来た24歳の若者、セイモア・ダンカンがリペアマンとして勤めていた。

言うまでもなく彼はのちに、ピックアップ・メーカー、セイモア・ダンカンを創設し、成功させることになる人物。“テレギブ”はそのセイモアが作り、ジェフに贈ったものだ。

ここではまず、セイモアのそこに至る経緯から話を進めたい。

1950年に米ニュージャージー州で生まれたセイモア・ダンカンは、ギターを始めて間もない13歳の頃にジャズ・ギタリストのレス・ポールのライブを観にいき、ショウのあとで彼に会って話をするという得難い経験をした。

その時にレスから、ピックアップの仕組みなどについて懇切丁寧に教えてもらったセイモアは、ピックアップの自作を始める。

またこの頃、ロイ・ブキャナンのライブをステージ袖で観るという経験もし、彼はプレイヤーとしてロイから多大な影響を(特にピッキング・ハーモニクスから)受けたという。

その後もレスやロイとの交流は続いたそうで、またギブソン社のピックアップ開発者であるセス・ラバー(ギブソンを代表するPAFも彼が開発したもの)とも知り合うなどしている。

そのうちに彼のピックアップ開発・リペアの技術はどんどん高まり、広く評判を呼ぶようになっていった。

1968年には、ジミ・ヘンドリックスの機材テックをしていたロジャー・メイヤーから声がかかり、ジミのストラトのためにピックアップを手巻きして、ライブ会場に届けるという伝説的な出来事も経験している。

彼はレスからの勧めで1973年にロンドンに赴き、ポリドールのスタジオでレコーディング中のロイに会うなどしているうちに、新たにできたフェンダー・サウンドハウスというショップがリペアマンを募集していることを知り、そこで働き始める。

そして、エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジョージ・ハリスン、ゲイリー・ムーア、ピーター・フランプトンなどの著名ギタリストの仕事を請け負うようになった。

レス・ポール、ロイ・ブキャナンが導いた、ジェフ・ベックとの出会い

セイモアはロンドンに、1972年に米オハイオ州シンシナティの楽器店で購入したボロボロの59年製テレキャスター(ライト・アッシュ・ボディ/ブロンド・フィニッシュ/ローズ指板/約2.95kg)を持参していた。

これはどうやら、ロイに見せるため(ひょっとしたらリペアしてロイに使ってもらうため?)だったようだ。しかし彼はこれを、憧れのギタリストの1人だったジェフにプレゼントするためにリペアすることにした。

おもな改造箇所は下記のとおり。

テレギブを弾くジェフ・ベック
  • 傷んだローズ指板を剥がし、メイプル指板に貼り替え
  • フレットをギブソン・レス・ポール用のフレットに交換
  • ピックガードを自作
  • サドルをロイから譲り受けた50年代初期のブラス製のものに交換
  • レバー・スイッチ・ノブは、60年代半ばの古い電話交換機のものを使用
  • ボリュームとトーンのコントロール・ノブとコントロール・プレートは、50年代初期のテレキャスターのものを使用
  • ブリッジ・プレートは他の古いテレキャスターのものを入手してカット

そして、一番の変更箇所が、2基のハムバッカー搭載だ。

これは、かつてロニー・マックが所有していた、黒の59年製ギブソン・フライングVに付いていたPAFをセイモアが巻き直したもの。

ワイアーは近くのモーター修理工場で見つけてきたもので、フロント・ピックアップには太めのゲージのものを、リアには細めのものを多めに巻いてある。

こうして、テレキャスターとギブソンを合体させて出来上がった“テレギブ”は、セイモアの手でCBSスタジオに持ち込まれ、“惚れ惚れする”とジェフを大喜びさせることになった。

このお礼として、ジェフはセイモアに、ヤードバーズ時代にウォーカー・ブラザーズのジョン・ウォーカーから購入して愛用した、54年製フェンダー・エスクワイアを贈っている(それについて、ギター・コレクション紹介映像の中で、“後悔した”と本音を漏らしているジェフではあるが)。

ここまで、ややセイモア側から見た“テレギブ”製作経緯について語ったが、大事なのは、レス・ポールに教えられてピックアップを作り始めたセイモアが、そのレスの勧めでロンドンへ行き、ロイ・ブキャナンのために持っていったテレキャスターを基にして、ジェフのためにこのギターを製作したという事実。

言うまでもなく、ジェフにとってレスとロイは、生涯にわたるほどの大きな影響を受けたギタリストだ。

こうした経緯をジェフが知っていたかどうかは定かではないが、「Cause We’ve Ended as Lovers(哀しみの恋人達)」には“ロイ・ブキャナンに捧げる”というクレジットがつけられ、ロイの得意技だったピッキング・ハーモニクスやボリューム奏法が聴けるし、ソロ終盤での3連トリルの下降技はもともとレスが生み出したものだった。

そんな事実の連なりが、“テレギブ”を単なるハムバッカーを載せた改造テレキャスターの域を超えた伝説へと昇華させた。

ギター・マガジン2023年9月号
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