トム・モレロを象徴するギターといえば、ボディに“ARM THE HOMELESS(ホームレスを武装させろ)”と描かれた1本。幾度もの改造を経て辿り着いたオリジナリティ溢れるスペックは、トムの独創的なプレイ・スタイルを築くうえで大きな役割を果たした。このギターを入手した経緯や、その特徴的な仕様を見ていこう。
文=細川真平 Photo by Sony Music Archive via Getty Images/Mark Baker
多様な音楽性を背景に独自のスタイルを築く
トム・モレロのギター・プレイは、プリミティブな衝動性に満ちている。
ここで言う“プリミティブ”とは“素朴”、“幼稚”というような意味ではなく、“人間の奥底に眠っている重要な何か”ととらえていただきたい。
ケニアの過激派社会運動組織のメンバーで、のちにケニア初の国連代表となった父親と、高校教師で公民権運動や検閲反対運動の活動家である母親を持ち、ニューヨーク市ハーレムに生まれたトム・モレロ。自らも左翼思想を持ちながらハーバード大学で政治学を専攻、その後ロサンゼルスで民主党上院議員の秘書を務めるが、政治思想の対立から解雇されるという経歴の持ち主だ。
1990年に、やはり左翼思想を持ったザック・デ・ラ・ロッチャ(vo)らと結成したレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンが、過激な思想性や政治的主張を持つバンドになったのは当然のことだろう。
音楽的な面で言えばトムは、レッド・ツェッペリン、ブラック・サバス(トニー・アイオミのリフ作りから大きな影響を受けたと語っている)、アリス・クーパー、キッス、アイアン・メイデンなどのハードロック/ヘヴィメタル、クラッシュやセックス・ピストルズ、ディーボなどのパンク/ニューウェイブ、Run-D.M.C.などのヒップホップと、様々なジャンルから影響を受けている(意外なところでは、クイーンの名も挙げている)。
こうした多様な音楽性をもとにしながら、それらをミクスチャーし、自らの思想を音として表現するための様々な方法・技法を考え抜いた結果、彼のプレイ・スタイルが生まれたと言っていいだろう。
それは過激でトリッキーで先鋭的で先進的でありながら、トラディショナルなロックの薫りも同時に漂わせつつ、聴く者をどこまでもアジテーション(編注:扇動)し続ける(レイジにはザックとトムという、2人の強烈なアジテーターが存在するのだ)。
それでいいのか?
ここでいいのか?
その考えでいいのか?
その生き方でいいのか?
トムの発するサウンドは、常にそう問いかけ続ける。
オーダーして手に入れた“世界一ひどいギター”
そのトムの長年の愛器が、“Arm The Homeless”だ。もとは1986年にLAの楽器店、パフォーマンス・ギターにカスタム・オーダーしたもの。トムはレイジ結成の前にロック・アップというバンドで活動していたが、それよりも前、上院議員の秘書をしていたころのことのようだ。
“くだらないハリウッドでの仕事で、年間に1万3,000ドルも稼いでいたから、ギターを買うための金を貯められたんだ”と冗談とも本気ともつかないような発言を彼はしている。
とはいえ、ギターの材や仕様などについてまったく知らなかったため、適当にオーダー用紙にチェックを入れて出来上がったものだそうで、“奴らは世界一ひどいギターを作りやがった”とトムは語っている。
これはSTタイプのボディに、同じくSTタイプのメイプル・ネック/ローズウッド指板を採用、セイモア・ダンカン“JB”ピックアップ、フロイド・ローズ・トレモロ・ユニットを搭載したものだった。
また、ピックアップ・セレクター用のトグル・スイッチが1弦側のホーン部分に付けられていたことも特徴だ。トムはこのギターを散々にけなしているが、この位置に付けられたトグル・スイッチはキル・スイッチ代わりにも使用され、それ以降の彼のユニークなプレイにおいて、なくてはならないものとなる。
ただ、このギターが気に入らなかったトムはその後、改造をくり返した。ネックは4回ほど、ピックアップは12回ほど交換、トレモロ・ユニットはケーラーとフロイド・ローズのあらゆるバージョンを試したという。また内部回路も、アイディアを思いつくたびにギター・ショップに持ち込んでいじってもらった。
そして最終的に、ネックはLAのネイディーンズ・ミュージック(Nadine’s Music)というショップのゴミ箱に捨てられていたグラファイト製のものになる。これはクレイマーのバナナ・ヘッド・タイプのネックのコピー品だった。さらにフロント・ピックアップにはハムバッカー・サイズのシングルコイル、EMG“H”が、リアにはEMG“85”が搭載された。トレモロ・ユニットはアイバニーズの“Edge”だ。
衝動的に書き殴ったメッセージ
レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンは1992年にレコード・デビューしたが、この年の12月、LAのライブハウス、ウィスキー・ア・ゴー・ゴーに出演した時のこと。
サウンドチェックの直前に、トムはこのギターのボディに描かれていた4頭のカバのイラスト(このイラストについての詳細は不明だ)の上に、“ARM THE HOMELESS(ホームレスを武装させろ)”と書き殴った。
その時彼が何を感じ、何を考えてこれを描いたのかはわからないが、“挑発的で戦闘的で、状況主義者的(situationist)なこのスローガンと、微笑む4頭のカバが同時に並んでいることが気に入った”と語っている。ちなみにボディには、ソビエト連邦の国旗ステッカーも貼られていた。
こうして“Arm the Homeless”ギターは誕生し、活動家のメガホンの効力を何千倍にも拡大したかのような兵器となって、レイジの過激にして美しい音楽を創り上げた。
それでいいのか?
ここでいいのか?
その考えでいいのか?
その生き方でいいのか?
“Arm the Homeless”はこう我々をアジテーションし続ける。
言い方を変えれば、鼓舞し続ける。