最後に、本特集のために様々なアンプ・シミュレーターを試奏した小川翔による総評を紹介しよう。
文=鈴木誠 製品撮影=星野俊
*本記事は、ギター・マガジン2025年9月号の特集記事『自宅からステージまで1台で完結! アンプ・シミュレーターのススメ』の一部を抜粋し、再構成したものです。
総評:小川翔
同じカテゴリに並んでいるライバル機種のようでも、
実はそれぞれ独自のコンセプトで開発されている。

元ネタの実機を理解することで、
より良い答えにたどり着ける。
今日は長時間の試奏、ありがとうございました! 色々なモデルを試しましたが、小川さん自身は普段、デジタル機材をどのように使っていますか?
まず、デジタル機材のメリットは、自宅で作り込んだものと同じ音色をスタジオやリハーサルに持ち出せることですよね。それと、急に“真空管アンプのヒューズが飛んで電源が入らない!”といったトラブルが起こることもないので安心感があります。
活動の中では、イヤモニを使う環境の時はギター・アンプを鳴らさずにデジタル機材をライン出力して使っています。イヤモニは会場の規模に応じてだったり、演奏の都合で同期やクリックを聴く必要がある時には必要なんです。その環境だと、ギター・アンプがステージ上で鳴っている必要がなかったり、鳴っていると逆にドラムのマイクに音がカブることが気になるケースもあるので、デジタル機材が合います。
イヤモニを使わない時は実機のギター・アンプを鳴らしています。ギタリストによっては、アンプが鳴っている音圧を背中で感じながらギターを弾きたいという人もいますが、僕はそれは求めません。周りの状況に合わせてアナログもデジタルも使うという感じです。
シミュレーターとしてはstrymonのIRIDIUMを愛用中とのことですが、お気に入りのポイントは?
僕はフェンダー・アンプのクリーンが好きなので、そうしたサウンドに向いているモデルを探して、特に気に入ったのがIRIDIUMでした。歪みの音色はペダルボードで作るので、アンプを選ぶ時もいわゆる“ペダル・プラットフォーム”になるようなクリーンを求めています。
もちろんデジタル的な機材トラブルが起こる可能性はゼロではありませんが、こうしたデジタル機材はコンパクトなものが多いので、不安であれば同じものを2台持っておけばいいかなと考えています。真空管アンプのヘッドを2台用意しておくのは物理的にハードルが高いですけど、IRIDIUMのような機材を2台持つのは全然楽勝ですよね。
実は何年か前にオール・アナログ機材で音作りをするというフェーズに入ったりもしたのですが、やっぱり実際の運用を考えた時にアンプだけはデジタルにしておきたいと考えて、現在のようにIRIDIUMを“アンプ”として扱うスタイルに落ち着いたというのが本音です。真空管アンプのように音量によって音作りの制約を受けることがなく、音響的にもほかの人に迷惑をかけないところが気に入っています。
アナログの実機と比べると、どんな印象ですか?
デジタル機材に入っている元ネタの実機のことを理解したうえで付き合えば、より良い答えにたどり着ける気がしています。でも、例えばHOTONEのAmpero Ⅱ Stageみたいにコスパの高い“全部入り”のデジタル機材から入って、“フェンダーのアンプってこんな感じのサウンドなんだ!”というイメージを掴んで、経験値を積んでいくのも全然アリだと思います。その先にKemperやQuad Cortexなどのハイエンド機の存在もありますし、豊富な音色を試していくうちに、例えば“自分はマーシャル・アンプのクリーン・サウンドが好きなんだな”と気づけたら、その後に買う機材も変わっていくかもしれません。


どの部分を切り取ったかによって
個性が生まれているんだと思います。
試奏した中で特にお気に入りのモデルを挙げるとしたら?
やっぱりフェンダーのTone Master Proが印象深いです。いくつか音を選んでいる段階で、すぐに“これじゃん!”と思えるフェンダー・クリーンの音に出会えました。さすが本家、僕の思うフェンダー・アンプの音がそのまま出ている感じがしました。
確かに、同じ“デラリバ風”といっても、モデルごとにやや違いがありましたね。
その機材の音色を設計した人が、デラリバのどの部分を切り取ったのかによって個性が生まれているんだと思います。どれも正解なんですけど、開発者の方がどんな音をデラリバの個性として再現したいのかが見えてくる。“マジック6”と呼ばれるようなクランチ・トーンなのか、ボリュームを3ぐらいにしたクリーン・トーンを狙っているのかで、結果的にデザインされる音色が全然変わってくる印象です。僕の場合はクリーン・トーンの解像度を高くしてほしいので、その点でも実機並みのクリーンが使えるTone Master Proがフィットしたんです。歪んだフェンダー・アンプのサウンドは、そのほかの機種も色は違えど凄くクオリティが高い。
ほかにも、マーシャル・アンプのモデリングはどの機種も気合いが入ってるなという感じがしました。
ほかに印象に残った機種は?
Quad Cortexはまとまりが良くて、すべてが“現場で使える”という感じです。アナログ回路のSIMPLIFIER Xも好感を持ちました。操作部がすべて表に出ていて迷わない。まさしくアンプとして作られていますよね。クリーン・トーンも良かったです。アナログ回路だからなのか、デジタルほど色が付かないというか、ナチュラルな印象を受けました。でも、アンプ・モデルを切り換えるとちゃんとキャラが変わるところも良かったですね。
シミュレーターは様々なモデルが出ていて、どれを買えばいいのか迷ってしまう人も多いと思うんですが、選ぶコツは?
その機材をよく使うシチュエーションから考えると良いです。今回の試奏機材は一見すると同じカテゴリに並んでいるライバル機種のようで、実はそれぞれが独自のコンセプトで開発された製品であることが実感できました。1台で完結する“全部入り”を目指した機種もあれば、ペダルボードの最後段に入れてアンプとして使ってほしい感じの機種もあったりと、混在していましたね。
先の話にも通じますが、僕の場合だったらペダルボードで音作りが済んでいるので、シンプルに“アンプ”として使える機材がフィットします。もしそういう人であれば、ZOOMのMS-80IR+を含め、アンプ・モデリングに特化したシンプルな機種を選ぶとペダルボードがコンパクトにまとまります。あの小さなペダルを“アンプ”として扱えるのは、かなりのアドバンテージですよね。
実機アンプを持ち運ぶことを考えたら驚異的なコンパクトさですよね。
逆に、まだエフェクターをあまり持っていないという人であれば、アンプ・モデリングもエフェクターも使える“全部入り”系が合いそうです。その方向性が見えたら、あとは値段と音色感で決めてもらえばいいと思います。例えば、もしDumbleサウンドが鍵になるギタリストの音色を目指すなら、Universal AudioのEnigmatic一択でしょう。本物のDumbleアンプに1,000万円を使わなくても全然イイと思えるような音がしていました(笑)。
もちろん、Kemper系の機材をすでに持っている人がコンパクト化を求めるならKemper Profiler Playerがベストでしょうし、宅録でアンプ・モデルのプラグインを使いたい人なら、AmpliTubeがついてくるTONEX Pedalは魅力的なパッケージングですよね。その機材のコンセプトがどこから出発しているのか……アンプ出身なのか、プラグイン出身なのかといった部分まで深掘りしていくと、より賢い買い物ができるはずです。宅録メインなのかライブ主体なのかでも、使いやすい機材はけっこう変わってきます。
それからサイズも見逃せません。電車移動ならTONEX PedalやKemper Profiler Player、SIMPLIFIER Xあたりのサイズ感が使いやすいでしょうし、車に積んでいけるのならTONEX Cabを一緒に持っていくのも余裕ですよね。
モデラーが普及する今、TONEX CabのようなFRFRスピーカーについてどう思いますか?
とても“アリ”な考え方だと思います。ラインで作った音色をそのままステージやリハスタ持っていけるわけですからね。プロの大きな現場のようにPAさんに音響周りのセッティングをお任せできたりするならいいのですが、そうでない現場なら、自分でTONEX Cabを1台持って行くだけで“出音とモニターの音が全然違って困る”みたいなストレスがかなり解消されると思います。
よくマルチ・エフェクターの使い方にあるように、ライブハウスのアンプに“リターン挿し”をするにしても、パワー・アンプとスピーカーの違いで結局はサウンドの質感が変わってしまったりします。であれば、スピーカーの構成からしてモデラーのサウンドをそのまま出力することを目指して作られたFRFRスピーカーを持ち込んでしまうほうが、理想に近い音を手早く出せそうです。
そもそもの前提ですが、僕としては機材がアナログであることにもデジタルであることにもこだわりはなく、どちらも適材適所で使いたいと思っています。アナログの経験はデジタルに生きるし、デジタルの経験もまたアナログ機材を扱う場面に生かせます。
僕も今日の試奏を通じて、Quad Cortexに今のペダルボードやアンプのシステムを丸ごとキャプチャーして取り込めるなら、現場ごとにそれを1台ずつ預けちゃうという運用もアリだなと思いました。