ジャズ・ギタリスト、井上銘が最新EP『POP MUGIC』をリリースした。これまでもソロ名義作品に加えて、自身がリーダーを務めるSTEREO CHAMP、気鋭ミュージシャンが集って結成されたポップ・バンドのCRCK/LCKSなど、伝統的なジャズの枠組みに収まらない活動を展開してきた井上だが、なんと本作では全曲で自身のボーカルをフィーチャー。“歌”という新たな挑戦にいたった経緯や、歌うことがギター・プレイに与える影響について、じっくりと語ってもらった。
取材=田中雄大
作曲の延長という意味では
そんなに新しいことではないのかも。
『POP MUGIC』は自身でボーカルに挑んだ意欲作ですね。銘さんといえばやはりジャズ・ギタリストというか、楽器のプレイヤーだと認識していたので驚きました。
今まで色々と曲を作ってきて、もちろん基本的にはインストが多かったんですけど、実は歌モノを書くのも好きなんです。それを自分で歌ってみよう、というのが今作のシンプルな理由ですね。たしかに“歌った”というトライは自分の中でも新しいんですけど、曲作りの延長という意味ではそんなに新しいことではないのかも。でも実際、周りの反応としても驚かれることは多いですね。
作曲という意味では、メロディを表現する方法が歌なのかギターなのかで、根本的な違いはないという感じでしょうか。
作曲のスタートとゴールがあるとして、その中間地点くらいまでは歌モノもインストもある程度似ている部分があるんですよ。そこから最後の仕上げに向かって分岐するイメージです。
ただ、作詞はまったく違うのでは?
そうですね。実はCRCK/LCKSでも作詞したことはしていたんですけど、自分が歌うのを念頭に置いて作詞するのは初めてでした。もともと俺は音楽を楽器的にとらえるほうで、パッと曲を聴いた時にも言葉より音楽の構造とか、そういうことに耳がいくんですよ。そんな自分が歌詞を書くのはかなりチャレンジだし、時間もかかりましたね。
あえて“POP”という言葉を掲げたタイトルも印象的です。
さっきも言ってもらったように、俺自身はジャズのイメージが強いと思うんです。もちろん今回のアルバムにもその要素は入っているけど、一般的に“ジャズ”と言われる音楽ではないので、強い言葉でそれを自称しないといけないなと思ったんですよね。でも俺はいわゆるシンガーソングライターの人とも出自が違うので、ストレートに“POP MUSIC”を名乗るのはおこがましいなと思って、異物感というか不思議な感じを出すために“MUGIC”にしています。ちなみに、MUGICで“ミュジック”と読むんですけど、新丸子にStudio MUGICというリハーサル・スタジオがあって、そのスタジオが好きなので勝手に名前をいただきました(笑)。
今作は5曲ともタイプがガラッと違いますよね。例えば「キミナミ」はすごく思い切ってポップに寄せた感じがします。
「Crazy Days」と「キミナミ」は実は8年くらい前の曲で、完全に歌モノっていう意識で作ったかも。この2曲は昔の曲っていう感じですね。対して「Dreamy」、「Lonely」、「Never Too Late」はジャズ・ギターというか楽器の音楽をやってきた自分と新しい自分が融合したような作り方でした。
その「Dreamy」は歌のメロディがすごく難しそうですね。
この曲はデモをインストで作って完結していたんですけど、そのメロディを歌で練習したんです。だからすごく楽器的で、歌うにはシビアなメロディですね。
広い視野が持てるようになりました。
ギターの調子もめっちゃ良いです。
歌を始めたことによって、ギターの演奏に影響はありましたか?
歌に時間を使うとなると、そのぶんギターを追求する時間が減ってしまうかなと最初は思っていたんですけど、すごく良い影響がありましたね。ギタリストにとってギターを弾くことって、没頭したり、のめり込むイメージじゃないですか。でも一度歌をやってみたことで別の視点を持つことができて、今までよりも広い視野でギターを弾けているような気がしています。力まなくなって、タッチもだいぶ軽くなりましたね。ギターが疎かになってるとは思われたくないし、よりギターでやりたいことも増えてきて。だからギターの調子はめっちゃ良いです(笑)。
効果バツグンですね!
ほかには、弾き語りの練習をしてるとリズムがドッシリしてくる感じもあります。これも普通にギターだけ弾いていたら気づかないなと思いました。もともと、シンガーソングライターの人が弾くギターって体と一体化している感じがして好きだったんですけど、なるほどなと思いましたね。そして結局弾き語りの練習をするから、実はギターを弾く時間も多いってことに気づきました(笑)。
(笑)。
あと、今まで自分がシンガーの人とデュオでやる時に、けっこう色々弾いてたなと。実際歌ってみるとコードの積み方もリズムも、もっとシンプルでいいんだと思いました。必要最低限なプレイを良い音で良いタイムで弾けたらいいなと。
今作はクレジットによると自身で鍵盤やベースを弾いている曲もありますよね。歌だけでなく、これも新しい試みなのでは?
たしかに、今まではやってなかったかもしれないです。メインのギターや歌がいて、鍵盤は面になる部分の音を弾いてるだけなので、わざわざプロフェッショナルに頼むほどではなかったというか(笑)。自分の演奏でOKだなってパートは自分で弾いてますね。
このままパートが増えていったら1人でアルバムを作れるのではと思ったりもしました。
いつかはやってみたいなとは思いますけどね。実は俺、ギターを弾く前はドラマーだったんですよ。小学校から中学校の頃にドラムをやっていて。仕事でライブをしろって言われたら無理ですけど(笑)、自分の曲を叩くぶんには自分が納得できるレベルで叩けるかなと思います。でも基本的には人と一緒に音を出すほうが好きですけどね。ジャズ育ちなので。