Interview|小川幸慈(クリープハイプ)“らしさ”の拡張に挑んだ最新作 Interview|小川幸慈(クリープハイプ)“らしさ”の拡張に挑んだ最新作

Interview|小川幸慈(クリープハイプ)
“らしさ”の拡張に挑んだ最新作

日本の音楽シーンを牽引する4人組ロック・バンド、クリープハイプが3年3ヵ月ぶりとなる新作『夜にしがみついて、朝で溶かして』を完成させた。作品には、一聴しただけで耳に刻み込まれるリフや歌うようなコード・ワーク、エフェクティブなサウンドを駆使した多彩なギター・アプローチで彩られており、純度の高い“ギター・アルバム”とも呼べる快作に仕上がっている。バンドのギタリストである小川幸慈にニュー・アルバム制作について話を聞いた。

取材:尾藤雅哉(SOW SWEET PUBLISHING

聴いて“耳に残るフレーズ”というのは
すごく意識しています

約3年ぶりのアルバムが完成しましたね。コロナ禍を始め世の中的にも色んなことがありましたが、この3年間は小川さんやクリープハイプにとって、どういった期間でしたか?

 まずライブができなくなって……それまでずっと続けてきた活動のサイクルが乱れましたね。その意味で大変な部分は多かったです。最初の頃は、コロナがどういうものかもあまりわからなかったので、“ちょっと待てばライブも再開できるのかな”と思っていたんですけど。

いつ収束するかどうかもわかりませんからね。その間も、曲作りはずっと続いていたんですか?

 そうですね、緩やかに。スタジオには入れないので、データのやり取りでちょっとずつ進めていく感じでした。サイクルということでいうと、昔だったらシングルを3枚作って、カップリングも作って、それからアルバムを出すような流れがあったんですけど、今は単曲で配信リリースする形も定着してきていますよね。だから、とりあえず1曲作って、そのあとにまた尾崎世界観(以下、尾崎)が新曲を書いてくれたら、それをまたアレンジして、みたいな流れで制作をしていました。

音楽表現やギターとの向き合い方などに関して、変化はありましたか?

 譜面を読めないから勉強しようと思って……ステイホームになり時間ができたので、昔買ったジャズの教則本を出してきて、また勉強を始めたりしていました。今回から、少し打ち込みのサウンドも取り入れていて、俺と長谷川カオナシ(b)とでMIDI鍵盤で打ち込んで作ったアレンジをメンバーに聴かせるんですけど、そういう時なんかにちょっと影響が出てたらいいなと思ってます。

ニュー・アルバムの制作にあたりイメージしていたものは?

 曲作りを始める段階で尾崎が言っていたのが、“ちょっとサウンドの感じを変えたいな”ということで。クリープハイプって、尾崎がコード・バッキングをジャカジャカ鳴らして、俺がハイ・ポジションでリフやメロディを弾くイメージがあると思うんですけど、そこから少し変えていきたいって。もちろん、俺らの持ち味のギター・リフなどは大事にしつつですけど。

変化させていこうという話が出たきっかけは?

 長いことそのスタイルでやってきたっていうのもあるし……。あと、最近だとサブスクでは単曲で聴かれたりしますよね? そうすると宅録系の作品とバンド系を並べて聴いた時に、宅録系の曲はバンドよりも音数が少ないのに音の印象が強く出てきたりするんです。だからカッティングもブラッシングは抜いて、実音だけを生かしたりして、あえて音の隙間を作ったりしました。ただ、やっぱりブラッシングもノリにはなるので、入れるところは入れる。

「料理」では、ブラッシングの音やちょっと漏れたハウリングも、あえて曲の中に残しているように感じました。

 そうですね。“あ、これカッコいいじゃん、残しとこう”みたいな。そういうバンドらしさは残しつつ、ですね。

「料理」の話を続けると、短いながらも耳に残るリフが印象的で、そこが小川さんの真骨頂なのかなと思いました。

 聴くと“運指練習か?”って感じですよね(笑)。聴いた時に“耳に残るフレーズ”ということは、すごく意識しています。最近って、歌始まりの曲が多いんですよね。そういう曲と並べられるわけだから、曲の顔になるイントロなどはすごく大事で。曲作りの時に、大体いつもリフを2、3パターンくらい持っていって、尾崎に“どう?”って聞くんです。でも尾崎は“いや、もっと強いものを”、“いや、もっと強いものを”って(笑)。“もう出ねえんだけどな……”と思いながらも、また家で考える、みたいな。

より強いフレーズを求められるんですね(笑)。

 いつも“この中のどれかだろう”ってくらいのものを持っていくんですけど、尾崎は“もっと弾けるよ”って思ってくれているのか、単にもっと弾いてほしいのかはわからないですけど……でも、そうやってひと踏ん張り、ふた踏ん張りすることがバンドの良さというか。

 曲作りをする人が、デモで楽器もしっかり作り込むようなバンドの形もあるけれど、俺らの場合は尾崎が弾き語りの状態でアレンジを投げてくれて、それから“これ、いいね”、“これじゃないな”ってやり取りができる。それはバンドの良さだし、俺はいつも期待に応えたいんですよね。今作の中で、「一生に一度愛してるよ」は最後に録った曲なんですけど、あれはけっこうスムーズに、“あ、その感じのいいね”ってすぐに採用されたりして。そういう時は安心というか……“よしっ”みたいな(笑)。

自分のアンプがあれば
常に音の基準を持っておける

「一生に一度愛してるよ」は、ギターのサウンドやフレーズがシンセっぽいですよね。

 そうですね。スティールパンっぽい音をイメージしたんです。SOURCE AUDIOのSPECTRUM ENVELOPE FILTERっていうフィルター・ペダルを開き切らずに閉じた状態にして、EventideのH9でオクターブを足して音を作りました。

アルバムを通して、エフェクティブなフレーズが多いように感じました。「二人の間」で聴けるギターは、かなりゲートが強いファズ・サウンドですよね。

 “バカな音にしたいな”と思ったんです。あれはED’S MOD ShopのPookie Fuzzっていうペダルを使いました。初めて音を聴いた時に、“万能ではないけど、出しどころによってはおもしろいな”って感じたエフェクターなんです。

ライブでやる時は、もうPookie Fuzzを入れないと再現できないのでは?

 そうなんですよね……どうしよう(笑)。ゲートが強いファズだと、ほかにRainger FXのDr.Freakenstein Chop Fuzzを持っているんですけど、質感がちょっと違うんで代用は難しいかな……と悩んでます。

「四季」ではアコギのバッキングのうしろでジョニー・マー的なネオアコっぽいオブリを絡めているのが印象に残りました。

 あの曲は、緊急事態宣言が出て家にいなきゃいけない時に、データのやり取りで作っていったものです。始めに尾崎が、“弾き語りの良さを残しつつ、だけど強い音で、少ない音数で作っていきたい”って。あのオブリは、ザ・スミスとか、ああいうサウンドのイメージがあって。レコーディングではジャズマスターを使いました。普段はセンターやフロントを使うことが多いんですけど、このフレーズに合うのはリア・ピックアップしかないかなって(笑)。

「ポリコ」や「料理」で聴ける幾何学的なフレージングではなくて、コードを歌わせるようなアプローチですよね。

 そうですね。“コーラスがかったアルペジオで、コード・トーンの中でちょっと歌わせる感じが合うかな”ってことを考えながら、ちゃんとギターが“歌う感じ”を目指しました。

アンビエント系のアプローチは?

 「なんか出てきちゃってる」で言えば、例えば、メインのギターのフレーズに、同じメロディで打ち込みの音を重ねているんです。ほかにも、リバーブが効いたコードの白玉をギターが担ってるんですけど、それもギターというよりは、シンセに寄った感じのフワッとした質感を意識して。そうやって背景になる音を作って、そこに打ち込みでリズムを乗せて。そうやって立体感を意識しながら作っていきましたね。

「キケンナアソビ」で音程が微妙に揺れている音が入っていますけど、どのように演奏しているんですか?

 あれは左手です。もう効果音みたいな感じというか、叫びみたいな、そういう音を狙って左手でフレットを激しめに動かしながら弾いて(笑)。危険で不安定な雰囲気を出したかったんです。

「愛す」では、左右で呼応しながら展開していくアコギとエレキの掛け合いフレーズが印象的です。

 もともとは尾崎が持ってきたメロディなんですけど、ギターで入れるといつもの感じになりそうだから管楽器で入れるかとか、Auto-Tuneみたいな加工した声で入れるとか……と色々とアプローチを考えていたんですよね。ギターがないならないでもいいなと思っていたんですけど、楽器屋に行ったら、たまたまMartinの0-16NYっていうガット・ギターと出会ったんです。それを弾いた時に、“この質感、曲に合うかもな”って思って。で、尾崎に“こういうアルペジオどう?”って提案したら採用になりました。

今作の制作で使ったギターについて教えて下さい。

 メインはフェンダー・ジャズマスターですね。いつも使っている62年製と、カスタムショップの2本。そこにThinlineとかを重ねていったって感じです。アコギは「愛す」でMartin 0-16NY、「四季」ではGuildのD-40を使いました。

アンプは?

 ずっとメインで使ってるフェンダーのTwinoluxと、Electro-PlexのRocket 90です。あとは、「二人の間」のリフとかでDr.Zを使ったり、「しょうもな」とかでファズを踏む時にSilvertoneを使ったりしました。

楽曲の中におけるギターの音域をピンポイントで決めるようなアンプのセレクトですね。

 そうですね。Twinoluxは良い音が鳴るので、絶対的な安心感のあるアンプなんです。それから「もうちょっと硬い音にしたいな」って時にはRocket 90を使う。「モノマネ」や「幽霊失格」でも、イントロだけで使ったりしました。けっこう、パートごとにアンプを変えることがあるんですよ。リフをレコーディングしながら、“このリフだったらTwinoluxか”とか、録ったあとに“Silvertoneのほうが合うね”、“こっちのパートはRocket 90かな”みたいな。

サウンドの方向性をアンプで決めるんですね。

 はい。ちなみに最近、またアンプを買ったんです。レコーディングが終わったのに、デジマートを見てたらアンプが欲しくなって(笑)。だから今回のレコーディングでは使っていないんですけど、60年代後半製のフェンダーTremoluxを買いました。ギターにもサウンドの方向性がありますけど、個人的に重要なのはアンプだよなって感覚が強くなっていて。ギターの値上がり具合を見ると、アンプも今のうちに買っておいたほうがいいなと(笑)。

マイ・アンプを持つことって重要ですよね。

 すごく大事だと思います。どれだけ良いギターや良いエフェクターを持っていても、音の最終出口はアンプですから。ヘタったアンプを通したら、その音に寄ってしまう。あんまり鳴らないようなギターでも、良いアンプを通すとリッチに聴こえたりするんですよね。しかも自分のアンプがあれば、常に音の基準を持っておける。そうすると、“今のプレイ、良くなかったな”とか、“タッチが弱かったな”とか、そういうこともより知ることができるようになりますよね。

今作の制作において、一番活躍した機材を挙げるなら?

 今回、特徴的なところで言うと、やっぱSPECTRUMですかね。“いい仕事をしてくれたな”と思います。

尾崎が作るメロディや歌詞と4人の音があれば、従来の枠からハミ出していける

ちなみに“これをやるといつもみたいになってしまう”という発言がありましたが、今作の制作中に多かったんですか?

 多かったですね(笑)。「料理」、「ポリコ」、「しょうもな」、「ニガツノナミダ」のギター・ソロもそうですし、「モノマネ」も「幽霊失格」もそうですね。全部、作った時のフレーズからオクターブを下げたり、そのフレーズをさらに重ねたりとかしていて。

そういうワードが出てくるようになったことも踏まえて、今のクリープハイプらしさはどういうところにある?

 自由度というか、意外と枠を広げてもクリープハイプになってくるっていうか、その枠が、“自然と活動を重ねてる中で広がってきたのかな”っていう感じはあります。だから、どんな曲をやっても、尾崎の作ってきたメロディや歌詞と4人の音があれば、従来の枠からハミ出していける。その感覚は、今回アルバムを作っていて強くなりました。

 例えば「こんなに悲しいのに腹が鳴る」の途中でリズムを抜くっていうアプローチ、今までだったらライブのことも考えながら、“ここまで大胆にリズムを抜くのは……”とか考えていたと思うんです。でも、それにトライできるというか、そんなことをやっても自然に俺らのサウンドになっていくのは、今までやってきたからこそなのかなとも思いますね。

作品制作を振り返ってみて、いかがでしたか?

 この3年半の中には、ライブもできない期間もあったりとかして、それまでとは曲の作り方も変わって、データのやり取りで作ることも増えてきて。そういう中で、バンドとしての広がりを出すことができた。それも無理してる感じもなくて、俺らなり、クリープハイプなりの打ち込みの音だったりが広げられたのはすごくよかったなと思っています。まだ、これから先の曲作りとかはわからないんですけど、楽しみが増えたなとい感覚もあって。ある程度、バンドのサウンドからはみ出してもクリープハイプの音に聴こえるし、それがこれからのバンド活動を続けていくうえでの強みというか。

過去の曲の鳴らし方も、また変わってくるかもしれない。

 そうですね。特に今回のアルバムの曲は、ライブのことを考えずに“曲を一番いい方法で鳴らしていく”っていうことを考えてたんで、ライブで演奏するのが大変そうですね(笑)。ツアーが始まる4月まで、いろいろなアプローチを考えていこうと思います。

作品データ

『夜にしがみついて、朝で溶かして』クリープハイプ

ユニバーサルミュージック/UMCK-7147/2021年12月8日リリース

―Track List―

01.料理
02.ポリコ
03.二人の間
04.四季
05.愛す
06.しょうもな
07.一生に一度愛してるよ
08.ニガツノナミダ
09.ナイトオンザプラネット
10.しらす
11.なんか出てきちゃってる
12.キケンナアソビ
13.モノマネ
14.幽霊失格
15.こんなに悲しいのに腹が鳴る

―Guitarists―

小川幸慈、尾崎世界観