Interview|白井良明(ムーンライダーズ)“老齢ロック”という新たな境地への到達 Interview|白井良明(ムーンライダーズ)“老齢ロック”という新たな境地への到達

Interview|白井良明(ムーンライダーズ)
“老齢ロック”という新たな境地への到達

デビュー45周年を迎えたムーンライダーズが、11年ぶりとなる新作アルバム『it’s the moooonriders』を完成させた。二度にわたる活動休止や、メンバーの逝去などを乗り越えて誕生した作品の制作背景について、白井良明(g)に話を聞いた。

インタビュー=尾藤雅哉

ムーンライダーズ。後列左から鈴木慶一(vo,g)、鈴木博文(b,g)、岡田徹(k)、夏秋文尚(d)。前列左から白井良明(g)、武川雅寛(vln,tp)。
ムーンライダーズ。後列左から鈴木慶一(vo,g)、鈴木博文(b,g)、岡田徹(k)、夏秋文尚(d)。前列左から白井良明(g)、武川雅寛(vln,tp)。

ムーンライダーズのエネルギーに触れ
“新しい曲が書けるんじゃないか”と思えた

11年ぶりの新作『it’s the moooonriders』が完成しましたが、まずはアルバム制作にいたる経緯を聞かせて下さい。

 11年前の2011年3月に起きた東日本大震災という未曾有の出来事に直面し、“僕らは音楽で何ができるんだろうか?”という壁にぶち当たったんです。当時、“今はバンドをやる気分になれない”というメンバーもいたので、『Ciao!』(2011年)というアルバムを発表してからはしばらく休むことに決めたんですよ。

 その後、不定期でライブは開催しましたが、一方でなかなか新しい曲を作るモチベーションは湧きあがってこない状況が続いていたんです。それが2019年頃から、徐々に“アルバムを作ろう“という気持ちに変化していきました。

“アルバムを作ろう”と思ったきっかけは?

 9年前に亡くなったうちのドラム、かしぶち哲郎のトリビュート・ライブ(2019年)や、2020年に行なった『CAMERA EGAL STYLO / カメラ=万年筆』(1980年にリリースされた5thアルバム)の無観客再現ライブの経験が大きかったですね。久しぶりにムーンライダーズで演奏した時に、得も言われぬエネルギーや手応えがあって。だんだんと気合が入ってきて、“新しい曲が作れるんじゃないか”という感情が生まれてきたんです。

バンド・メンバーが同じ方向を向いていないと、“新しいアルバムを作ろう”という気持ちにはなれないと思います。制作にあたって、メンバー間でどのようなお話をされましたか?

 これまでは毎回テーマを決めてアルバムを作ってきたんですけど、今作は特にコンセプトを定めませんでした。メンバー間でそこまで具体的な話をしたわけではありませんが、久しぶりにライブをやってみて、ムーンライダーズの持つエネルギーを改めて感じたことが、一番大きかったんじゃないかなと思います。

コンセプトを決めないというところが、今回のコンセプトみたいなものだった?

 そう言われてみれば、確かにそうですね。

久々にアルバムを制作して感じたことや、新たな発見はありましたか?

 アルバムを作る時にメンバーが作ってきたデモ音源を聴いたら、それぞれの趣向の変化が面白かったですね。作り上げた音楽に違いがあったりして。例えば、これまでは大人しかった奴が、やたらと喋るようになっていたり(笑)。なので、これまでとは違った面白いアイディアがたくさん出てきました。だからアルバムを作り始めた頃は新鮮で楽しかったですよ。僕も、人生で初めて“桜の歌”(「駄々こね桜、覚醒。」)を作ってみたりとかしましたし。ある意味で、積極的なパワーが湧いてきた感覚もありました。

デモの中からの選曲や曲順などは、どのようなプロセスを経て決まっていくのでしょうか?

 メンバーそれぞれが“自分の作った曲を入れろ”と言ってきてうるさいからね(苦笑)。なのでムーンライダーズと凄く関係の深い人物(石原真&松本篤彦)でGHQ(ギーク・ハイ・クオリティ)というシンクタンクを作り、彼らに全部決めてもらいました。メンバーが彼らに自分の作ってきた曲をプレゼンして、そこで選ばれた曲をレコーディングしていくという流れでしたね。結局、デモは56曲あったのかな。それを1曲ずつ聴きながら、“ここは韻を踏んでて素晴らしいでしょ? もうヒップホップの影響満載です”といった感じでプレゼンをするんですけど、それぞれ熱がこもっていて面白かったですよ。

白井さんは、for instanceとしても精力的に活動されています。ムーンライダーズとの違いをどのように感じていらっしゃいますか?

 for instanceは、“ただ、フェスのような盛り上がりを見せればそれでいい”というはっきりしたコンセプトでやっています。一方、ムーンライダーズは色んな表現ができるバンドなので、こっちが持ってる様々なアイディアやサウンドなんかをムーンライダーズという鍋にぶち込んで、みんなで料理していくような感覚がありますね。

長年活動してきたバンドに“今の自分をぶつけられる“という関係はとても素敵だと思います。

 ああ、そうですか。でも、それが必ずしも自分の好きな形になるわけではないんですよ。みんな勝手に演奏するんで、結局はムーンライダーズの音になっちゃうんですよね(笑)。それがまた面白いところでもあるんですけど。

ギターに関して、アコギとエレキの使い分けはどのように考えていますか?

 僕も(鈴木)慶一(vo、g)も、最初にアコギを録ってから、エレキの音を重ねていくことが多いですね。どうしても時間が足りない時には、僕は自宅でエレキの音を入れることがあって。家にいると時間の制約がないし、誰にも文句言われないから(笑)。どんどん細かい音を重ねていってしまうこともあるんですけど。

今作にも様々なフレーズが重ねられていて、とても奥行きのある音像に仕上げられています。

 “偶然の産物”の結果ですね。最初は、曲に合わせて僕と慶一が勝手にギターを弾くんですよ。もちろんお互いにコードが当たったり、フレーズが被らないようにしながらいろんなフレーズを重ねていくんです。そこにバイオリンやマンドリン、トランペットなどの音が加わっていくと、徐々に混沌としたバンド・サウンドが生まれていく。もう魑魅魍魎としていますよね(笑)。

そこがムーンライダーズの特徴でもある“無国籍感”や“多国籍感”の根幹になっている印象がします。

 そのとおりですね。トランペットが持ってるイメージがマリアッチ風だったり、ギターの雰囲気がブリティッシュ風だったり、マンドリンがアメリカ音楽やロックっぽさを感じさせたり……自然とすべての民族音楽と等しい距離を保っているようなところが出てきますよね。そういうところは僕らの音楽の1つの特徴かもしれないです。

なるほど。ちなみに白井さんから見た鈴木慶一さんは、どのようなプレイヤーという印象ですか?

 慶一は、やっぱり21世紀ナンバーワンのオルタナ・ミュージシャンだと思います。そして自由で穏やかなフロントマン。大概、ワーッ!!て行く人が多い中、彼はホワーッと行く(笑)。

鈴木慶一(左)と白井良明(中央)、写真右でフィドルを弾くのは武川雅寛。
鈴木慶一(左)と白井良明(中央)、武川雅寛(右/vln)。

お互いのことはわかりきっているから
言葉はいらないんだよね

「岸辺のダンス」は、ガット・ギターによる情熱的なソロが耳に残りました。どういう風に作っていきましたか?

 今回の作品には、ドラムのかしぶち哲郎が亡くなってしまったことで、彼の作る曲を入れられないんですよね。で、その“かしぶち君の匂いをどうしようか?”ってなった時に、ベースの鈴木博文が、フラメンコだかタンゴだかわかんないスパニッシュ風のアレンジをしてきたんです。そこからあのギター・ソロへつながりました。みんなからは“パコ・デ・シライ”とか言われましたよ(笑)。僕の中で“フラメンコ”といえば、パコ・デ・ルシアですから。

そうだったんですね。ちなみに白井さんは、ご自身の演奏スタイルをどのようにとらえていますか?

 僕は、ジム・ホールに強い影響を受けているんです。ジム・ホールからジュリアン・レイジに至るまでの系譜の音楽が、僕が本当にやりたいことなんですね。だからジャズとカントリーを混ぜ合わせた音が、僕の真骨頂でもあると思う。あとは、ソロなどでも披露している無機質で数学的なフレーズとかですかね。

「S.A.D」で聴ける無機質なフレーズにも数学的な雰囲気を感じました。

 そうですよね。ビートに隙間が空いていたので、“これはどうしよう?”って考えていたら、自分の中にロバート・フリップ先生が登場しまして(笑)、あのフレーズが生まれました。それ以外の大きなストロークのキメのところでは、ピート・タウンゼント先生が出てきたり……。

キング・クリムゾンとザ・フーの揃い踏みという(笑)。

 そうそう(笑)。昔だったら、あの細かいフレーズにハモリまで加えていたと思うんですけど、今はそれほど勤勉じゃない(笑)。あと、このフレーズはループではなくすべて人力で弾いているので、タッチの揺れといった細かい違いを感じていただけたらな、と思います。そこは自分のこだわりかもしれないですね。指がつりそうになっても、しっかり自分の手で弾く。メンバーには、“ループにしちゃえばいいじゃん”とか言われるんですけど、僕はギタリストですからね。そこにはギターを弾く喜びがあるんですよ。

加えて左右に振られているアコースティック・ギターが、曲の立体感を生み出しています。

 そうですね。これも、僕と慶一によっていつの間にかアンサンブルが作り上げられていきました。特に話しあったりはしないけど、お互いに鳴らす音がバッティングしないように、それぞれが上手く合わせていくような感じです。

長年の呼吸や、言葉を交わさなくても通じる部分があるのでしょうか?

 もう47年も一緒にやっているから、言葉はあまりいらないんだよね。お互いのことはわかりきっている。“慶一はこういう風に弾かれたら嫌だろうから、僕はこうやって弾こう”とかね。そういう駆け引きで作り上げています。

ちなみに曲全体のコード感は、どのように作り上げていくのでしょうか?

 ベースの音もあまり動かないですし……僕らは“コード感”をそこまで出さないバンドなのかもしれないですね。6人とも、コードの必要性をそんなに感じていないのかな(笑)。

 例えば、はっきりとしたベースラインがあると、そこを基準に曲の表情が決まっていく部分がありますけど、僕らの場合、分数コードを使うことも多いので、自分でも曲全体の“コード感”の核はどこにあるのかを明確な言葉で説明するのは難しい。それくらい不思議なものですよね。長年のコンビネーションの賜物でしかないのかな(笑)。

「駄々こね桜、覚醒」では、白井さんが奏でるとてもまろやかな音のギター・ソロが印象的でした。今回、音作りでこだわったポイントは?

 今回、僕はあんまり歪んだ音は使っていないんですよ。この間、ザ・ローリング・ストーンズが最近やったライブを観たら、キース・リチャーズの音が、クランチからクリーンになった印象があって。“ひょっとして60歳を過ぎたら歪ませないほうがいいのかな?”とか、色々と考えたんです(笑)。今作では、ソロで歪みの音を使ったのは1曲だけで、それ以外はほとんど歪ませていないんですよ。

「再開発がやってくる、いやいや」も、艶のあるトーンの音が特徴的です。

 あのフレーズは、サドウスキー(Sadowsky)のジム・ホール・モデルで弾きました。フルアコですね。あとは、P-90が搭載されたギブソンのレス・ポール・ゴールドトップやサー(Suhr)のシンラインといったギターも使ったかな。おもにフロント・ピックアップ寄りのサウンドでお送りしてます(笑)。

ギブソン系のサウンドがお好きなのですか?

 そうかもしれない。5本もレス・ポールを持っていますしね。僕は“ストラトキャスターを買おう”と思って店に入っても、結局はレス・ポール買っちゃうんですよ。そういう性格の人なんだろうね。ストラトとかだと、俺、音が作れないもんな(笑)。

白井さんが感じるレス・ポールの魅力はどこですか?

 音が太くてしっかり鳴ってくれるところかな。最近は、P-90のモチモチしている中に硬さがあるようなサウンドが好きですね。どこか丸硬みたいな感じで(笑)。この間もレス・ポール・スペシャルを買ったんですよ。凄い暴れん坊だね。

P-90特有の暴れる音に触発されて、ピッキングにも変化がありそうですね。

 そうですね。そういう時に僕はピックを変えるんですよ。色々なピックを買って研究しているんですけど……とても奥が深いですね。最近は“ブルーチップ”がお気に入りで。ちょっとスピードは遅れるけど、太い音が出るので、とても気に入っています。それを一般的に使うであろう先の尖った部分ではなく、なだらかな丸い肩のほうで弾いたりしているんです。鋭くてキレがある太い音が出せるので、カッティングは本来の尖った角を使うのがいいかなと思いますね。

アルバムのラストを飾る「私は愚民」では、フリーキーにアウトしていくフレーズが強烈な個性を放っていました。

 この曲は最初から“インプロをやろう”と決めて、3回録った中からみんなで一番良いと思うテイクを決めていきました。僕は“一番ギターの音がデカいやつがいい”と言ったんだけど、みんながそれぞれ意見を持っていて面白かったです。

白井さんにとって、ムーンライダーズでインプロをする楽しさはどの辺りにありますか?

 インプロは、規則もないし、準備もいらない。しかも人によって違いも出てくる。自由でありながらも、演奏する人の個性が見えるところが魅力ではないのかなと思います。で、飽きたら“おしまい!”って終われるしね。この曲の最後にも入っちゃってるし(笑)。

白井良明。

“老齢ロック”のパイオニアとしての役割を
僕らは担っていると思う

改めて今回の制作で使われた機材について聞かせ下さい。

 ギターは、先ほども話に出たサドウスキーのジム・ホール・モデル、レス・ポール・ゴールドトップ、サーのシンライン、ホセ・ラミレス(Jose Ramirez)のガット・ギターを使いましたが、実は1曲だけフェンダーのブラッキー(エリック・クラプトンのシグネチャー・ストラトキャスター)を使っているんですよ。どこかペチャペチャな感じがして、ちょっと寂しさを感じる部分もあるんだけど、“それもまた一興だろう”ということで使いましたね。

アンプは?

 マーシャルのJCM800やメサ・ブギー、ローランドのBlues Cubeを使いました。特にBlues Cubeは、トランジスタなんだけど真空管アンプのような音が出せて気に入っています。あとエフェクトに関してはGUITAR RIGをよく使いましたね。色んな種類が入っているので便利なんですよ。

アルバム制作で、活躍した機材はありますか?

 ビヨンド(Beyond)のTube Buffer(真空管搭載バッファー・ペダル)が活躍しましたね。インピーダンスを下げてノイズを減らせるというバッファーなんですけど。全部かけっぱなしにして、気持ちよく弾きました(笑)。音がスッキリして存在感が出るんですよね。

新作の制作を通じて、白井さんは現在のムーンライダーズにどのような可能性を感じられましたか?

 僕らは、平均年齢70歳なんですよ。だから現場には車椅子の人や耳が遠くなった人、入院してしまう人もいるし、本当に老齢社会の縮図そのものではあるんですけど、それでもロックはできる。自分自身でも“老齢ロック”の夜明けを感じると同時に、老齢という現実をきちんと受け入れつつも、それでも音楽を作り続けていくというフィールドに到達したなと思っていますね。

 よく“ロックは死んだ”という人がいますけど、老齢社会の到来によって、ロックは生まれ変わりました。今は“老齢ロックの夜明け”といっても過言ではない。だから“老齢ロック”という新たな時代のパイオニアとしての役割を、僕らは担っていると思うんです。体力の続く限りは、現役で活動を続けていくつもりなので、歳を重ねたバンドは僕たちをぜひ見習ってほしいですね(笑)。

作品データ

『It’s the moooonriders』
ムーンライダーズ

コロムビア/COCB-54346/2022年4月29日リリース

―Track List―

01. monorail
02. 岸辺のダンス
03. S.A.D
04. 駄々こね桜、覚醒。
05. 雲と群衆
06. 三叉路のふたり
07. 親より偉い子供はいない
08. 再開発がやってくる、いやいや
09. 世間にやな音がしないか
10. 彷徨う場所がないバス停
11. Smile
12. 私は愚民

―Guitarists―

白井良明、鈴木慶一、鈴木博文