灰野敬二が2016年に若手実力派ミュージシャンと結成した、HAINO KEIJI & THE HARDY ROCKSが、スタジオ・アルバム『きみはぼくの めの「前」にいるのか すぐ「隣」にいるのか』を完成させた。この作品は、灰野が自身の原点であるロックンロールやR&B、ソウルといった名曲の数々を徹底的に解体・再構築したもので、彼らにしか生み出せない唯一無二の音世界が鳴り響く1枚に仕上げられている。アルバム制作について、灰野、ギタリストの川口雅巳、ベーシストのなるけしんごに話を聞いた。
取材:尾藤雅哉(ソウ・スウィート・パブリッシング) 写真=船木和倖
制作で活躍した機材は
ヤマハのFシリーズ・アンプ(川口)
今回の作品は、灰野さんのルーツとなったミュージシャンの楽曲をカバーした内容ですね。収録曲はどのように選んでいったのですか?
灰野 ギターの川口君とは20年来の付き合いなので、日頃から色んな話をしていて。その中で“こんな曲のカバーをやりたいんだけど、どう?”って相談したら、彼も“やりたいです”って言ってくれて。ほかのメンバーも賛成してくれたから、まずは僕と川口くんの2人で曲のアレンジに取りかかりました。あと、今回のアルバムを作る際、僕の中では“歌詞”が重要でしたね。
川口 今回、吉祥寺にあるGOK SOUNDで近藤(祥昭)さんをエンジニアに迎えてレコーディングしました。アルバムに収録されている11曲のほかに、「Born Under a Bad Sign」(アルバート・キング)と「A Change Is Gonna Come」(サム・クック)も録ったんですけど、話し合いの中で“今回のアルバムに収録するのは見送ろう”ってことになったんです。何テイクかやった曲もありますけど、基本的に“せーの”で演奏した一発録りですね。
灰野 僕の場合、ライブとレコーディングが同じ姿だと“卑怯”だと感じてしまうんだよ。演奏中に思わず漏れてしまった声や感極まって出てしまった叫びなんかは、普通だったらカットするでしょ? でも近藤さんはそのまま入れてくれる。粋な人だよね。
第5のバンド・メンバーのような存在なのですね。
灰野 本当にそのとおり。“やっている人がそうしたいんだから”って僕らの表現をすべて受け入れてくれるんです。やっぱり、その場に起きている瞬間を記録する意味での“レコーディング”だから、僕が歌い続けて力が出なくなってグラグラグラと崩れてしまったパートも、今回の作品にはすべてそのまま収録されている。でもそれがいいんだよ。そういう録り方じゃないと僕もやる気が起きないんだよね。
楽曲を聴くと、ギターやベース、ドラムといった各楽器が、灰野さんの歌に徹底的に寄り添っているように感じました。
灰野 THE HARDY ROCKSは、なんと言っても“歌”のバンドですから。僕の歌唱に関しては、いわゆる“間(マ)”がすごく重要なんです。“うっ”って急に止まったりするところがたくさんあるんだけど、その歌の隙間に誰かの音が割って入るってことは、誤解を恐れずに言えば“メンバー同士が仲良くなきゃできない”ということ。全員がお互いに配慮して、考慮して、そのうえで成り立つアンサンブルじゃないと表現できないんです。
川口さんがバンドでギターを弾く時に意識していることは?
川口 バンドの核となる灰野さんの歌を盛り立てられるようなギターを弾こうと思っています。
エフェクターは使わず、軽く歪ませたソリッドなサウンドも耳に残りました。
川口 もともとこのバンドは、灰野さんからエフェクターを使うことを禁止されていたんです。最近になって、ようやく解禁されたんですけど(笑)。
灰野 そうそう。昔から“エフェクターはギターをちゃんと弾けるようになってから使え”って言っているんです。僕の場合、突然メンバーに爆弾を放り投げることが多くて。次のライブでは、エフェクターの使用をすべて禁止にするかもしれない(笑)。とにかく油断をしてはいけないんですよ。
あと僕はいつもメンバーに“一生懸命練習して下手になれ”ってことをよく言っているんです。僕は急に変な指示を出したりするし、色んなところに罠を仕掛けたりもするんだけど、そのうえでメンバー全員が演奏を楽しめているかをいつも注意深く観察するようにしているかな。
そういう思いもよらない指示から、THE HARDY ROCKSならではのバンド・マジックが生まれそうですね。
灰野 そうそう。“彼らならプレッシャーも乗り越えられる”と信頼していますから。あと、僕の考え方では“ミスをする”って概念がないんだ。ミスを失敗だと思わせてしまうのはプロフェッショナルではない。例え間違えたとしても、その音に合わせて展開やテンポを自由に変えてしまえばいいだけの話。ステージでミスをした時ってテンションが下がって気持ちが重くなってしまう。そうすると、そこから先にやれることもやれなくなってしまう。それが一番よくないことだからね。
では、川口さんがレコーディングで使用した機材は?
川口 ギターはフェンダーのテレキャスター・カスタムですね。フロントはハムバッカーなんですけど、ほとんどリアのシングルコイルしか使っていません。
アンプはGOK SOUNDに置いてあったヤマハのFシリーズ。ものすごく好きな音が出たので、この1台だけですべての楽曲を録りました。今回の制作で活躍した機材をあげるなら、間違いなくヤマハのアンプですね。このアンプのおかげでギターがすごく弾きやすかったし、演奏を楽しむことができました。
エフェクターはBOSSのBlues Driverを「(I Can’t Get No) Satisfaction」、「Two Of Us」、「Summertime Blues」の3曲で使いました。それ以外はアンプ直で演奏しています。
先ほどエフェクターの使用禁止という話がありましたが、そういう制約があったことがプラスに働いた部分は?
川口 縛りがあったとしても、その中で自分がやりたいように表現できるので、逆にアイディアは出やすかったりしますね。
一生懸命練習して下手になれ(灰野)
開放弦を加えた不協和音のような響きも耳に残りました。
川口 コードに関しては、灰野さんとアレンジする時に2人で一緒に考えていくことが多かったです。まず灰野さんが響きを考えるんですけど、それをギターで弾くと無理やり指をストレッチさせないと鳴らせないフォームになっていたりしていて……苦労しました(苦笑)。
灰野 ありきたりな手法なんてものは全然楽しめない。なのでコード1つとっても“指が届かない!”とか“この形から指が動かせない”というフォームばかりになってしまうんです。
ではフレーズはどのように作り込んでいくのですか?
なるけ 僕らの楽曲は基本的にギターから始まることが多いので、まずキーになる音をとらえつつ、はずしきらない響きを探りながら、バンドでセッションを重ねていくことでだんだんとフレーズがまとまっていく感じですね。
今回、様々な名曲が大胆にアレンジされていますが、完成させるのに苦労した曲は?
川口 全曲苦労しましたね(笑)。さっきも話に出たように、ライブで演奏できないようなコードの押さえ方もたくさん出てくるんですけど、自分なりに改良を加えながら楽しんで弾いています。僕自身、ギター・ソロを弾きまくるようなスタイルではなく、どちらか言うとスティーヴ・クロッパーやウィルコ・ジョンソン、キース・リチャーズのように、歌を支えるリズム・ギターを弾くのが好きなんですよね。
では、このバンドにおけるギターの役割とは?
川口 このバンドでコードを鳴らせる楽器はギターだけなので、楽曲にカラフルさを加えられるのが僕のギターの役割だと思っています。先ほども言ったように、灰野さんの歌がメインなので、メロディとの掛け合いで力強さやハードな部分を右手で表現したいなって思っています。
灰野 少し前にやっていた哀秘謡というバンドの時の川口くんはサポート・メンバーって感じだった。でも今は相棒だね。このTHE HARDY ROCKSを始めた6年前は……“あ~あ”って不安を覚える感じだったんだけど、今は“おおっ!”って感じる素晴らしいギターを弾くようになりましたよ。
なるけ(しんご)君のベースはバンドのアンサンブルに背骨を通してくれる。やっぱりベースがドカーンとしてないと、歌やギターは自由に遊べない。しかも彼は、演奏中にうるさいくらい足踏みするのでステージの床が揺れるんですよ(笑)。“ジジイ! しっかりやれ!”って気持ちが床を伝わってくるから、こちらも気合い入るんだよね。
なるけ 僕自身、ベースのことを“音階のある打楽器”だと考えているところがあって。旋律を奏でつつ、打楽器として歌とボーカルのリズムを強く前に出せるような演奏を心掛けています。
灰野 それはもう、まったくそのとおり。
では灰野さんにとって、ギターとはどういう楽器ですか?
灰野 おまけ。
灰野さんが自身の歌を表現する時のおまけということですか?
灰野 そう。昔からずっと同じこと言ってるんだけど、もしロストアラーフ(灰野が1970年に結成した前衛ロック・トリオ)の頃、自分のイメージをバッチリと具現化してくれるようなギタリストに出会っていたら、もしくはジミ・ヘンドリックスくらいオリジナリティのあるプレイヤーが周りにいたとしたら、自分自身がギターを弾く必要はなかったと思う。
でも70年代の日本にはエリック・クラプトンやジェフ・ベックのコピーみたいなヤツしかいなかった。辛辣な言葉を使うけど、欧米を真似ることがカッコよかった時代だったとも言える。そんなレベルだから本当に問題意識が低いんだよ。最近になってようやく、そういう危機的状況にあることに多くの人が気がつき出したんじゃないかな。まぁ、この話をし始めると長くなっちゃうから(笑)、この辺でやめておくけど。
では6年間の活動の中で変化していった部分は?
川口 バンドで鳴らすサウンドがタイトになりました。あと活動初期の僕は灰野さんのバックバンドって感じで、スタンス的にちょっと引いてやってた部分があったんですけど、ここ2~3年でより気持ちを前に出せるようにもなってきましたね。もっと振り切ってやらないとダメだなって。
もともと僕自身が灰野さんのファンでもあったので、憧れの人と一緒のバンドでギターを弾くというのは自分にとってものすごく大きなプレッシャーだったんですよ。でも最近になって、腹を括って自分の音を表現できるようになってきましたね。
バンドの今後の展望について聞かせて下さい。
灰野 このバンドの一番のコンセプトは“ハードである”ということ。それは俺の生き様みたいなものだから……これまでの活動で手に入れたものを守りたくないってことかな。僕は曲をやるのに“慣れて”しまうのが一番嫌いなんだ。なのでまた自分たちの表現方法を解体し始めているよ。
川口さんがギタリストとして挑戦してみたいことは?
川口 灰野さんもおっしゃってましたけど、ハードであるというのがバンドのコンセプトなので、今後は“今よりもっとハードにギターを弾けるか?”ってことが最大のテーマですね。自分の演奏でバンドをハードな方向に底上げするようなグルーヴを出していきたいし、その上で灰野さんが自由に歌える形を作れたらベストだと思ってます。ハードにやるのは、やってもやってもやり足りないので。
灰野 このバンドは、みんな頭が変ですね(笑)。
なるけ 僕もこのバンドならではのハードな表現を更新しながら、1つの道を追求し続けていって、聴いたことのない自由な表現で音楽を生み出していきたいと思っています。
灰野 そうだね。中途半端にやっていたら突き抜けられないし、怖がる時間なんてもったいない。その瞬間瞬間の表現が大切だから、その気持ちを持って前に向かっていこうと思う。
作品データ
『きみはぼくの めの「前」にいるのか すぐ「隣」にいるのか』
HAINO KEIJI & THE HARDY ROCKS
P-VINE/PCD-28048/2022年5月11日リリース
―Track List―
01. Down To The Bones
02. Blowin’ In The Wind
03. Born To Be Wild
04. Summertime Blues
05. Money (That’s What I Want)
06. Two Of Us
07. (I Can’t Get No) Satisfaction
08. End Of The Night
09. Black Petal
10. Strange Fruit
11. My Generation
―Guitarist―
川口雅巳