ヒトリエが2021年に発表した『REAMP』以来、約1年4ヵ月ぶりとなるニュー・アルバム『PHARMACY』を完成させた。作品は、アニメ『ダンス・ダンス・ダンスール』のテーマである「風、花」を筆頭に、華やかでバラエティに富んだ楽曲で彩られた1枚に仕上がっている。2019年に早逝したwowakaに代わり、フロントマンとしてバンドを牽引しているシノダに作品制作について話を聞いた。
取材=尾藤雅哉(ソウ・スウィート・パブリッシング) 写真=西槇太一
3人で一緒に音を出せば
“今のヒトリエの音になる”という
手応えがありました
『REAMP』以来、約1年4ヵ月ぶりとなるニュー・アルバムですが、まずは制作に至る経緯から教えて下さい。
新体制となったバンドで『REAMP』を作って、コロナ禍ではありましたけどツアーもやって……そういった活動を通じて、最近になってようやく3人で書いた曲たちが立体的に感じられるようになってきたんです。“この3人で一緒に音を出せば今のヒトリエの音になる”という手応えを感じてきたし、ライブの評判もよかったので、“これなら新しい楽曲も作れそうだな”って。
しかもメンバーは以前よりも確実にスキルアップしているので、自然と“最新の表現”になるだろうと思っていました。今のヒトリエに対しては、そういう漠然とした信頼感がありますね。
曲は、日頃から書き溜めているんですけど、そんな中で「風、花」がアニメ『ダンス・ダンス・ダンスール』のエンディング・テーマに決まったり、配信シングルとして「ステレオジュブナイル」をリリースしたりする中で、曲を完成させるための一連の流れが感覚として掴めてきたんです。
あと……アニメ『86-エイティシックス-』のために書いた「3分29秒」を制作している時に、音楽シーンのムードが少し変わったような気がしたんですよね。
例えば、どのように変わったと感じたのでしょうか?
少し前までは、ロック・フェスでやることを想定した“速いビートのダンス・ロック”が流行っていましたけど、そのムードが一旦落ち着いたように感じたんです。それよりも、もっとチルアウトするための音楽だったり、シティポップ的なオシャレな雰囲気を求められている気がしたので、“そのムードに合わせた曲を書いたほうがいいのかな?”って考えが心のどこかにあって。その流れから「Flashback, Francesca」を作りました。
なるほど。「風、花」、「ステレオジュブナイル」の作曲は、ゆーまお(d)さんが手掛けられていますが、自身の作る曲との違いについてどのように感じていますか?
ゆーまおは、非常に明るい曲や爽やかなナンバーを真っ直ぐにぶつけてくるスタイルですね。僕は逆で、ひねったうえでキャッチーにしたいタイプかな。いつも、リスナーが聴いた時に一発で忘れられなくなるような曲を作りたいと思っているんです。なぜかというと、僕がすぐに曲を忘れちゃうから(苦笑)。
そんな自分でもずっと覚えていられる曲だったら、聴き手もすぐに覚えてくれるだろう、みたいな発想で書いているので、例え頭の中にメロディが降りてきたとしても、“このアイディアをいつまで覚えていられるかな?”って一旦寝かせるんです(笑)。で、制作の締め切りが発生したタイミングで、ようやく自分の頭の中にあるストックから記憶に残っているアイディアを引っ張り出して完成させるというやり方なんですよね。
そうなんですね。曲はどのように完成させていくのですか?
まずはワン・コーラスだけの断片的なデモを全員で共有して、そこからフル尺を完成させていくというのが基本のスタイルです。今回のアルバムに関しては、収録する楽曲や収録する順番なども僕が考えました。
アレンジに関しては、元となるアイデアを出した人が監修するんですけど、そういうルールが『REAMP』の時に自然と発生したので、今回もそれに基づいて作曲者が完成まで面倒を見るという感じでしたね。
今回のレコーディングは
エンジニアさんが不安な顔に
なり始めてからが勝負でした(笑)
シンセや電子音、サンプリングなども大々的にフィーチャーされていますが、アレンジはどのように作り込んでいったのですか?
上モノ的なサンプリング・フレーズやシンセに関しては、“どうやったらもっと華やかになるかな?”、“どんな音を入れたら今っぽくなるかな?”といったことを考えながら作り込んでいきましたね。
「電影回帰」は、シンセの存在感もかなり大きいと感じました。
この曲は、そもそも誤解から生まれたアレンジなんですよ(笑)。ゆーまおから僕に編曲を投げられた時に“エレクトロな感じにしてほしい”というオーダーがあって、僕はその言葉を“EDMな雰囲気”として解釈したので、バキバキなシンセを入れてアレンジしたんですけど、よくよく聞いてみると彼のイメージはもっとフワッとしたソフトな雰囲気だったという。
そういうちょっとした誤解がバンド・マジックにつながっていったと。
そう言えるのかもしれません(笑)。あと、この曲ではギターではなく、シンセをステレオで鳴らしてみようと思ったんですよ。エレキ・ギターよりもシンセのほうが音の抜けが良くて、もっと音圧が出るんじゃないかって思っている節があるので、シンセを補完するような形でギターを入れてみたんです。
ギター・サウンドでは、「ゲノゲノゲ」で聴くことができるオクターブ・ファズの音色も耳に残りました。
このパートは、シンセで鳴らすリフのような感覚で作りましたね。個人的に“本当に汚いファズをぶっ込んでやろう”と思っていて、オクターブ・ファズだけでなくDWARFCRAFT DEVICESのHax(リングモジュレーター)も重ねて、ちょっと奇妙なサウンドにしてみました。加えて、シンセもこっそりオーバー・ダビングしているんですよ。
「Strawberry」のソロでもファズ・サウンドがフィーチャーされていますね。
使ったのは、Prescription ElectronicsのExperienceというオクターブ・ファズですね。もともとwowakaの私物だったペダルなんです。『HOWLS』(2019年)に収録されている「青」でも使いましたね。
存在感が強いサウンドをピンポイントで取り入れた理由は?
つい先日も“ギター・ソロを飛ばして聴く人が増えている”といった話が出たように、“エレキ・ギター不要論”みたいなのが定期的に勃発するじゃないですか? そういう風潮の中で“ギターを効果的に聴かせるにはどうしたらいいんだろう?”って考えたんです。で、出した結論が“嫌な音のほうがいいだろう”と(笑)。せっかくギター・ソロを聴かせるなら、“すげえ嫌な音出してやろう”ってことを考えていました。
確かに耳馴染みのない音がいきなり耳に飛び込んでくるとグッと意識が惹きつけられますね。
そうなんですよ。例えば……ゆらゆら帝国の「午前3時のファズギター」やナンバーガールの「TATTOOあり」、L’Arc~en~Cielの「HONEY」のように、聴き手がびっくりするほど振り切った音でソロを弾いてもいいじゃないかなって。なので今回のレコーディングは、エンジニアさんが不安な顔になり始めてからが勝負でしたね(笑)。“どこまで攻めた音で弾けるだろう?”ってことは1つの判断基準になっていたと思います。
なるほど。
ひょっとしたらシンセでも音を作り込めばオクターブ・ファズのブチブチした質感を表現できるかもしれないですけど、僕はギタリストなので使い慣れた楽器を使うほうがイメージを形にしやすい。あと今作のシンセが入った曲に関しては、打ち込みやDAWを使いこなすためにチャレンジしたポイントでもあったんです。先々を見据えて、こういうアプローチもできたほうがいいかなって。
そうなんですね。実際にチャレンジしてみた感想は?
1つわかったのが……シンセを中心に曲を構築すると、マジでギターの入れどころがなくなるということ(笑)。特に「Neon Beauty」は本当に難しかったです。でも色々と勉強になりましたね。
「3分29秒」では、曲の合間に挟み込まれるテクニカルなオブリが存在感を放っています。耳を惹きつけるフレーズの強さに関してはどのように考えていますか?
さっき話したソロと同じで、“聴いた人をビックリさせたい”という気持ちで考えています。“今の何?”みたいな装置として、短いけどちょっと難しいフレーズを配置することが多いですね。曲をフル尺で聴いてもらうために、メンバーと一緒になっていろんなアイディアを考えながら作っている感じです。
この曲では、ワーミーのようなピッチシフトした音も印象的でした。
あのパートはワーミーではなく、BOSSのピッチシフター(PS-6)を使いました。同じフレーズを何本か重ねてシンセのように聴かせています。以前、wowakaが作った曲で、僕が打ち込みだと思っていた音が実はギターだったということがけっこうあって。さっき話したギター・フレーズにシンセを重ねるという手法もそうなんですけど、彼がやっていたレコーディング・テクニックにヒントを得ることがすごく多いので、今もお手本にしているんです。
レコーディングで使用したギターについて教えて下さい。
ギターは、wowakaから借りている65年製のジャズマスターと65年製のジャガーを使いました。ギターはすべてリアンプで、Divided by 13とマーシャルのPlexiを鳴らして録っています。
制作で活躍した機材を挙げるなら?
Fulltone製のTUBE TAPE ECHOですね。テープエコーにしか出せない“発振する感じ”に取り憑かれてしまって、「Strawberry」や「Flashback, Francesca」など何曲かで使いましたね。でもミックスにはあまり反映されていないという(笑)。
最後にアルバム制作を振り返って一言お願いします。
現在進行形のバンドとして最新の表現ができたアルバムだと思います。今のヒトリエはポップスをこういう風にみているんだってことをみなさんに楽しんでもらえたら嬉しいですね。
作品データ
『PHARMACY』
ヒトリエ
非日常レコーズ / Sony Music Associated Records/AICL-4255/2022年6月22日リリース
―Track List―
01. Flashback, Francesca
02. ゲノゲノゲ
03. 風、花
04. Neon Beauty
05. 電影回帰
06. Flight Simulator
07. 3分29秒
08. ステレオジュブナイル
09. strawberry
10. Quit.
―Guitarist―
シノダ