2021年春の結成以来、爽やかな歌声とメロディアスなロック・サウンドが多くのリスナーから反響を呼んでいる3ピース・バンドのdowntが、6曲入りの新作『SAKANA e.p.』をリリースした。“FUJI ROCK FESTIVAL’22”への出演も果たしたdowntのボーカル&ギター=富樫に、制作について語ってもらった。
取材=白鳥純一(ソウ・スウィート・パブリッシング)
少ない音の表現が、3ピース・バンドならではの魅力だと思う
まずは新作の制作を終えての率直な感想を聞かせて下さい。
今作は、『downt』(2021年10月リリースの1stアルバム)よりも、じっくりと時間をかけて制作しました。何か1つのテーマを掲げて曲作りを始めたわけではありませんが、様々なアレンジを加えながら、結果的に1つの作品として流れをまとめ上げることができたと思っています。自分の中では、 “凄く良い作品が完成したかな”、と。
ギターのインスト曲を取り入れるなど、作品全体の流れを大切にしている印象を受けました。
そうですね。音の余韻を上手に使いながら、リスナーに作品全体の音のつながりを感じてもらえるようにすることを意識しました。“アルバム全体が1つにまとまるような雰囲気”を出すために、途中にSEを入れたりしつつ、曲順にもこだわって作品作りを進めていきましたね。
富樫さんは、全楽曲で作詞も手掛けられていますよね。
作詞は、曲作りを始めたら、そのまま流れで書き上げてしまうことが多いです。“誰にでもこういうことあるかもしれない”とか、“何となくみんなの心の中にあるんじゃないかな”といったことを抽象化して書くようにしています。
downtの3ピース・バンドとしてのこだわりや工夫は?
音の隙間は大事にしていますね。極限まで音を抜いたアプローチや、規則的で綺麗な音に美しさを感じることが多くて。例えば、“ここはバスドラムがドンと鳴っているから、ベースは要らない”とか、“ベースが動いてるから、ギターは動かないようにする”といったことを意識しています。
少ない音での表現が3ピース・バンドならではの魅力でもあり、私が“3ピースをやりたいな”と思える理由の1つでもあるので、ギターやベースの1音1音に凄くこだわりました。
ちなみに、富樫さんは好きな3ピース・バンドはいますか?
ずっと好きだったのは、MASS OF THE FERMENTING DREGS(以下、マスドレ)です。初めて聴いた中学生の頃に、自分の中にあったそれまでの音楽観を覆されたような凄まじい衝撃を受けて。
その後も、3ピース・バンド自体の魅力や、カッコ良さを感じてはいましたが、音楽的には特に誰かの影響を受けたりすることはなかったかもしれません。私自身は“自分にできることを最大限やってみたい”という意識で音楽と向き合ってきました。
今作の制作で、一番苦労した点はどの辺りですか?
ベースとドラムのアレンジに苦労しましたね。音を減らし過ぎて寂しく聴こえてしまうこともありましたから。何回もスタジオに入って、たった1つのシンバルの音が要るのかどうかを何時間も議論したりとか(笑)。凄く大変でしたけど、楽器の1音があるかないかで、楽曲の雰囲気や世界観が大きく変わってくるなというのは、改めて感じさせられましたね。
音の空白と裏のリズムが織り成すグルーヴ感を大切にしている
冒頭に収録されている「―.1.―」は、ギターのアルペジオが特徴的なインストゥルメンタルの楽曲です。
“これから作品が始まる”という雰囲気を感じてほしい“と思って収録した曲です。儚い音の余韻と、“コード感”にこだわりながら曲を作っていきました。
「シー・ユー・アゲイン」はイントロのくり返されるギター・フレーズが印象的ですが、歌が始まると、ドラムとベースのリズムが際立ってきますね。
パートごとの棲み分けができているんですかね。“今はこの楽器を目立たせたい”とか、“私が弾いて目立ちたい”といった感覚を、場の空気に合わせて調整していく感じです。
“もっとギタリストとして主張したい”と思うことは?
棲み分けはわりと自然に決まっていきます。“絶対このギターを弾きたい”という私と、 “このコード感がいい”という河合(b)のせめぎ合いになった時は、私は譲らずにしっかりと主張しますよ(笑)。「minamisenju」のAメロ後のリフは、“本当に要る?”とメンバーに言われたんですけど、“絶対にこのフレーズを弾きたい”という私の気持ちを伝えて、受け入れてもらいました。
自分の意見を譲らなかった理由は?
単純に、あのリフがカッコいいと思ったからです(笑)。 “ギターを弾き過ぎている”と思う感覚もわかるんですけど、楽しくギターを弾きたいという気持ちもある。なので、 “このリフを弾きたい”っていう自分の気持ちは、譲らないようにしました。
ギター・ソロにおけるフレーズ選びのポイントや、傾向などがあれば教えて下さい。
私の癖でもあるんですけど、綺麗なコード感の中に、半音ズレた音を入れて作る“気持ち悪い雰囲気”が好きなんですよね。心地よさと気持ち悪さが同居したような音が感覚に合うんだと思います。アメリカに、そういうアプローチを取り入れたファラクエット(Faraquet)というプログレッシブ・ロック・バンドがいて、めちゃくちゃ好きなんですよ。
「Fis tel」は、どう作り込んでいったのですか?
ギターはシンプルだし、リズムも一定なので、音の隙間にうまく歌を乗せることを意識しました。この曲は、リズム・キープするパートが曲の中で変化していくところに注目してほしいです。
2番のサビには、単音のギター・フレーズが加えられています。
曲の流れを変えたくなかったので、歌をそのまま入れる感覚でフレーズを作りました。「Fis tel」はデモ音源から、かなりのアレンジが加えられているんです。完成までに凄く時間がかかりましたね。最後のアウトロも、“曲の最後を一番盛り上げたい”という思いで、色々なアレンジを重ねながら、こだわって仕上げました。
続く「―.5.―」は、再びインストゥルメンタルの楽曲です。
最後の「I couldn’t have done this without you.」が出来上がった段階で、この曲の冒頭で出てくるアップ・ピッキングのアルペジオにスムーズにつなぐことを考えながら、「―.5.―」を作りました。
「Fis tel」の重たい雰囲気を変えたくて、空間系のフワフワした雰囲気が出せたら良いなと思っていたんです。だから、コード感とかも含めてけっこう気に入っています。
最後を飾る「I couldn’t have done this without you.」は、アルペジオが中心の楽曲ですね。
何も難しいことはせずに、アルペジオの美しさが印象に残る曲にしたいと思って作った曲です。“3ピースの良さを活かしたい”というバンドとしての思いもあったので、あえて難解なフレーズは弾かないようにして、“聴きやすい曲”に仕上げました。“ギターの余韻が好きだ”という私自身の好みもありますが、何となく音の隙間を埋めてくれて、そばにいてくれる感じが出せたら良いなというのはありました。
ギターでグルーヴ感を出すための工夫があれば聞かせて下さい。
グルーヴはめちゃくちゃ大事にしているんです。というのも、downtはベースやドラムの音をかなり減らしているので、きちんと空白を感じていないと、ギターでリズムが取れないんですよ。“ドラムで細かくビートを刻めば、ギターも弾きやすくなる”という局面でも、全然リズムを刻んでいないから(笑)。常に裏のリズムを感じながら、曲のグルーヴ感が出せるように気をつけています。
今までの人生で一番美しい音だったSilvertone製アンプの魅力
富樫さんの使用ギターを教えて下さい。
バンドを始めた大学時代は、メキシコ製のFenderテレキャスターを使っていたんですけど、downtを始める直前に、同じくメキシコ製Fenderの黒いストラトキャスターを買いました。今のところ、私のギターはその2本だけですね。
Fenderのギターを選んだ理由は?
特別なこだわりがあったわけではなく、私が本当に無知で、“Fenderしか知らなかった”ということだけですね(笑)。でも、色んなギターを弾いてみて、メキシコ製のFenderが私の中で一番しっくりきた感覚があって。
メイプル指板が好きなのでしょうか?
確かに、好きかもしれないです(笑)。機材の特性に関して詳しくないのですが、 弾いた時に、何となくフィットするような感覚があって。“直感”みたいなものでしょうか(笑)。
ほかに気になっているギターはありますか?
いや、今のギターだけで十分です(笑)。活動を続けていく中で、気になるギターが出てくるかもしれないけど。やっぱり私としては、アームが使えるストラトキャスターが好きなんです。ただ、今作のレコーディングと今回のツアーで上里洋志さん(Half-Life)にテレキャスターをお借りしたのですが、音が好きすぎてやっぱりテレキャスターは欲しくなりました。
愛用しているストラトは、今作のレコーディングでも活躍したのですか?
実は違うんです。もちろん試してみたんですけど、微妙に違う感覚があって。今回は、サウンド・ディレクションをしていただいた上里洋志さん(Half-Life)にお借りして、Fenderのテレキャスターを使いました。今作はそのギターで全曲レコーディングしています。
アンプやエフェクターは?
「minamisenju」はHUMAN GEARのFINE(オーバードライブ)、「Fis tel」はVEMURAMのオーバードライブを使って録りました。アンプは、ツバメスタジオにあったSilvertoneの音が素晴らしくて、「シー・ユー・アゲイン」や「I couldn’t have done this without you.」など、かなり頼らせてもらいました。
Silvertoneのアンプ、どの辺りに魅力を感じられたのですか?
Silvertoneのヘッドと、ビンテージのFenderキャビネットの組み合わせだったと思うんですが、 今まで生きてきた中で、一番美しいクリーンの音だったんです。とにかく感動したことを覚えていますね。見た目も可愛らしいですし、今後もぜひ使っていきたいんですけど、なかなか見つからなくて(笑)。
ほかに今後使ってみたい機材や、取り組んでみたいことは?
今作は、全曲オープン・チューニングで作りましたけど、次の作品では、チューニングを変えたりしつつ、“統一感を出してみたいな”とかは考えています。
どんなチューニングにしているのですか?
友達のバンドの影響を受けて使い始めた変則チューニングで、6弦からD/A/E/A/C#/Eを使っています。私たちは、“アルジャーノン・チューニング”と呼んでいます(笑)。これ以外にも、海外のバンドが使っている変則チューニングを参考にしながら、自分たちの曲に取り入れています。
また観たいと思えるような演奏を届けたい
downtでの活動を開始させてからここまでの活動を振り返って、率直な思いを聞かせて下さい。
SNSなどを通じて様々な形で広まって、色々な人に聴いてもらえる今の状況を、バンドを始めた当初はまったく想像していませんでした。
昨年12月に開催した初のツアーでは、私たちが活動している東京はもちろん、大阪、京都、名古屋で行なったライブにも、たくさんの人が遊びに来てくださって、全国の皆さんに私たちの曲を聴いていただけているということを実感し、本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。
あと個人的なことですが、生活が大きく変わりました。今までは普通に働いていたのですが、音楽に軸足を置いた生活になって、“ライブを続けるにはけっこう体力が必要なんだな”とか実感しましたね(笑)。
7月からは全国ツアーもありますし、フジロックなどへの出演も決まりましたよね(編注:インタビューは6月下旬)。“体力が必要なスケジュール”だと思いますが、抱負や意気込みを聞かせて下さい。
まさかフジロックに出られるとは思っていなかったので、凄く楽しみにしています。当日はめちゃくちゃ緊張すると思うんで、ミスしないようにしたいです。野外で演奏するのは初めてですし、環境の違いもあると思いますが、まずはいつもと同じ演奏することを心掛けたいです。初めて私たちの演奏を聴くお客さんにも、私たちの歌のリズムや、サウンドのまとまりを感じてもらえたら嬉しいですね。
今後の目標としては、まだ明確ではない部分もありますが、日本各地はもちろん、海外の皆さんにも私たちの楽曲を聴いてもらいたいので、色々なところに足を運んでいきたいと思っています。
最後に、ライブに来られるファンや、これから出会う方にメッセージをお願いします。
私たちの作品を聴いてライブに来てくださるのは凄く嬉しいですし、そのような方達の前で、音源とは違ったパフォーマンスを披露して、“また観たい”と感じていただけるような演奏を届けていきたいです。あとは、日常生活のふとした瞬間に、私たちの曲を思い出してもらえたら嬉しいですね。
作品データ
『SAKANA e.p.』
downt
ungulates/配信/2022年6月22日リリース
―Track List―
01. ―.1.―
02. シー・ユー・アゲイン
03. minamisenju
04. Fis tel
05. ―.5.―
06. I couldn’t have done this without you.
―Guitarist―
富樫