旅するシンガー・ソングライターとして活動し、レーベルの主宰やプロデューサー業を始め、多方面で活躍する大柴広己が、1年半ぶりとなるアルバム『LOOP8』をリリースした。今作も右手を巧みに使った独特のギター・グルーヴ・チューンから、繊細なアタック・トーンを味わえるバラードまで、一度聴けばヤミツキになる楽曲群が並んでいる。そのソングライティング術の秘訣とは何なのか? “全6部作の完結編”だという本作を軸に話を聞いた。
取材・文=辻昌志 撮影=星野俊 デザイン=ジャスティスマサキ
※本記事はギター・マガジン2023年2月号にも掲載されています。
8年間かけて出した6部作の完結編なんです。
今作『LOOP8』は1年半ぶりのアルバム・リリースですね。まず、コンセプトから聞かせて下さい。
説明すると長くなるのですが(笑)、まず今作は、“これまでに出した6部作の完結編”という位置付けなんです。最初の1枚は『それを愛と呼べる日が来るとは思わなかったよ。』(2014年)という“ラブ”のアルバム。そもそも“人間は生きるうえで何が必要なのか?”と考えて、一番必要なのは“愛”だと思って作り始めたわけです。でも色々やるうちに愛はテーマではなく、“愛を持ってどう生きるか”ということなんだとわかって。だからラブの次には“ライフ”があると。それが『Mr.LIFE』(2016年)になりました。
連作の2作目ですね。
で、“どう生きるか?”と考えると、“今を生きたい”となる。それで2017年にライブ盤(『Moja Moja Live Collection Vol. 2』)を出したんですが、結局は“自分のことしか考えてなくないか?”となったんですね。でも、自分が音楽を続けられているのは、周りにたくさんの人がいるからなんです。つまり“人間関係”を良くするために愛があり、生活があり、今を生きたいとなる。それで『人間関係』(2018年)というアルバムを作って、一連の制作を終わらせようと思ったんです。
なるほど。
ただ、その『人間関係』で気づいたことって、“いつかは全部失う”ということなんですよ。じゃあ次は“ロスト”だと。でも、ただ失うだけじゃ寂しいから、その先に光を探すだろうなと思ったんですね。それが前作の『光失えどその先へ』(2021年)になったわけです。それでわかったことは、“失った光を取り戻すためには愛しかない”と。
そして今作の『LOOP8』では、最初のテーマである“愛”に戻ってくるわけですね。
その戻るっていうのは、ループ的な意味もありますよね。つまり、8年前に出したアルバムに戻る。8は無限を表わしているし、LOOPの“OO”も無限(∞)の意味だなと。
それで今作のタイトルが『LOOP8』なんですか?
そういうことです。今作では、今までの曲のタイトルを全部つなげて歌詞に入れているんですが、8年前の『それを愛と呼べる日が来るとは思わなかったよ。』の1曲目のタイトルが「ビューティフルライフ」なんですよ。
その曲名も今作とつながってくるんでしょうか?
そうなんです。今作のジャケ写にもあるように、猫のことなんですよ。猫って、人間がただ生きていくうえでは必ず必要とは言い切れないですよね?
もし衣食住だけを求めるならそうですね。
自分は猫を飼っていたんですが、この間亡くなったんです。そうしたら自分の心が空っぽになってしまった。それまでは“人生は有限だし、自分に必要なものだけあればいい”と合理的に考えていたんです。猫は飼っていたけど、猫をそういう感覚でとらえたことはなかったんですね。けれども失った時、自分の中で“こんなにも大事で、猫と一緒に過ごした時間が幸せだったんだ”と気づいたんです。
なくなってから気づくことは多くありますよね。
だから今回のアルバムのテーマはそれで、必然性だけを追い求めていても仕方がないと。どうでもいいこと、関係ないことをやっている時が、実は一番幸せなんですね。そう思った時、不思議なことですが、さっき言った8年前の曲「ビューティフルライフ」で、“やらなきゃいけないこと、それだけをこなすのはつまらないと思うんだよね。ねえ君はどう思う?”と歌っていたことに気づいたんですよ。
おお、そこでつながると! 今作のテーマは8年前の自分が知っていたということなんですね。
そうなんですよ。8年間、紆余曲折色んなことがあったうえで、その歌詞の問いかけ。“うわ~”と思って、ビックリしました。だから今作で壮大な伏線を回収したんですよね。
ギターが歌よりも前にいかないことが大切。
先ほど話にあった“合理的な考え”というのは、それまでの作曲などの方向性にも表われていたんですか?
そうですね。でも変わっていきました。作曲でも、自分が知らないものが出てこないと感動しなくなったんですよ。
例えば今作では、どんな方法を試したのですか?
今作で言うと、まずオケをバンド・メンバーと録って一度完成させたあと、改めて歌を乗せていったんです。そこからまたアレンジを変えていきました。すると、全然使ってなかった筋肉が作動し始めたんですよ。自分が想像しないような面白いメロディが出てきた。ギターにしても弾いていると手癖が出てきて、似たようなものしか出てこなくなりますよね。だから1回ギターを置いて、鼻歌で歌ってみて、それからギターを足していったり。
なるほど。
“このメロディどうなってんだ?”と、鼻歌をギターで追っていきました。そうしたら転調も出てきて。特に「愛に戻る」は大サビでめちゃくちゃ転調しているんですよ(笑)。GからE、A、一瞬CにいってA……で、最後にGに戻るという。普通にギターを弾いていたら、まぁこんなことにはならないのかなと。
それも必要なものだけを追わなくなったゆえの結果かもしれませんね。
日本人って、つい1つの答えを求めがちだと思うんです。“コレはこういう意味でこうなんだ”、みたいな。俺も以前はそういう感覚があったんですが、答えは1つじゃなくていいし、解釈も自由なんですよね。でも、その余白がない作品を自分はこれまで作ってきたんです。
“こう聴いて下さい!”と指定するような?
そうですね。前作(『光失えどその先へ』)なんかはキレイにパズルをはめた状態で、“はい、どうぞ”って感じでした。けど、今作は外枠はあるけど、中身はスカスカというか。どこに何を配置しても良かったんです。
それで言うと、今作のギターのアプローチはシンプルですよね。歌の力をストレートに伝えるために、あまり脚色していないというか。
やっぱり俺はリズム・ギタリストなので、歌がリズムに乗ってくれるようなビート・アプローチをしましたね。というのは、グルーヴを長めに取って作ってるんです。“トントントントン”という単調なリズムの取り方じゃなく、8小節ごとに長~くグルーヴする感じというか。
それは大柴さんが南米に留学してギターを弾いていた経験もあるかもしれませんね。「がらんどう」や「なに( ゚д゚)しとん?」で聴けますが、ファンキー・チューンでの16分のカッティングも持ち味です。
16のアプローチって難しいんですよね。やりすぎるとうるさい。しなやかさが必要というか。やっぱりそのあたりは、海外のギタリストのほうがリズムの感覚が細かいんです。日本人なら“パンパンパンパン”と4つで拍を取るところを、“ツツツツツツツツ”って物凄く細かく取るんですよ。だから“どこでもグルーヴできるよ!”って感じの余裕があるんですよね。それをファンク・ギターで弾くのは難しいんですが、俺はギターがボーカルよりも“前にいかないこと”を心がけています。自分にとってギターは、歌がよく聴こえてくるためにあるんですよね。
歪みの音はJC-120だけで作っています。
以前のインタビュー(2021年)では“ギタリストとしての自覚が出てきた”とも話していましたが、それは色濃くなってきたのですか?
そうですね。昨年から自分で弾くことが増えたので、俺にしか出せないグルーヴにも気づいたし、自分の立ち位置がわかったんです。
それが歌の前に出ないギタリスト、ということなんですね。ところで「がらんどう」や「なに( ゚д゚)しとん?」はワウの小気味良いカッティングも気持ち良いですが、何を使ったんですか?
BOSSのGT-1(マルチ・エフェクター)ですね。レコーディングの時にたまたまワウがオンになっていただけなんですが、その音が良すぎて(笑)。
ギターは何を?
「がらんどう」のワウのカッティングは、2010年製のヒストリック・コレクションのレス・ポール。「なに( ゚д゚)しとん?」は66年製のテレキャスターですね。
レス・ポールでバリバリとカッティングするのは珍しいかもしれませんね。
そういう先入観がないんです。そもそもギターを選ぶ時、“これだけの音が出る”っていう一定の基準を満たしていたら、それが1万円だろうが100万円だろうが関係がなくて。自分が弾いたら同じような音になるので。
歪みの音はペダルで作ったんですか?
いや、JC-120ですね。アンプで作ってるんです。
JCのDISTORTIONのツマミですか?
そうです。使っている人はあまりいないと思いますが(笑)。
使っているという話はあまり聞かないですね(笑)。DISTORTIONのツマミ位置はどれくらいに?
MAXの10です。チャンネル2のLOWインプットに入れて、ブライト・スイッチはオフ。基本的にVOLUMEの目盛りは2~3、BASS、TREBLE、MIDDLEは5ですね。
アンプで歪ませたということで、クリーンの音はどうしていたんですか?
アンプの設定は同じで、クリーンでは弱く弾くんです。
右手だけで歪み量をコントロールしているんですね。
そうですね。クリーンの音にしても、エレキとアコギの中間をいきたいんです。アコースティックの音をエレキ・ギターでも出せたらと。例えば、生音の振れ幅ってエレキとアコギでは違いますよね。アコギのほうが振れ幅は大きい。“その音をエレキで出すにはどうすればいいのか?”と考えています。
エレキでも生感のあるダイナミクスを出すと。
だから一番嫌なのはコンプレッサーを使うことなんですよ。均一化されて、ゆらぎが消えてしまう。自分は何もない状態からやっていきたいんです。それこそウィルコ・ジョンソンはアンプ直で同じことをやってるんじゃないかな。ガタガタなのに、それが素晴らしい。やっぱり右手ですよ。俺の場合は基本的にアップ・ストロークで音を出すんです。ピックも人差指と親指に加え、中指も使って持つんですね。これだと強く弾く時でも、手首の動きが調整しやすいんです。
そのピックの持ち方だと色んな角度からアタックできそうですね。
南米に行った時、現地の人に教えてもらった持ち方なんですけど、日本に帰ってきたら誰もそんな持ち方をしていなかった(笑)。
知らない自分を知るためにこれからもギターを使う。
今作のレコーディングのメイン・ギターは?
62年製のジャズマスターですね。歪み系はジャズマスが多いです。
「さよならグローリーデイズ」では気持ち良いクランチの音が聴けますね。
エンディングの感じとか、まさにジャズマスの音ですね。横に広がる歪みというか。ちょっと派手にしたい、音を広げたいって時にちょうど良かったです。耳に多幸感が溢れてくるキラッとしたトーンで。
66年製のテレキャスターはどんな音なんですか?
自分のは古いレス・ポールみたいな音なんですけど、それが良いんです(笑)。ボーカルのちょうど下に帯域があって、いくら弾いても歌の邪魔をしないんですよ。ほかのテレキャスターはもっと上の“キーン!”という音があるので、同じフレーズをほかのテレキャスで弾くと少しうるさく聴こえます。
歌う身としてはなおさら使いやすそうですね。
昔、何かのインタビューで、奥田民生さんがご自身のフライングVについて、“普通に弾くと間抜けな音だけど、オケの中にいたら絶妙に良いところにいてくれる”と話していて。俺の66年製のテレキャスは、まさにそんな感じのギターですね。歌の邪魔をしないという点ではジャズマスターも同じです。ジャズマスは中高域にいてくれて、これも俺の歌の下にある。だから中低域にピークがある自分のテレキャスと一緒に鳴らすと、凄く良いバランスになるんですよ。
ありがとうございました。最後に今後の目標を聞かせて下さい。
今はボーカリストやギタリスト、プロデューサーなど、何をやっても自分がブレなくなったことがあるんですが、ギターは知らない自分を知るツールとして、先頭に置いていきたいですね。ギターでできることが増えて、自分を多様化できたことが嬉しいんです。それから自分のリズムをつかめたことも大きいし、ギターは単なる伴奏楽器じゃなくて、グルーヴを作ったり、自分の熱量を伝えられるものなんだとも気づきました。今作もプレイにはゆらぎがめっちゃあるし、ダイナミクスは相当出せたと思っています。これからもギタリストとしての可能性を広げて、歌へのアプローチをちゃんと出していきたいですね。
ギター・マガジン2023年1月号
『SUGIZO&MIYAVI(THE LAST ROCKSTARS)』
本記事はギター・マガジン2023年1月号にも掲載されています。
作品データ
『LOOP8』
大柴広己
ZOOLOCATION/ZLCT-1007/2022年12月28日リリース
―Track List―
- がらんどう
- さよならグローリーデイズ
- ピアノマン
- 何( ゚д゚)しとん?
- 猫が来た
- ベーコンエピ
- 一秒でも長く
- 愛に戻る
- LOOP 8
―Guitarist―
大柴広己