オルタナティブ・ロックに、クラブ・ミュージックやエレクトロなどの現代的な要素を混ぜ合わせたサウンドが武器の2人組ロック・バンド=SATOH。彼らの1stアルバム『BORN IN ASIA』は、“雑多なアジア感”を描いたザラついたギター・サウンドを全編で楽しめる。今回は、謎に包まれたLINNA FIGG(vo,g)とkyazm(g)の音楽的な背景から、1st作の細かなアレンジのこだわりまで語ってもらった。
取材/文=伊藤雅景 アイキャッチ写真=shun mayama
おれの家は“ギターは不良がやることだ”みたいな感じだったんです
──LINNA FIGG
ギター・マガジン初登場ということで、ギターを始めたきっかけをそれぞれ聞かせて下さい。
kyazm 俺は高校生の時に始めました。父親がギターをやっていたのがきっかけですね。それまではギターより野球が好きだったんですが、素振りのやりすぎで椎間板ヘルニアになっちゃって(笑)。それで“ちゃんと弾いてみようかな”と。で、高校にジャズ研(サークル)があったので、とりあえずそこに入りました。なので、ギターで最初に触れたのはジャズでした。
好みの音楽もジャズだったんですか?
kyazm そうですね。でも、ジャズ以外にもBUMP OF CHICKENやRADWIMPSも好きでしたよ。ただ実家では父親がレッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、LOUDNESSのようなハードな音楽を流していたので、それをずっと聴いてました。
最初はどんなギターを買いましたか?
kyazm ピンク・フロイドやドリーム・シアターにハマった時に、その勢いで7弦ギターを買ったんですよね。今はもうないっす(笑)。
ではリンナ(LINNA FIGG)さんは?
LINNA FIGG おれは友達のギター・プレイを聴いたのが最初のきっかけですね。ギターが弾ける友達と御茶ノ水に遊びに行った時に、セッション型ギター・セミナーみたいなイベントに参加したんですよ。おれ、全然弾けないのに(笑)。お客さん参加型のセミナーだったんですけど、友達が泣きのブルース・ギターみたいなのを弾いてて。それを見て“カッコよすぎやろ”となって。
実家ではMr.Childrenの『DISCOVERY』(1999年)とレディオヘッドの『OK コンピューター』(1997年)が永遠に流れていたんですが、そこで聴いたミスチルの「ニシエヒガシエ」のギター・リフを自分でも弾きたくなって。それで、ブックオフに8000円くらいで売っていたLPタイプと、ミスチルのバンド・スコアを買って本格的にギターを始めました。
安い!
でもおれの家は“ギターは不良がやることだ”みたいな感じだったんですよ。ちらっと“ギターとか買ってみようかな”なんて言った時には“駄目。勉強しな”って返されて。だから家族に内緒で買ったんですよね。実家はマンションだったんですけど、そういう家って扉を開けるとガスメーターが入っているようなスペースがあるじゃないですか? そこにギターを隠してました(笑)。
そしたら台風の日にそこが雨漏りして、ギターが入っていることがバレたんです。“ナメんなよ”みたいに言われて(笑)。そこから、“2時間勉強したら30分ギターを弾けるチケットがもらえる”っていうチケット制になったんです(笑)。
kyazm やばいよね(笑)。
LINNA FIGG だから凄い勉強してめっちゃ練習してた。
めちゃめちゃいいエピソードですね(笑)。
kyazm だからリンナってめっちゃ偏差値高いんですよ(笑)。
LINNA FIGG (笑)。楽器店を練習場として使ってましたね。永遠に試奏していたから、めちゃ白い目で見られてた(笑)。
レコーディング・エンジニアをやっていたので、DTMを触る機会が多かった
──kyazm
SATOH結成に至るまでのいきさつを聞かせて下さい。
kyazm 出会いは対バンですね。その時に“良いな”と思って。でも、その頃にリンナがメルボルン(オーストラリア)に行っちゃったんですよ。しばらくはそっちに住んでたので会えなかったんですけど、SNSを見てたらめっちゃ暇そうで(笑)。そこからDMで連絡を取って、バンドをやろうと伝えました。
ではリンナさんが海外にいた時に結成したんですね。
kyazm そうです。データのやりとりで曲を作ってました。
LINNA FIGG めっちゃしょぼいマイクで歌録りしてましたね。海外いた時、マジで金がなかったんで(笑)。家もルームシェア的な感じだったんで、毛布を被りながら録ったり……。
kyazm そうだったんだ(笑)。俺も初めて知った(笑)。
その環境で作った曲はリリースしていますか?
LINNA FIGG 「DARK」って曲なんですけど、ダークすぎてボツりました(笑)。その時のおれのニヒルさみたいのが出てましたね。海外で友達も全然できないし、ちょっとした差別みたいなものもあって。思い返すと自分が子供だっただけなんですけど、めっちゃムカついて。周りのノリとかも全然意味わからなくて。そこからどんどんニヒルなっていって……。そして「DARK」ができた(笑)。
kyazm (笑)。
結成当時からDTMを中心とした制作ということですが、いつ頃からDTMを触っていたんですか?
kyazm 俺はもともとエレクトロ要素が強いバンドをやってたので、それで触っていたのもありますね。あと、レコーディング・エンジニアもやってたので、学生の頃からDTMを使う機会はめっちゃ多かったです。
LINNA FIGG おれは海外の大学に行っていた頃に、授業用のパソコンを使って触り始めましたね。その時はそれこそレディオヘッドにハマって、だんだんエクスペリメンタルな方向に入っていって。トム・ヨークのソロ曲みたいな感じというか。
それでどんどんディープな方向に走っていって、1人でむっちゃ暗いエクスペリメンタルとかを作るようになって(笑)。
大学に入ってからは、CIRCUS TOKYO(渋谷区のクラブ)でバイトをしてたんですが、バー・カウンターにいるうちにクラブのビートにどんどん洗脳されていって。そういった経験が今のおれのスタイルを作り上げている気がしますね。
“雑多なアジア”感を意識しました
──LINNA FIGG
1stアルバム『BORN IN ASIA』のギター・サウンドのテーマを聞かせて下さい。
kyazm 俺がイメージしていたのは、“砂”とか“土煙”のようなガビガビした感じですね。
LINNA FIGG タイトルが“BORN IN ASIA”なので、その言葉のとおり“アジア感”みたいなものを意識しました。ビルだらけな東京の、グチャグチャして渇いているのにどこかジメジメとしてて……っていう。そういう“雑多なアジア”みたいな。例えば、クリーンのギターにコーラスとかをかけてメジャー・セブンス……みたいな綺麗な音は、おれが思う東京じゃないんです。
なるほど。
kyazm あと、ギターをサンプリングの素材みたいな感覚で使ってます。俺らの“エレクトロニカ×EDM”のような音像には、波形をバチバチに編集した“人が弾いた感が皆無”のギター・サウンドのほうがマッチするんですよ。「RAINBOW」のブレイク前(0:34〜)とかがそうです。ここは音程を1オクターブ上げて、波形をカットしまくってグリッチ・サウンドっぽくしてます。ミュートされている箇所は完全に無音で。
ホワイト・ノイズも聴こえないですもんね。
kyazm そうですね。そういうエアー感をわざと捨ててる箇所が多いと思います。
LINNA FIGG あと、ギターのサステインをキックの減衰のタイム感と合わせるように意識してますね。EDM的なキックの音って“デューン”みたいな余韻があるじゃないですか。そこの波形のカーブをなるべく合わせていく。そこが合ってないと、オケがバラバラな感じになるんですよ。曲をブラッシュアップする時にめっちゃ気を使う部分ですね。「ゆらせJP」のギターとキックとかがまさにそうで。
「ゆらせJP」はロー感がカットされた、ラジオ・ボイス的な乾いたギター・サウンドも印象的でした。
kyazm ほかの曲はほぼフロント or センター・ピックアップで録っているんですけど、この曲だけリアを使って弾きました。だからロー・カットされているように聴こえたのかもしれません。あからさまなEQ処理はしていないですね。
APOLLO x8が今作を録る前にぶっ壊れちゃって
──kyazm
レコーディングの環境について聞かせて下さい。
kyazm アンプシュミレータは色々試しましたね。おもにフラクタル(ギター・プロセッサー/Axe-Fx III)とか、コリー・ウォンのプラグイン(ニューラルDSP/Archetype:Cory Wong)、BIAS AMP(Positive Gridのギター・プラグイン)を使いました。
インターフェースは?
kyazm 大学時代に買ったローランドのOCTA-CAPTUREですね。8チャンネル録れるインターフェースの中ではかなり安いほうのモデルだと思います。ボロボロなので早く買い替えたいんです(笑)。実は、ちょっと前までユニバーサル・オーディオのAPOLLO x8を持っていたんですけど、今作を録る前にぶっ壊れちゃって。それが俺のインターフェースのスペック全盛期でした(笑)。
それは災難でしたね……。
kyazm 今作で使いたかったなあ……。あと、実はDIとかも色々持っているんですが、“今はインピーダンスとか色々細かいところは別にいっか”ってサボってました(笑)。
(笑)。リンナさんは?
LINNA FIGG ネイティブ・インストゥルメンツのKompleteですね。特にこだわりはないです。安くてカッコよかったから買った(笑)。
今後は宅録機材がどんどん充実していきそうですね。
kyazm もちろん実機のアンプを使って録りたいっていうモチベーションもあるので、ずっと宅録だけかって言われるとそうではないかも。レコーディング・スタジオでしか作れない音もあるので。
LINNA FIGG おれも“全部実機で”みたいな欲はないですけど、DAW上のプラグインで作るギター・サウンドって、設定を同じにすればいつでも同じ音が鳴るじゃないですか。言っちゃえばプラグインさえ買えば誰でも同じ音を作れるし。だからなおさら“今、ここでしか作れない”っていう実機のサウンドは大事だと思いますね。そういうところにも今後はこだわっていきたいです。
ギターで“何か綺麗だけど汚い”みたいな音を作りたい
──LINNA FIGG
今後チャレンジしていきたいギター・サウンドは?
LINNA FIGG 今(2023年6月)はもう次の製作期間に入っているんですけど。最近は“鋭さ”にはまってますね。ステンレスみたいな質感のギター・サウンドっていうか。
kyazm アプローチはジョニー・グリーンウッドに近づいてきたんじゃないかな。
LINNA FIGG おれはとにかく“街”が好きすぎて、いつもインスピレーション得ているんです。最近よく見ているのはエレベーターのステンレスの壁とかで。シールが剥がれた痕とか、その隣に並ぶ小綺麗なボタン、床に散らばってるゴミ……みたいな。そういうツルツルしてて冷たく、ザラザラしてる光景。そんな感じにハマっているんですよね。ギターでもそういった“何か綺麗だけど汚い”みたいな音を作りたいです。
kyazmさんは?
kyazm 次回作では機材やエフェクターを使って面白くしていけたらいいなと思ってます。だからサウンド・システムも自分で作ってみようかなって考えていて。もっとFX的なサウンドを効果的に使えるようになりたいですね。例えばLine 6のHX Stompをエクスプレッション・ペダルでコントロールしながら弾いたりとか。
それでは最後に、読んでくれたファンに向けて一言ずつお願いします。
kyazm もっとコピーとかしてくれてもいいんだよ(笑)。わかりやすいリフもたくさんあるし。でも「RAINBOW」は22フレットまでないと弾けないです(笑)。
LINNA FIGG 最近は音楽にデジタルな要素が溢れていて、生っぽいギター・リフやソロの“嬉しさ”が忘れられがちな時代だと思うんです。だからこそちょうどその中間をやりたいし、それに共感してくれたら嬉しいなって思います。
作品データ
『BORN IN ASIA』
SATOH
配信/2023年3月15日リリース
―Track List―
- intro
- RAINBOW
- 急げ!!!
- ゆらせJP
- 7
- ON AIR(SATOH,ラブリーサマーちゃん)
- I think im drunk(feat.aryy)
- pink head
- hate bones(feat.Cwondo)
- ゼンブ
- TOKYO FOREVER
―Guitarists―
kyazm、LINNA FIGG