俳優、モデル、ミュージシャンとマルチな活躍を見せる、のん。彼女のアルバム『PURSUE』では5曲でアレンジャーとして参加、ライブでサポートを務め、彼女が監督した映画では劇伴を担当するなど、のんの音楽的パートナーであるギタリストが、ひぐちけいだ。今回は、ギタリストとしてのキャリアから、のんとの出会い、アルバム『PURSUE』のギター・プレイまで、ひぐちにたっぷりと語ってもらった。
インタビュー=福崎敬太 写真=南賢太郎(FOCUS STUDIO)
ギターを弾いていて一番楽しかったのは、相対性理論
今回が初登場となりますので、まずはギターを弾くようになったきっかけから聞かせてもらえますか?
父と母が私にバイオリンをやらせたかったみたいで、2歳の頃からバイオリンを始めて、そのあとにピアノを始めたんです。でも、練習が嫌になっちゃって。先生も怖いし、お兄ちゃんとお姉ちゃん(姉はシンガー・ソングライターのヒグチアイ)もやっていたこともあって比べられるのが嫌で、ピアノをやめてサッカーを始めたんですよ。でも結局、中学2年生の時にお家にあったアコギを弾き始めて、1人で弾いていたんです。
それで高校になった頃にお姉ちゃんとバンドを始めるんですけど、その時は“ドラムをやってくれ”って言われて。GO!GO!7188とかが流行っていた時期で、姉はギター・ボーカルで3ピース・バンドをやりたかったんですよね。でも、私も“ギターやりたい”って言って、結局5人編成のバンドでギターを弾くことになったんです。
では、リード・ギターだったんですね?
そうですね。その頃から姉やほかのメンバーが作った曲を弾いたりしていました。姉から“このギター・ソロを弾いて”ってメロディを言われて、それを練習したりしましたね。
いきなりオリジナル曲をやっていたんですね。コピーした楽曲などはないんですか?
コピー・バンドをやっていた時もあったので、GO!GO!7188やELLEGARDEN、チャットモンチー、東京事変の曲などはコピーしていましたね。その中でもギターを弾いていて一番楽しかったのは、相対性理論の「地獄先生」とか「LOVEずっきゅん」。相対性理論だけをやるバンドもやっていましたよ。
ギタリストだけでなく、作曲やアレンジなども行なっていますが、理論や音楽的な知識はどのように習得していったのでしょうか?
専門学校でも音響やPA、レコーディングを勉強していたので、音楽理論は全然で。機材の使い方などは学校で教わったことが大きいんですけどね。でも、私の師匠が石崎光(ギタリスト/音楽プロデューサー)さんなんですけど、“ナメられないためにも理論はちゃんとやっておくべき”って言われたんです。それで本をいっぱい買って読んだり、ネットでわからないたびに調べたり。今もまだずっと勉強中ですけど(笑)。
音響を学んでいた流れで、どのようにプロ・ギタリストになったのですか?
これが複雑で。もともと渋谷のライブハウス、Gee-geっていうところで働いていたんです。そこでPAなどをやっていた中で、今も一緒にやっているコレサワに出会うんです。
Gee-geでPAの練習会をやっていて、そこに彼女がよく来てくれていたんですけど、プライベートでも仲良くなったんですね。それで、お家で遊んでいた時になんとなくセッションをして、“けいちゃん、ギター弾けるんやなぁ”って。そこから“じゃあ、今度一緒にライブしよう”って誘われて、2人でライブをするようになるんです。そんな中で色んなバンドやシンガー・ソングライターの方と出会って、サポートするようになっていったんです。
コレサワさんがきっかけなんですね。
本当にそうですね。恵まれた出会いが本当に多くて。中でもキーボーディストのejiさんとの出会いもかなり大きいですね。高校生くらいの頃にBuono!っていう(ハロー!プロジェクト所属の)アイドル・グループの動画を観ていたら、バンドがみんな女性だったんですよ。そこで“サポート・ミュージシャンっていう仕事もあるのか”って知ったんですけど、それがejiさんがやっていた現場で。ejiさんとライブハウスでバッタリ出会った時に“YouTube観てました!”って話しかけたら、“じゃあそこで弾いてみる?”って言われたんです(笑)。
えぇ(笑)!?
ちょうどツイン・ギターにしたかったみたいで。“やらせて下さい!”って言って、その半年後くらいの武道館公演でギターを弾くことになったんです。そのあとには横浜アリーナでの公演が決まりましたし。ヤバいですよ、ほんとに(笑)。でも、ejiさんがそこに誘ってくれたのは本当に大きかったですね。
ELOの雰囲気を出したかったんですよね
のんさんと一緒に音楽を作るようになった流れは?
Bouno!の武道館公演で一緒になった、なおみち(岩崎なおみ/b)さんが誘ってくれたんです。のんちゃんを最初にサポートしていた方なんですけど、それで“のんシガレッツ”として(ドラムの若森さちこを加えた)4人でやることになったんです。まずは、それが最初の出会いですね。
それで、のんちゃんが『おちをつけなんせ』っていう映画(のんの初監督作品)の音楽を“のんシガレッツでやろう”って提案してくれたんです。7曲ずつくらいメンバーで分担して作ったんですけど、のんちゃんが私に指定してくれたシーンが、わりとBGMというよりは楽曲として聴かせるようなシーンが多かったんですよ。で、“久しぶりに曲を作るか!”っていう感覚で作って、“全然違います”とか言われながらもやりきったんですよね。
その時にのんちゃんが凄く褒めてくれた記憶があって。そこから“ライブのSEを作って下さい”とか“映画の音楽をお願いしたいです”っていう流れでじわじわ増えていった感じですね。
それでは、のんさんのアルバム『PURSUE』について聞かせて下さい。参加楽曲の制作の中で思い出に残っていることはありますか?
基本的にはライブを想定していて、のんちゃんと2人で弾くっていうことを考えた時に、楽しいものを目標としているんです。で、レコーディングでものんちゃんが弾いてくれるんですけど、コードやアルペジオで難しいフレーズをオーダーしたんですよ。それをのんちゃんが一生懸命練習してきてくれて、ほかのパートを録っている時もずっと弾いていて。“ありがとう〜!”って思ったのは覚えています。
ライブを想定しているという言葉が出ましたが、「こっちを見てる」はツイン・ギターのロック・バンド的なアレンジですよね。
のんちゃんと私は同世代で、さっき言ったような、高校生の頃に聴いていたJロックのバンドとかが好きな世代なんですよね。「こっちを見てる」はもともとやっているアレンジがあったんですけど、それをガラッと変えて一度ライブで演奏したんです。サポートとしてのバンドではなく、のんちゃんも含めたバンドとしてこの曲をやりたいって思ったのがきっかけで。ツイン・ギターで、落ちサビでボーカルとギターだけになる、みたいなところまで理想としてあった。
歌の裏でもメロディを弾くようなリード・ギターですが、どのように作っていきましたか?
この曲の歌はシンプルなメロディで、文字を詰め込んでいるんです。そこに隙間があるんですけど、そこを埋めてガチャガチャさせたかったんですよね。なので、歌のリズムに対して裏で複雑なメロディを入れる感じで。
普通のダイアトニック・コードだけじゃなくて、経過音としてディミニッシュが入っているんですけど、それを際立たせるためのメロディをギターで入れていたりしますね。
「薄っぺらいな」のアレンジは逆に色々なサウンドのギターが鳴っています。ギターのパート分けやパートごとの音色はどのように考えているのでしょうか?
最初はのんちゃんがくれた別々の2曲を、Aメロとサビとでくっつけるっていうミッションがあって。それをくっつけた流れに対してアレンジをしていったんです。
Aメロで使っている曲の雰囲気から、ロータリー・スピーカー・シミュレーターをかけたギターをダブルで入れて、サビは違う曲というのを出したくて、ガラッと変えたアレンジをしましたね。棲み分けとしては、遠いところのダブルのフワッとした音と、サビのリアリティのあるサウンド、という切り替わりは意識しました。
ギター・ソロもありますが、どのように作っていきましたか?
ここはELO(エレクトリック・ライト・オーケストラ)の雰囲気を出したかったんですよね。ちょっと宇宙っぽい感じを出すのに、リバーブをかけてショート・ディレイでコーラスっぽい感じにしたり。音色も含めて、今まで弾いたソロの中で一番っていうくらい、本当に気に入っています。奏法的にも、スライドでクッと飛ばすところとか、その表現も出せたなって。
「夢が傷むから Inspired by 東京百景」は、間奏でギター2本になって片方がメロディとしている中にベースのメロディも有機的に絡み合うアレンジが素敵です。これはどのように考えていきましたか?
これは作曲をした時に、フェスやライブで絶対にやりたいって思っていて。それで、のんちゃんと一緒にライブで間奏のフレーズを2人で弾きたい。そこにベースやドラムが集まってくる。音源だとなかむらしょーこちゃん(b)と、ナガシマタカト(d)君っていう、大好きな仲間が一緒にやってくれているので、みんなが集合してくるっていうイメージで作りました。
のんちゃん、アイちゃんのことが大好きな私が弾いた
「僕は君の太陽」にはオクターブ奏法の印象的なテーマ・フレーズありますね。
ライブは3ピース(のんがボーカルのみ)でやっているので、ライブも想定していて。全部ギター1本でやりたいって思っていたんです。それでオクターブ奏法のアレンジにしたっていうのが正直なところ。「むしゃくしゃ」もライブでできるような感じの音域になっていると思うんです。ギターが上にいく時はベースが下にいたり、逆もしかり。
その「むしゃくしゃ」はリズミックなフレーズが満載です。勢いや疾走感などの付け方、フランジャーで盛り上げていく感じは、どのようにアレンジを考えていきましたか?
これはベースとドラムが色んなリズム・パターンをサビの中で出してくれているので、1人だけブレない人がいたほうが良いと思って、ギターは基本的に同じことをやっている。その中でもサビでうねりをつけたくて、フランジャーをかけた感じですね。
「荒野に立つ」はヒグチアイさんの作詞作曲で、ひぐちさんはギターで参加しています。ギター的にはあまり目立ちませんが、ストリングスとの絡みで手触りを感じさせる重要な役割を担っていると感じました。このギターに関して、何か思い出やエピソードはありますか?
プロデューサーの松岡モトキさんはギタリストで、ギターも入れられる人なんですよ。でも、きっと関係性もあって呼んでくれたんだろうなって思っていて。そんな中でも“ここにいますよ”っていうのは出したかった。それで唯一、間奏の部分はロング・トーンで、“のんちゃん、アイちゃんのことが大好きな私が弾いた”っていうのを出せたと思っています。
アルバムで使用した機材について聞かせて下さい。ギターは?
基本的にはムーンのRaggae Masterと、LB-91っていう黄色いギターですね。たまにフェンダーの黒いテレキャスターを使ったかな。
アンプやエフェクト類は何を使いましたか?
アンプはトゥー・ロック(Two-Rock)のStudio Pro 35ですね。歪みは、マーシャルのGuv’nor(ディストーション)はけっこう活躍したのと、エレクトロ・ハーモニックスのGermanium 4 Big Muff Pi(ファズ)とJHSペダルズのEHX Green Russian Pi Moscow Mod(ファズ)も使いました。で、フランジャーはイーブンタイドのModFactor(マルチ・モジュレーション)。
では最後に今後の展望を聞かせて下さい。ソロ名義では2022年に『Parallel Ribbons』をリリースしていますが、ソロ・アーティストやギタリストとしての目標はありますか?
のんちゃんが誘ってくれた映画音楽、劇伴に楽しさを覚えてしまって。好きな人たちとライブをしながらも、劇伴なども色々と作れるようになれたらなって思います。それで、ギタリストでありながらも、ギターに色んな可能性があると良いなって思っていて。私の表現の仕方がたまたまギターでしたけど、もしその音楽に必要なかったらわざわざギターを出す必要はない。ギタリストだけど、ギターにこだわらず、音楽を作りたいですね。
作品データ
『PURSUE』
のん
KAIWA(RE)CORD/KRCD00011/2023年6月28日リリース
―Track List―
- Beautiful Stars
- ナマイキにスカート
- わたしは部屋充
- 薄っぺらいな
- エイリアンズ
- 夢が傷むから(Inspired by 東京百景)
- こっちを見てる
- 僕は君の太陽
- Oh! Oh! Oh!
- むしゃくしゃ
- この日々よ歌になれ
- 荒野に立つ
- Knock knock (ボーナストラック)
―Guitarists―
ひぐちけい、のん、堀込泰行、後藤正文、ユウ(チリヌルヲワカ)、飯尾芳史、古澤衛