2年ぶりとなる13枚目のアルバム『HELL』をリリースした、おとぎ話。編集でフレーズを切り貼りし、ドラム・ループを多用した前作『US』(2022年)とは打って変わり、今作はポップなロックに回帰しており、久しぶりに牛尾健太(g)の豪快なギター・ソロが炸裂している。その背景には、全楽曲を制作する有馬和樹(vo,g)の心境の変化があったという。インタビュー第1弾では、有馬と牛尾の2人に『HELL』で目指した最新のモードを聞いた。
取材・文=小林弘昂 人物撮影=星野俊
自分がやりたいことに対して、
落とし前をつけようとしたんです。
──有馬和樹
前回のインタビューは2年前で、おとぎ話初の日比谷野音ワンマン・ライブが台風“メアリー”で中止になる直前でしたよね。中止になったあとすぐに有馬さんが“メアリーっていう曲を作った”とライブで1コーラスだけ披露していたのを、今作『HELL』に収録された「MARY」を聴いて思い出しました(笑)。
有馬 そうそう。
牛尾 それを知ってる人は“本当に作った!”ってなりますよね。
前作『US』(2022年)は内省的な内容で、サウンドも徹底的に削ぎ落としたコンセプチュアルなものでしたが、今回の『HELL』はポップでロックな方向性に戻ってきましたね。最初はどういうアルバムにしようと考えていたんですか?
有馬 今回も有馬が全曲作っているんですけど、おとぎ話って別に上手いバンドではないから、自分が“こういう曲を作りたい”と思っても、メンバーの技術にアレンジを合わせなきゃいけないことが多くて。でも、今回は自分がやりたいことに対して、自分で落とし前をつけようとしたんです。例えば今回のレコーディング費用は全部自分たちで出していて、スタートラインも今までとは違う。それで始めてみたら、反動で急にポップになっちゃった(笑)。
責任を1人で負うと、内省的な作品が生まれることが多いですよね?
有馬 ね。普通はそっちにいく人が多いじゃないですか。でも全然違ったから面白かった。
楽曲制作はいつからスタートしたんですか?
有馬 2023年の頭くらいから次のアルバムを作りたいなと思って、新曲を作り出して。コロナ禍で自分と見つめ合えたから、カッコつけたり、ほかのバンドと比べたりするんじゃなくて、自分が今楽しいと思っていることをそのまま表現したほうが楽だなと思ったんですよ。自分は何に興味があって、何を面白いと感じるのか。それを曲にした感じ。
牛尾さんは有馬さんのモードの変化に気づきましたか?
牛尾 今までは、曲のアレンジに関して“これでいいかな”というところでレコーディングしていたんですけど、前作の『US』をリリースしてバンドで演奏する中で、妥協せずに良いものを作りたいっていう雰囲気はありましたね。それと『US』では7thや6thコード、9thなんかのテンションをたくさん使っていて、今回のアルバムでもそれが散りばめられています。
『HELL』は、『眺め』(2018年)以降に試してきたことが全部つながったアルバムだと思ったんですよ。
有馬 そうですね。そういうことをやりまくってきたおかげで、もうなんでもできる。
牛尾 『US』は生演奏じゃなくてループを使った部分もあって。その反動じゃないけど、今回は“バンドでちゃんと良い演奏を録る”っていうのがメンバーの共通認識でした。……それが死ぬほど大変だったんだけど(笑)。
有馬 牛尾は大変だったね。有馬はやりたかったことがやれるから、最初からアルバムが全部見えていたんですよ。
牛尾 それは凄く言ってた。今までみたいに“ここはこう変えよう”っていう選択肢がなくて、“ここはもうこれで決めてるから!”って。だからそこに向かっていく感じ。
有馬 うん。今回は“オレたちはこれしかできないから、ここまででいいか”みたいなのがなかったよね。だから有馬がベースを弾いている曲もけっこうあるんですよ。
今作は久しぶりに吉田仁さんがレコーディングやミックスに関わっています。目指していたサウンドとは?
有馬 今回は“THE・ありま”な曲しかないから、お手本がなくて。強いて言うならR.E.M.の『Automatic For The People』(1992年)、ウィルコの『Sky Blue Sky』(2007年)になるんですけど、その路線で全然違うものを作ろうと思っていたんです。でも、レコーディングの途中から仁さんと“ポップだったらなんでもいっか!”みたいな感じになってきて、そこでけっこう変わったかもしれない。
途中で方向性は少し変わったけど、最初から何も目指してなかったという。
有馬 そう。自分たちが好きだった音楽が下地になっているだけ。例えばローリング・ストーンズみたいな曲ができて、“ストーンズみたいな感じにして下さい!”ってレコーディングしても、結果的におとぎ話っぽくなるじゃないですか。あっ、でも“スピッツくらい普遍的な感じにしたい”とは話したか!
たしかにスピッツのサウンドって凄くフラットですよね。
牛尾 うん。さっき有馬がR.E.M.を挙げていましたけど、今回は決してUSインディーのサウンドにはなっていない。それよりも、もっと普遍的な音ですよね。あと、仁さんは『US』には関わっていなかったので、前作でループを使ったことの経緯なんかを説明して、“今回はちゃんとバンド・サウンドでやりたい”ということを伝えました。
久しぶりに生の質感を求めたレコーディングで、何か大変だったことは?
有馬 今までの曲よりも3連やキメとかの綿密さがしっかりしている分、牛尾が凄く大変そうでした。牛尾はロックすぎるんだよね。
牛尾 ギリギリだった(笑)。レコーディングの時間は余裕があったんですよ。でも結局、自分の中であんまり落としどころを見つけられなくて……。僕も“最低限こうしたほうがいいな”という部分はあるから、そこに近づけるために頑張りましたけど。今までやってきたことのないリズムの曲ばっかりで、いかに自分にリズム感がないかがわかった感じ(笑)。……遅いけど!
有馬 遅いけど、牛尾っぽいじゃん!
おとぎ話らしいものが作れて
良かったなと思います。
──牛尾健太
『HELL』はどういうアルバムになりましたか?
有馬 名刺代わりですよね。“おとぎ話ってどういうバンド?”って聞かれたら、このアルバムを聴いてもらえればいい。
牛尾 同感です。僕、『REALIZE』(2019年)が凄く好きなんですけど、あれは自分たちで違うことをやろうと作ったアルバムなんですよ。だから面白い感じになっているんですけど、おとぎ話の名刺代わりにはならない。ほかのアルバムも、“今だと個人的にはちょっと違うな”みたいなところもあったりして。だから今回は自分でそういうものを取りはずして、おとぎ話らしいものが作れて良かったなと思います。“こういうものを作ろう“っていうメンバー共通の目標があったから、苦しかったけど、その中でできるベストを尽くしましたし。
有馬 牛尾は苦しかったよね。
牛尾 まじ、HELL(笑)! 個人的には最後に「正義の味方」があることによって、会心の一撃って感じ。今これを作れて良かったです。
コロナが終息してから最初のアルバムですしね。
有馬 そうですよね。有馬の厄年も終わりましたし。でも今、牛尾が厄年なんですよ。だから1人だけHELLなんだよね(笑)。
今年はフジロックや韓国でのライブが決まっていて、さらに知られる機会も増えてくると思いますが、これからどういうバンドに仕上げていきたいですか?
有馬 こんなポップなバンドいないから、もっと広がっていけばいいなと思いますよ。でも、いい歳だからマイペースにね(笑)。おとぎ話はコネもないバンドでしょ? 逆にそういうことを楽しんで、“おとぎ話ってやっぱり面白いね!”って言ってくれる人が増えたらいいな。
牛尾 そのためには演奏の説得力が必要で。観ている人が心地よく踊れたり、行って良かったなと思えるライブにしなくちゃいけないかな。ずっとチョーキングをしてたってしょうがないじゃない? このアルバムを作って、そういうことを凄く思いましたね。
有馬 真っ当なロックンロールを、しっかり演奏できるバンドって今いないじゃん。そうなりたい。
牛尾 まさにスピッツなんてそういう感じで、ああなりたいですね。
有馬 70年代後半から80年代の抜けきったストーンズとかね。約束されている感じ。
牛尾 そうそう。落ち着くっていう意味ではなくてね。
有馬 うん。良いムードで良い音楽を演奏するバンドになれればいいよね。
牛尾 そのビジョンを今回初めてメンバーで共有できたかなっていう気がします。
作品データ
『HELL』
おとぎ話
felicity
MARY-001 / felicity cap-372
2024年5月29日リリース
―Track List―
01.恋は水色
02.MARY
03.美
04.ね。
05.I♡PIG
06.闇落ち
07.絵画
08.繊細
09.です愛
10.正義の味方
―Guitarists―
有馬和樹、牛尾健太