女王サラ・ヴォーンを支える歌伴名手バーニー・ケッセル 女王サラ・ヴォーンを支える歌伴名手バーニー・ケッセル

女王サラ・ヴォーンを支える
歌伴名手バーニー・ケッセル

女王サラ・ヴォーンとバーニー・ケッセル、ふたりの名前を見ただけでブルージィな香りがしてくる。ここまではギター1本で歌姫を支えたギタリストをふたり紹介したが、そこにひとつ、ベースを加えてみたい。とはいえ、まだ小編成であるためギターが担うことは多いが、ベースが入ることでどのようにプレイが変わってくるのか。サラとケッセルというふたりの競演『Sarah + 2』を聴きながら、考えていこう。

文/譜例作成=久保木靖


“スモール・コンボ”で本領を発揮する歌伴エキスパート

せっかくなので、ギター1本の伴奏から一歩進めて、ギター&ベースでボーカルを支える編成にも目を向けてみたい。本企画の序章「“歌姫とジャズ・ギタリスト”を考える。」で述べたように、ギターだけで伴奏をする場合、ギタリストは①リズム、②ハーモニー、③ベース・ライン、④(必要に応じて)イントロやエンディング、オブリガート、ソロ……これらすべてを供給しなければならないが、ベーシストがいれば①と③は任せられる。つまり、ギタリストにとっては、コンボでプレイするのとさほど変わらない意識で臨めるようになるのだ。

こうなってくると、本領を発揮するのがご存知バーニー・ケッセル! もともとチャーリー・クリスチャンの後継者的な立ち位置でシーンに登場したものの、大胆なコード奏法も取り入れ、『Poll Winners』(1957年)に代表されるギター・トリオなどのスモール・コンボを十八番としてきた。同時に、後述するように多くの女性シンガーのセッションで辣腕を振るってきた歌伴のエキスパートでもあるのだ。

“スモール・コンボ”でプライドを示すボーカルの女王

そんなケッセルを伴奏者に指名したのが女王サラ・ヴォーンだ。1940年代半ば、当時の最先端を行くビバップ・フィーリング溢れる歌唱スタイルでシーンに登場すると、大胆なフェイクやスキャットを取り入れた『Sarah Vaughan』(邦題:ウィズ・クリフォード・ブラウン/1955年)でトップ・シンガーとしての地位を確立。1960年代にはオーケストラを従えたゴージャスな作品を世に送り出し、ポピュラー歌手としても人気を博していった。

しかし、“ジャズ・シンガーとしての実力も忘れてもらっては困る!”というプライドの現われか、オーケストラとは対極に位置する小編成=ギター&ベースにもこだわりを見せる。その第一弾『After Hours』(1961年/ギターはマンデル・ロウ)に続き、メンバーをバーニー・ケッセルと、やはり、スモール・コンボでのプレイに定評のあったジョー・コンフォート(b)に一新して仕上がったのが、『Sarah + 2』(1962年録音/1965年リリース)である。

堅実なバッキングの中でキラリと光るブルージィさ

まず何と言っても、サラのソウルフルな表現──逞しい声量や振り幅の大きいビブラートに圧倒される。ベーシストがいることで基本的に曲がインテンポで進むため、ケッセルはコンピング中心のシンプルなバッキングに専念しており、ちょっと聴いただけでは、ギターなんて添え物のようにしか聴こえない。しかし、そこは名手ケッセル! アレンジの固まったオーケストラ編成では成し得ないボーカルとの軽妙なコール&レスポンスのほか、ツボを押さえた名シーンがきちんと用意されている。

「When Sunny Gets Blue」の中間部と「I Understand」の出だしはボーカルとギターのデュオによるルバート進行で、ケッセルはアルペジオを主体としたバッキングでサラを包んでいく。特に前者で聴ける低音から高音への“スローなストローク”のようなアルペジオはハープのごとき効果を上げ、エレガントな世界観を構築している。

ギター目線で聴いた場合、「Baby, Won’t You Please Come Home」はひとつのハイライトだ。イントロやオブリガートでのブルージィなラインや、エンディングに向かう場面でのビッグ・バンドを彷彿させるコード奏法はケッセルの真骨頂。くぅ~、しびれる!

もうひとつの見せ場は本作で唯一、ギター・ソロ・パートのある「The Very Thought Of You」。シングル・ノートとコードを織り交ぜたソフトなソロが心地いい。

ソロの7〜8小節目でケッセルはスウィープ・ピッキングを連発して“締め”ようとする

しかし、あまりの素晴らしさに聴き惚れたサラがアイコンタクトで“もっと行け!”と指示

ソロは結局16小節に渡った

……こんな想像(妄想!?)をしながら聴くのも楽しいのではないだろうか。

まだある! バーニー・ケッセルとディーヴァの名演

このほかでは、やはりギター&ベースでの伴奏となったジュリー・ロンドンの『Julie Is Her Name』(1955年)が筆頭株だ。あまり知られていないが、全12曲中5曲が同編成となったクラウディア・トンプソンの『Goodbye To Love』(1959年)もオススメ!

また、エラ・フィッツジェラルドの「Wait Till You See Her」(1956年/『Sings The Rodgers And Hart Song Book』収録)や「Solitude」(1957年/『Sings The Duke Ellington Song Book』収録)のほか、アン・リチャーズの『Ann, Man!』(1961年)は全12曲中4曲がギター1本による伴奏で、いずれも珠玉の極み! ジョー・パスのようなピアノ的奏法を取り入れない“ギターならではの伴奏”としては最大限に完成されたものだ。

「The Very Thought Of You」のイントロ風プレイ

『Sarah + 2』のハイライトのひとつ、「The Very Thought Of You」のイントロのプレイを下地に作ってみた(参考タイム0:00〜0:09)。Key=E♭だが、まずIIIm7(Gm7)で入り、3小節目の♭III△(G♭)を経由することでフックを利かせ(2小節目は♭III△へ向かうツー・ファイブ)、4小節目後半でドミナント(B♭7)に到達する、という味のあるコード進行を構築。4小節目前半のCm7(11)は、ケッセル得意の親指で5〜6弦をセーハするフォーム。続く後半のB♭7のトップ・ノートが♭9thなのは、ケッセルから同じビバップ世代であるサラへの粋なメッセージであろう。