ドン・バイロン『バグ・ミュージック』/マーク・スピアーの此処ではない何処かへ 第12回 ドン・バイロン『バグ・ミュージック』/マーク・スピアーの此処ではない何処かへ 第12回

ドン・バイロン『バグ・ミュージック』/マーク・スピアーの此処ではない何処かへ 第12回

現代の音楽シーンにおける最重要ギタリストの1人、クルアンビンのマーク・スピアーが、世界中の“此処ではない何処か”を表現した快楽音楽を毎回1枚ずつ紹介していく連載。

今回のアルバムは、クラリネット奏者=ドン・バイロンの『バグ・ミュージック』。1930年代のスウィング・ジャズをプレイ/音質ともにオリジナルに肉薄するレベルで再現した1枚だ。

文=マーク・スピアー、久保木靖(アルバム解説) 翻訳=トミー・モリー 写真=鬼澤礼門 デザイン=MdN
*この記事はギター・マガジン2022年4月号より転載したものです。

ドン・バイロン
『バグ・ミュージック』/1996年

1930年代のスウィング・ジャズを90年代に蘇らせたマニアック作

アブストラクトなプレイでも知られるクラリネット奏者=ドン・バイロンが、1930年代のスウィング・ジャズを蘇らせたマニアック作。デューク・エリントンのほか、アニメ『バッグス・バニー』の劇中曲でも知られるレイモンド・スコットの曲を多く取り上げている。デヴィッド・ギルモア(米国のジャズ・ギタリストのほう)がソロでクリーン→歪みと切り替えていく「SNIBOR」にも注目。

カートゥーン・ミュージックとしてもお気に入り。

 このアルバムが発表された90年代半ばに、友達に薦められて知った作品だけど、この頃僕はレイモンド・スコットの作品をよく聴いていてね。

 彼は1930年代にクインテットやカルテットでたくさんの作品を作った人で、ルーニー・テューンズという有名なカートゥーン・アニメ・シリーズ……バッグス・バニーやダフィー・ダックとかのキャラクターは君たちも知っているよね? あそこでレイモンド・スコットの作品が聴けるよ。もはや彼は「バッグス・バニーのサントラの人」と呼んでもいいかもしれない。

 で、ドン・バイロンによるこのアルバムでは、おもにバッグス・バニー作品を取り上げて、素晴らしいバンドで演奏しているんだ。ほかにもジョン・カービーやデューク・エリントンの曲もプレイしているね。90年代に出たアルバムだけど、細かいところまですべてを完璧に再現している。サウンドのクオリティも可能な限り30年代に近付けているよ。

 近年のスタジオって、確かにサウンドは良いものになっているのだろうけど、パーフェクトすぎて音楽から大切な何かを奪ってしまうところがある。にもかかわらず、このアルバムのサウンドはアメイジングだ。もちろん、演奏も凄いけどね。ドン・バイロン自身もクラリネットのシュレッダーなんだ。

 そして、このアルバムはカートゥーン・ミュージックとしてもお気に入りなんだ。そもそも、カートゥーンのために作られた音楽って僕は大好きでね。画面の中で起こっていることをそのまま音で表現するだろう? だから、表現力がとても豊かなんだ。

 カートゥーンってコミカルでファニーなもの、というイメージが邪魔してあまり評価されないけど、「スクリーンで起きていることを的確に表現する」という意味でとても勉強になる。

 例えばまばたきする効果音って、鉄琴を使って半音で隣り合う音を鳴らしたりするだろう(笑)? ああいうアイディアは本当に素晴らしい。深くリスペクトしているし、実際にかなり影響を受けたよ。あ、そういえば僕の母もこのアルバムを気に入っていたね(笑)。

マーク・スピアー(Mark Speer) プロフィール

テキサス州ヒューストン出身のトリオ、クルアンビンのギタリスト。タイ音楽を始めとする数多のワールド・ミュージックとアメリカ的なソウル/ファンクの要素に現代のヒップホップ的解釈を混ぜ、ドラム、ベース、ギターの最小単位で独自のサウンドを作り上げる。得意技はペンタトニックを中心にしたエスニックなリード・ギターやルーズなカッティングなど。愛器はフェンダー・ストラトキャスター。好きな邦楽は寺内タケシ。