現代の音楽シーンにおける最重要ギタリストの1人、クルアンビンのマーク・スピアーが、世界中の“此処ではない何処か”を表現した快楽音楽を毎回1枚ずつ紹介していく連載。
今回のアルバムは、ブルガリア国立放送合唱団による合唱作品、『リチュアル』。マークの母が聖歌隊だったこともあり、合唱音楽には幼い頃から馴染みがあったという。当然ボーカルのみの作品だが、ハーモニーやメロディは勉強になる作品だそうだ。
文=マーク・スピアー、ギター・マガジン編集部(アルバム解説) 翻訳=トミー・モリー 写真=鬼澤礼門 デザイン=MdN
*この記事はギター・マガジン2022年7月号より転載したものです。
ブルガリア国立放送合唱団
『リチュアル』/1994年
ブルガリアの女声合唱が生む
神秘的かつ豪快なハーモニー
“ブルガリアの声の神秘”として1994年にリリースされた、ブルガリア国立放送合唱団による合唱作品。複雑なポリフォニーやポリリズム、そして女性20数名の“声の洪水”などがもたらすあまりにも独特な世界観は、もはやニュー・エイジ/アンビエント作品ととらえても良いほど。サイケデリックなアートワークも素晴らしい!
ヘンなエレクトロ音楽にも通ずる。僕にはどストライクだ。
今回は少し変化球で、ブルガリアの女性聖歌隊によるアルバムをご紹介しよう。自分の母がヒューストンの聖歌隊で歌っていたこともあって、僕は小さい時から合唱音楽には聴き馴染みがあったんだ。最初に言っておくと、このアルバムは当然歌しか入っていなくて、その他の楽器はまったくない。もちろん、ギターもね(笑)。
この作品で歌われているメロディやインターバルは、子供の頃に聴いていた合唱音楽とはまったく異なるものだった。何人もいる聖歌隊の中で、ビッグなコードに対して半音や全音でぶつかるようなメロディを歌っていたりするんだ。時にはかなりリズミカルだったりもして、凄くヘンなエレクトロ音楽にも通じるものがある。
とにかく独特なテクスチャーがあって、僕にはどストライクだったよ。もちろん、何を歌っているかなんてさっぱりわからないけどね(笑)。
そもそも僕がこのアルバムを知ったのは、ブルガリア出身でシュレッドするようなスタイルのクラリネット奏者=イヴォ・パパゾフをテレビで見かけたのがきっかけだった。デヴィッド・サンボーンがホストを務めていた『Night Music』(1988〜1990年)というテレビ番組だね。
で、そこにイヴォ・パパゾフが出演した際、時折前に出てソロを取る女性ボーカリストがいたんだ。その独特な歌い方から、彼女が聖歌隊の人なんだとすぐわかったよ。僕はその女性が気になってしまい、追いかけていくうちにこのアルバムにたどり着いた……ということだね。
とにかく、この作品は全然ギター・アルバムじゃないけれど、ハーモニーだったり様々なものがとってもためになる1枚だよ。
マーク・スピアー(Mark Speer) プロフィール
テキサス州ヒューストン出身のトリオ、クルアンビンのギタリスト。タイ音楽を始めとする数多のワールド・ミュージックとアメリカ的なソウル/ファンクの要素に現代のヒップホップ的解釈を混ぜ、ドラム、ベース、ギターの最小単位で独自のサウンドを作り上げる。得意技はペンタトニックを中心にしたエスニックなリード・ギターやルーズなカッティングなど。愛器はフェンダー・ストラトキャスター。好きな邦楽は寺内タケシ。