カナダの伝説的ギタリスト=ランディ・バックマン。彼が1977年に紛失したグレッチ6120が、巡り巡って日本のギター・ショップへとたどり着いた。それを正規に購入したソングライター/ミュージシャンのTAKESHIがランディと出会い、この奇跡のギターは約45年の時を経てついに本人の手元へと戻されたのだ。2022年7月1日にカナダ大使館にて行なわれた、記念すべき交換セレモニーの模様をレポートしよう。
文=鈴木伸明
感動のグレッチ6120交換会のあとは豪華なセッション!
7月1日、東京青山のカナダ大使館にて、1977年にグレッチを盗まれたカナダの伝説のギタリスト、ランディ・バックマンと、8年前に国内のビンテージ・ギター・ショップでこのグレッチを手に入れた日本のソングライター/ミュージシャンのTAKESHIによるギター交換セレモニー&コンサートが行なわれた。
TAKESHIは自身が作詞を担当したTOKIOの「花唄」などの楽曲を、このグレッチを使って披露。ランディは、グレッチ6120を入手した19歳の頃のいきさつや、このギターでいくつもの名曲を生み出したこと、1977年の盗難後に発見のためどれだけ手を尽くしたかなど、これまでの思いを語った。
そして感動の交換会のあと、ランディは息子やその妻を含むバンドで早速グレッチをプレイ。バックマン・ターナー・オーバードライブの代表曲で、当日の司会を務めたマーティ・フリードマンと共演。マーティはランディ・バックマンの大ファンであったという。さらにゲス・フーの世界的ヒット曲「アメリカン・ウーマン」では、TAKESHIとともに会場を盛り上げた。78歳とは思えないランディの歌声とギター・プレイには、まさにレジェンドと呼ばれるに相応しい貫禄がみなぎっていた。
TAKESHIは「8年所有していただけで手放すことがこんなに寂しくなる。ランディは45年間もこんな気持だったかと思うと、レジェンドにこれ以上の寂しい思いはさせられなかった」とこの日に至る気持ちを語っていた。
今回の交換セレモニーのためにランディは1957年の同じ月に同じ職人が作ったというグレッチ6120を用意。そのようなギターを発見できたことも奇跡と語っていた。このグレッチをめぐるドラマは、長編ドキュメンタリーとして映画制作が進んでいるという。
なお、TAKESHIは交換したグレッチ6120を今後のステージなどで使っていきたいと語っていた。TAKESHIのこれからの活動もぜひチェックしてほしい!
Profile
TAKESHI
作詞家/作曲家/アレンジャーとして幅広く活躍。都内ライブハウスで活動中バンドの楽曲が注目されて、嵐の「HORIZON」で作詞家としてそのキャリアをスタート。TOKIO、嵐、関ジャニ∞など数多くのアーティストに楽曲を提供。TOKIOの「花唄」(第53回NHK紅白歌合戦で歌唱)、嵐の「言葉より大切なもの」などジャニーズファンの枠をこえたヒット曲多数。2016年には韓国での音楽プロデュースが認められて「大韓民国文化芸能大賞」を受賞。自身のバンド“TAKESHI & ketchup stampers”としても活動しながら、現在“TAKESHI”名義のソロライブ『TAKESHI et Rendez-vous』を精力的に行なっている。
TAKESHIホームページ
http://bewin.co.jp/takeshiprofile/
ランディ・バックマン
カナダで結成されたゲス・フーのギタリスト。代表曲の1970年作の「アメリカン・ウーマン」はレニー・クラヴィッツのカバーでも有名。ゲス・フー脱退後はバックマン・ターナー・オーヴァードライヴとしても活躍。グレッチを中心とするビンテージ・ギター・コレクターとしても知られている。1977年に紛失したグレッチ6120を長年捜索し続け、ギターの木目とラッカーのラインを顔認識ソフトにかけたところ、東京でこのギターを入手したTAKESHIのYou Tube映像がたまたまヒット。バックマン側より同年代のグレッチ6120との交換という提案があり、TAKESHIは快く快諾。奇跡の6120は、45年以上たって本人も元に戻ることとなった。多くのネットニュースになったほか、ドキュメント映像も制作中という。