エリック・クラプトンのレースセンサー期を改めて考えてみた エリック・クラプトンのレースセンサー期を改めて考えてみた

エリック・クラプトンのレースセンサー期を改めて考えてみた

武道館で100回目の公演を果たしたエリック・クラプトン。世代を問わず、かなり多くのギタリストが彼の影響を受けてきたことだろう。そしてクラプトンを好きになると、彼のブルース・サイドやレイドバック期など、人気の高い時代のサウンドに傾倒していくことが多い。

しかし、80sサウンドなども再評価されてきた現代において、クラプトンがレースセンサー・ピックアップを搭載したストラトキャスターを使っていた時代=1980年代後半〜90年代のECサウンドが、また新しい魅力を持ったように思うのだ。

ということで今回は、当時をリアルタイム世代として体感したギタリストである宍倉聖悟に、“レースセンサー期のエリック・クラプトン”の魅力を綴ってもらった。

文=宍倉聖悟 Photo by Phil Dent/Redferns/Getty Images

そもそも“レースセンサー・ピックアップ”って何?

私がリアルタイムでエリック・クラプトン(以下EC)にハマった時期が『Journeyman』(1989年)リリース時、まさにレースセンサー期です。プレイはもちろん、サウンド、音楽性、ECから受けた影響はすべてこの時期がスタート。しかしながらECを語る時、ほかの時期と比べてこの時代は軽視されがち。ということで、レイドバック期やクリーム時代が好みという方々にも、改めてこの時期の魅力をピックアップというマニアックな視点からお伝えできたらと思います。

さて、まずはレースセンサー・ピックアップについて、軽くおさらいしておきましょう。このピックアップはAGI(Actodyne General International)という会社のドン・レースという人物が開発しました。1987~1996年までは、契約によりフェンダーへ独占供給されていたとのこと。通常のシングルPUのような円柱状のマグネットを用いたポールピースが各弦に対応して6つ並ぶ構造とは違い、“ゴム磁石”を金属で囲んだ特種な構造になっています。それにより外部のノイズ要因からの影響に強く、独特なサウンドを実現したのです。

このレースセンサーPUがECモデル(=Eric Clapton Stratocaster)に採用された経緯はフェンダーの公式サイトにも詳しく記されています。フェンダーで自身のモデルを製作するにあたり様々なギターを試したECが特に気に入ったのが、当時最新モデルだった“エリート・ストラト”のミッドブースト機能。そのブースト機能を最大限活かせる、ノイズの強さと従来のシングルコイルらしさの両立という点で、レースセンサーに白羽の矢が立ったと理解できます。

レイドバック・サウンドからの脱却の鍵

ECストラトの開発が始まったのは1985年で、最初のプロトタイプが本人の手に渡ったのが1986年5月頃。その時代の音楽といえば、ブラック・コンテンポラリーやAORなど、サウンドがよりゴージャス路線に向かい、シンセ・サウンドやゲートリバーブも全盛期。スタジオ機器にもデジタル化の波が押し寄せてきた頃です。

ECも1985年リリースの『Behind the Sun』でその傾向は顕著に表われています。グレッグ・フィリンゲインズ、スティーブ・ルカサー、ジェフ・ポーカロといった当時のサウンドの代名詞とも言えるプレイヤーの参加を見ても、前作までのレイドバック・サウンドからの完全脱却を意図していたのは明らかです。

この頃はまだ先代ブラッキーを使用していたはずですが、ギター・サウンド自体にも変化が見られます。小さなコンボ・アンプの密度のあるレンジ感から一気にワイドレンジへ。さらにモジュレーション系や様々なタイムのディレイを取り入れることで、ゴージャスなアンサンブルにも馴染んでいます。ルカサーのサウンドにも少なからず影響を受けたのでしょう。この時の出会いや経験がのちのECモデルの仕様に大きく関わっていると推測します。

1986年リリースの『August』製作中にECモデルのプロトタイプが完成し、何曲かのギター・ソロを録り直したそうですが、アルバムとしてメインで使われ始めたのは1989年リリースの『Journeyman』から。

そしてその後ライブビデオとしてリリースされた『24 Nights』では完全にレースセンサー+ミッドブーストを使いこなすECが堪能できます。

先代ブラッキーでは歌のバッキングでも存在感のあるサウンドだったのが、アンサンブルに溶け込むような繊細な音色に。逆にメイン・リフやギター・ソロではミッドブーストを駆使して今までになかった太さとロング・サステイン。この2つのサウンドをスイッチで切り替えるのではなく、ギター本体のノブでシームレスに行き来できるというのは、当時としてはかなり画期的なものだったと記憶しています。

こうして80年代後半から2000年のモデル・チェンジまでの間、同じ仕様で一貫されていたECモデル。その時代に求められたサウンド、ボーカルとリード・ギターをこなすための操作性という2つの要素が初号器から異常なほどの完成度を持っており、このギターの存在がその後のECの演奏や音楽性にも大きく影響を与えたと言えます。

ブルースにもマッチする万能さ

1994年リリースの『From the Cradle』では全編ブルース・カバーという内容だったにも関わらず、フェンダー・サウンドではメインで使用し、その後のツアーではホワイト・ボディのECモデルを弾きまくる姿が映像にも残っています。

おそらく2000年のB.B.キングとのコラボレーション『Riding with the King』制作まではまだレースセンサー・ピックアップだったと思われ、ディープなブルースにもこのピックアップのサウンドが完璧にマッチすると実証されています。

いかがでしたか? AOR、メインストリーム路線への方向転換が少しネガティブにとらえられがちな80年代中期からのECですが、レースセンサー搭載のシグイチャー・モデルを軸に考えると非常に興味深く、新たな視点で見る、聴くことができます。90年代に入ってから、ライブでもクリーム時代の曲をやることがより多くなったのも、ミッドブースト機能が無関係ではなさそうです。まさにECの全キャリアを網羅できる完璧なシグネチャー・モデルと言えますね。

その後、ECモデルはアップデートされピックアップが変更となりますが、基本的な機能とサウンドの方向性は一貫しています。78歳という年齢を迎えても世界各地でギターをブーストさせるエリック・クラプトン。これからもまだまだギター界全体に影響を与える大きな存在として君臨していてほしいと心より願っています。

宍倉聖悟

ししくら・せいご◎1975年生まれ、北海道出身。自称“東京ドームでギターを弾いた回数は世界最多”のセッション・ギタリスト。嵐やV6、SE7ENのサポートなど、幅広く活躍中。最新機材にも精通しており、ギター・マガジンの新製品レビューなども担当している。

Twitter>
Instagram>