現代の音楽シーンにおける最重要ギタリストの1人、クルアンビンのマーク・スピアーが、世界中の“此処ではない何処か”を表現した快楽音楽を毎回1枚ずつ紹介していく連載。
今回の作品は、ブラジルの歌手=エリス・レジーナが1972年にリリースした『エリス』。ドラム、ベース、エレクトリック・ピアノの編成が基本だが、マークが“アメイジング”と評する「Me Deixa Em Paz」ではギターも登場。ボサ・ノヴァ調のアンサンブルに絡む、リズミカルなストローク・プレイが絶品。
文=マーク・スピアー、ギター・マガジン編集部(アルバム解説) 翻訳=トミー・モリー 写真=鬼澤礼門 デザイン=MdN
*この記事はギター・マガジン2023年6月号より転載したものです。
エリス・レジーナ
『エリス』/1972年
そよ風が吹き抜けるMPBの傑作
60年代末よりブラジルの自由主義的芸術運動“トロピアリア”のもとで活躍した歌手、エリス・レジーナの72年作品。MPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラの略。ボサ・ノヴァ以降のブラジルのポップスを指す)の代表作の1つで、のちにアントニオ・カルロス・ジョビンとデュエットした「三月の雨」のソロ版も収録。なおエリスは82年に36歳で亡くなっている。
素晴らしい音楽をそのまま聴かせる。理想形だ。
エリス・レジーナは、ブラジルのMPB(ボサ・ノヴァ以降のブラジルのポップ・ミュージック)における圧倒的なレジェンドで、このジャンルでは最高の声を持った人だと言えるだろう。
僕がこの人を知ったのは、このアルバムに収録された「Me Deixa Em Paz」という曲がきっかけだ。友達が教えてくれてね。シンガーとしての彼女の魅力にも圧倒されたけど、アメイジングなのはこの楽曲のサウンド・アレンジ。イントロを聴くだけで、思わずため息が漏れるよ。
ドラム、ベース、エレクトリック・ピアノという編成なんだけど、実にリズミックで耳を惹くアレンジなんだ。まず、ドラムとベースがガッチリと組み合わさっている。さらにエレピの旋律もそこに絡みついてきて、その演奏の素晴らしさに僕はブッ飛んでしまったよ。
この曲は、初めて聴いてから何年かあとになってから、しっかりとしたステレオ・システムで左右にパンで振り分けて聴いてみたんだ。そしたら、より深い感動に包まれたよ。イントロの10秒間だけでも、ぜひ聴いてみてほしいな。
そして、このアルバムの魅力はやはり、エリス・レジーナという歌手の存在感だね。彼女のメロディや歌い方が素晴らしい。細かいところがどうこうというよりも、とにかく“雰囲気”が素晴らしいんだ。
シンプルなアレンジやミキシングも好きなポイントだね。計算したわざとらしさみたいなものがなくて、本当にそのままという感じなんだ。「素晴らしい音楽をそのまま聴く」という、音楽にとってのある種の理想形が味わえるよ。
マーク・スピアー(Mark Speer) プロフィール
テキサス州ヒューストン出身のトリオ、クルアンビンのギタリスト。タイ音楽を始めとする数多のワールド・ミュージックとアメリカ的なソウル/ファンクの要素に現代のヒップホップ的解釈を混ぜ、ドラム、ベース、ギターの最小単位で独自のサウンドを作り上げる。得意技はペンタトニックを中心にしたエスニックなリード・ギターやルーズなカッティングなど。愛器はフェンダー・ストラトキャスター。好きな邦楽は寺内タケシ。