現代の音楽シーンにおける最重要ギタリストの1人、クルアンビンのマーク・スピアーが、世界中の“此処ではない何処か”を表現した快楽音楽を毎回1枚ずつ紹介していく連載。
今回の1枚は、レバノンの作曲家、ジアド・ラーバニが1985年にリリースした『ホウドウ・ニスビ』。インスト曲を多く収録した、映画のサウンドトラック盤だ。
文=マーク・スピアー、ギター・マガジン編集部(アルバム解説) 翻訳=トミー・モリー デザイン=MdN
*この記事はギター・マガジン2024年1月号より転載したものです。
ジアド・ラーバニ『ホウドウ・ニスビ』
/1985年
ちょっとクセになる
中東のAOR
レバノンの国民的シンガー、ファイルーズの息子であるジアド・ラーバニによる85年の作品。8割がたインストだ。中東のエッセンスとボサノヴァが融合したような作風で、いかにも80年代中盤らしいソフィスティケイトされたAORアルバムと言える。ジャジィで小洒落たリード・ギターもいくつか聴けるが、どこかエキゾチックなのが面白い。
世界中の音楽を聴きたい僕のアンテナにビビっと引っかかったよ。
このアルバムは、YouTubeやSpotifyを探っていて見つけた作品だ。こうやって古今東西の音楽をすぐ発見できるのは嬉しいことだね。中東のレバノンの音楽だという時点で、世界中の音楽を聴いてみたい僕のアンテナにビビっと引っかかったよ。
きっかけはたしか、ラーバニ兄弟の末っ子、エリオス・ラーバニから知ったのかな? この兄弟は、舞台や映画音楽の作曲を行なっていて、この時代のレバノンではとても有名だったらしい。
彼らは当時欧米で流行っていたディスコやファンク、フュージョンなどもたくさん手がけていたんだ。このアルバムもまさにそんな感じの作風だけど、ファンク、ジャズ、ソウル、ロック、どのジャンルととらえても自由だと思う。これらのすべての要素がこのアルバムにはあるね。そのごった煮感が魅力と言えるだろう。
それとこのアルバムって、実は映画のサウンドトラック盤なんだ。僕はサントラのムードが好きでけっこうディグっているけど、この作品も特有の雰囲気が大好きだね。もちろん、トーンやメロディも素晴らしいけど、やっぱり“雰囲気”が良いものが僕は好きなんだ。ムードというかね。
自分の場合、特定の楽器や演奏者が好きだとか、そういった理由で音楽を聴いていないんだろう。この連載でも、そういう観点で紹介しているアルバムは少ないはずだ。基本的に良い音楽というのは、雰囲気(フィーリング)が良いものであるべきだよ。
マーク・スピアー(Mark Speer) プロフィール
テキサス州ヒューストン出身のトリオ、クルアンビンのギタリスト。タイ音楽を始めとする数多のワールド・ミュージックとアメリカ的なソウル/ファンクの要素に現代のヒップホップ的解釈を混ぜ、ドラム、ベース、ギターの最小単位で独自のサウンドを作り上げる。得意技はペンタトニックを中心にしたエスニックなリード・ギターやルーズなカッティングなど。愛器はフェンダー・ストラトキャスター。好きな邦楽は寺内タケシ。