シティ・ポップや国産ポップスを彩った名手たちのギター名盤を紹介する連載、『シティ・ポップ・ギター偉人伝』。第5回は、アレンジャー、プロデューサー、ギタリストとして膨大な作品数のプロデュースを行なうかたわら、自身のソロ作やAB’S、パラダイム・シフトでも活躍する名プレイヤー、松下誠の参加作を紹介。
文/選盤=金澤寿和
松下誠『FIRST LIGHT』/1981年
世界的シティポップ・ブームを牽引する名盤
スタジオ機材のチェックのために作ったデモ音源からスタートした初ソロ作にして、世界的シティポップ・ブームを牽引する名盤。AORファンやフュージョン好きには早くから注目されたが、セールスは伴わず。しかし、再発がくり返されたことで分かるように、評価の高さは揺らぐことなく、むしろジワジワと認知度を上げてきた。
注目されたのは、緻密に練り上げられたAOR風アンサンブルと敏腕ミュージシャンたちの卓越した演奏、そしてマイルドな歌声とハーモニー。計算づくのギター・プレイもたっぷり聴ける。
後続のソロ作はプログレ色が強くなり、そのままパラダイム・シフト(松下誠、富倉安夫、松田真、宮崎まさひろによるグループ)へと移行。発売元の移動により、2種類のアートワークが存在する。
ミルキー・ウェイ『SUMERTIME LOVE SONG』/1979年
AORやボサノヴァ、映画主題歌などのトロピカル・カバー
ネム音楽院(のちのヤマハ音楽院)の講師で、松田聖子デビュー当時のアレンジャーとして知られる信田かずお(k)が、松下を誘って組んだ師弟ユニットの唯一作。松下にとっては、初めてメンバーとしてクレジットされた原点的作品でもある。
収録されているのはボズ・スキャッグスやニック・デカロ、アントニオ・カルロス・ジョビンといったAORやボサノヴァ、映画主題歌などのトロピカル・カバーで、聴き心地は極上の気持ち良さ。
それこそ鋭利なギター・ソロなど皆無ながら、松下が演奏よりも編曲や音作りに傾倒していくのを予感させる内容と言える。
AB’S『AB’S』/1983年
メロウなグルーヴを描く藤丸と、シャープなリズムを刻む松下!
芳野藤丸の初ソロ作『YOSHINO FUJIMAL』(1983年)のセッションに集まった元スペクトラムのリズム隊、渡辺直樹&岡本郭男、パラシュートの安藤芳彦(k)と組んだ5人組、AB’Sの1作目。メロウでまろやかなグルーヴを描く藤丸と、シャープなリズムを刻む松下のタイプの異なるギター・アンサンブルが面白く、80年代の煌びやかなサウンドが好きなら要チェック。
オープニングを飾ったクールなジャズ・ファンク「Deja Vu」はUKでもリリースされ、クラブ・チャートを賑わせた。2作目発表後、松下が自身のグループ、パラダイム・シフトに専念。
2003年からは、芳野・松下コンビを中心に活動を再開し、メンバー交代を経て断続的な活動を行なっている。
山根麻衣『たそがれ』/1980年
松下の参加作の中でも、最もシャープなギター・プレイ
松下初のサウンド・プロデュース作とされる、実力派シンガー、山根麻衣のファースト・アルバム。
エレキ・ギターは全編松下のプレイで、メロウ・ファンク「たそがれ」、ハードAOR「GET AWAY」、ダビングによるカッティングの応酬がスリリングな「City Drive」、ソロ作『FIRST LIGHT』(1981年)の前哨戦的な「WAVE」など、フィーチャー・ソロであれバッキングであれ、松下参加作中でもっともシャープなギター・プレイが堪能できる。
芳野藤丸も2曲楽曲提供しているが、この時はまだ面識はなかったそうだ。
ジュディー・アントン『Smile』/1980年
アレンジャー目線のプレイが光る1作
日本で活動した米国人ジャズ・シンガー、ジュディー・アントンの80年作。
クリア・ボイスと片言の日本語を武器に、松下とカシオペア(当時)の向谷実(k)がアレンジを分け合う。全体のサウンド・プロデュースは松下。そのためか“ボッサ”なアコギを弾いたり、珍しく4ビートに乗ってソロを取ったりと、アレンジャー目線のプレイが多い。
ただし、向谷がアレンジしたジノ・ヴァネリの「The River Must Flow」では、彼らしくエッジィなソロも披露。この頃のカシオペアの外部セッションでは、野呂一生(g)の代わりに松下か鳥山雄司がギターを弾くケースが多かった。
桑名晴子『MOONLIGHT ISLAND』/1982年
AB’Sがバックを務めたシティ・ポップのカバー集
ティン・パン・アレーやサディスティックス、高中正義らのアルバムに参加していた歌手、桑名晴子のソロ4作目。
内容は今で言うシティ・ポップ・カバー集で、大滝詠一、細野晴臣、山下達郎、ユーミン、PANTAに、兄の桑名正博らが書いた名曲がズラリ10曲。それをデビュー直前のAB’Sが丸ごとバックを務め、松下と芳野藤丸が編曲している。
そのバンド・アレンジとギター・アンサンブルが見事で、カッティングの駆け引きやソロのリレーなど、歌モノでありながら演奏面のお楽しみが盛り沢山。今やポップ・スタンダードとなった「Down Town」の英語バージョンなど、新鮮極まりない。
濱田金吾『MUGSHOT』/1983年
鳥山雄司とのバッキング合戦は聴き逃し厳禁!
松下と同じくRCA〜ムーンのレーベル変遷を辿り、現在も盟友関係にある濱田金吾。
2nd以降の全6作にその名があるが、このムーン・レコード時代の2作目にあたる『MUGSHOT』(通算5枚目)では全曲に参加。とりわけ「ガールズ」のスリリングなリードは、キャリアを代表する名演と言える。
また「ギャッツビー・ウーマン」の考え抜かれたリード、「レイニー・ハート」や「グッド・ラック・シティ・ロマンス」における鳥山雄司とのバッキング合戦も聴き逃し厳禁。ラストを飾る「インク・ブルーの夜明け」では、甘美なトーンで雰囲気作りに貢献している。
亜蘭知子『More Relax』/1984年
松下&カシオペアの全面コラボ作
2022年に、1983年の3作目『浮遊空間』収録の「Midnight Pretenders」がカナダの人気アーティスト、ザ・ウィークエンドにサンプル使用され、一気に再評価熱が高まった亜蘭知子。
その『浮遊空間』の次作に当たる本作『More Relax』は、カシオペア勢と全面コラボ。メンバー4人が楽曲提供し、向谷実が編曲とサウンド・プロデュースを担っている。ただし、演奏面では野呂一生が不参加で、その代役として松下がフル参加。
特段ギターが際立つようなナンバーはないが、「Relax」、「E・SPY」など、典型的なカシオペア・スタイルの楽曲で松下のギターが鳴っているのが面白い。
松原みき『LADY BOUNCE』/1985年
華麗な都市型ファンキー・ポップ
これも亜蘭知子の『More Relax』と同様にカシオペア勢とのコラボ作で、向谷実が編曲とサウンド・プロデュースを担った。
ただし、楽曲提供は向谷と野呂だけで、代わりに外部から楽曲を募り、ギターも松下と鳥山雄司が分担している。松下のプレイでは特に目立ったソロなどないものの、「恋にお招ばれ」、「サングラスはもういらない」などで、滑らかなコード・カッティングを披露。華麗な都市型ファンキー・ポップ・スタイルはカシオペアならでは。
当山ひとみ『HUMAN VOICE』/1985年
ナチュラル・トーンで奏でるギター・ソロが絶品
元祖バイリンガル・シンガーのペニーこと当山ひとみ。彼女もまた、昨今のシティポップ・ブームで再評価機運が高まるシンガーの1人だ。
全9曲中4曲が松下誠アレンジで、当然それは彼自身がギターを弾く。中でも、4枚のソロ作がある桐ヶ谷仁が書き下ろした「DREAM OF NASA」での滑るようなリズム・ワークは、松下の真骨頂。ナチュラル・トーンで奏でるギター・ソロは、意外に珍しいかもしれない。
他の曲では、つのだ☆ひろや小坂忠、もんた&ブラザース、長渕剛らのサポートで知られる角田順がギターを弾く。
プロフィール
松下誠(まつした・まこと)
18歳でネム音楽院に入学。ギターを専攻し、音楽理論や作編曲法などを習得。在学中からライブ・サポートなどのプロ活動を始め、1980年発表の山根麻衣『たそがれ』で、初めてアレンジ兼サウンド・プロデュースを担当した。それを機にアレンジャー、プロデューサー、ギタリスト等として日本のポップ・シーンで大活躍し、参加した作品数は膨大な数に及ぶ。
1981年に発表した初ソロ・アルバム『FIRST LIGHT』を皮切りに、自身のアーティスト活動も積極的に行ない、3枚のソロ作のほか、AB’S、プログレッシブ・ロック色の強いパラダイム・シフトでもアルバムを発表。アンビエント系プロジェクトでのリリースもある。
また、早くからコーラス・ワークで実力を発揮し、多くのアイドル・タレントのボーカル・コーチを担うかたわら、バック・シンガー/コーラス・アレンジでのレコーディングも多数。セッション・シンガー5人によるアカペラ・ユニット、Breath by Breathでも2枚のアルバムを発表している。