Introduction|ギタリストとしてのセイント・ヴィンセント Introduction|ギタリストとしてのセイント・ヴィンセント

Introduction|ギタリストとしてのセイント・ヴィンセント

本人インタビューへと進む前に、セイント・ヴィンセントの簡単なバイオグラフィをご紹介。影響を受けたアーティストや、愛用のギターなどから、ギタリストとしての側面について考えてみよう。

文=福崎敬太 Photo by Jeff Kravitz/FilmMagic/Getty Images

多様な音楽体験から独自のスタイルを形成していく

ロック・ミュージックを代表するギタリストのひとりとなったセイント・ヴィンセントことアニー・エリン・クラーク。インタビュー本編に進む前に、今一度、彼女のギタリストとしての側面についておさらいしておきたい。

1982年9月28日、オクラホマ州タルサで生まれたアニーが、初めてギターを手にしたのは5歳の時。両親から買ってもらったプラスチック製の赤いギターだった。また、ご存知のとおり、叔父はタック&パティのギタリスト、タック・アンドレスである。家族も音楽好きで、幼い頃から彼女の身近には音楽があった。

その後テキサス州ダラスに移り住み、12歳になると本格的にギターを学び始める。当時すでに、ジェスロ・タルの「Aqualung」を弾いていたというのは驚きだ。そして10代後半には、叔父夫婦であるタック&パティのツアー・マネージャーを務め、来日公演などにも帯同する。ここで早くもプロの現場を経験することになった。

彼女の音楽性は、タック&パティはもちろん、ニール・ヤングやマイケル・ジャクソン、キング・クリムゾン、フランク・ザッパ、スレイヤー、メタリカといった多様なスタイルから形成されていく。BBCの企画“St. Vincent’s Life in 6+ Riffs”では、影響を受けたギター・リフを紹介する中で、ニルヴァーナやブリーダーズ、レッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリックスなどの名前も挙がった。

高校卒業後、バークリー音楽院に入学すると、3年で中退することに。自身が求める音楽表現に必要なことは、この3年で学びきったのだろう。在籍中の2003年には、自身にとってのマイルストーンとしてなのか、バークリーの同窓生たちと、EP『Ratsliveonnoevilstar』をアニー・クラーク名義で制作した。そこに収録された「Count」は、何本かのギター・トラックと歌&コーラスのみの構成だが、右手のタップや左手でのレガートを交えたリフ・アプローチなど、タック・アンドレスの歌伴をよりプログレッシブに昇華させたかのような、複雑なアレンジが聴ける。ぜひYouTubeで検索して聴いてみてほしい。

セイント・ヴィンセントとしての活動をスタート

アニーが“セイント・ヴィンセント”名義で活動し始めるのは、ベガーズ・バンケット・レコードと契約を結んだ2006年のこと。翌2007年、同レーベルから1stアルバムとして『Marry Me』をリリースする。その直後の2008年には、スフィアン・スティーヴンズのツアー・ギタリストとして来日公演をサポートしている。

名門レーベルの4ADへ移籍後、2nd作『Actor』(2009年)でギタリスト、アーティストとしての評価を確立。2012年にはデヴィッド・バーンとの共演作『Love This Giant』を発表し、テイラー・スウィフトが2015年に行なった“The 1989 World Tour”でベックとともにゲスト出演するなど、世界中のアーティストから注目される存在になっていった。

『Masseduction』(2017年)がベスト・オルタナティブ・ミュージック・アルバム部門にノミネートされた2019年のグラミーでは、デュア・リパと共にステージに立ち、ファズで歪ませたコンパクトなソロを聴かせたのも記憶に新しいだろう。また、今年2021年にはポール・マッカートニーの『McCartney III Imagined』で「Women And Wives」をリミックス。箱鳴りする生々しいドライブ・サウンドでのギター・ソロは、ポールからも賞賛されたそうだ。

ギタリストの間では、彼女の使用ギターにも注目が集まった。とりわけ、ハーモニーのBobkatや、ケイのTruetone、ミュージックマンのアルバート・リー・モデルなど、一風変わったギターを抱える姿は、多くのギタリストに影響を与えたように思う。

そして、2015年には自身のシグネチャー・モデルをミュージックマンで制作し、前述のテイラー・スウィフトのコンサートでお披露目した。

Ernie Ball Music Man/St. Vincent(Vincent Blue)

本モデルについて、彼女はこう語る。

私のモデルのデザインはクラウス・ノミの美学に基づいていて、80年代のメンフィス・デザイン・ムーブメントにインスパイアされている。また、テスコのような60〜70年代にかけて存在していた日本のギターに、クラシック・カーのカラーリングを組み合わせているの。 
(中略)
このギターについて誇らしく思うことのひとつは、女性に似合うギターとして世の中に残せたことよ。

ギター・マガジン2016年5月号より

このモデルは彼女のメイン・ギターとなった以外にも、ジャック・ホワイトやマテウス・アサトが使用したりと、単なるアーティスト・モデルの域を超えて知れ渡っている。さらに最新作『Daddy’s Home』に合わせて、新たなシグネチャー・モデルも作られた。こちらについては別項で紹介しよう。

ミュージシャンズ・ミュージシャンであり、ギター・プレイや使用機材、アートワーク、ファッション、アティチュードなど、あらゆる面で時代をリードする存在となったセイント・ヴィンセント。今回の特集では、彼女とギターとの密接な関係を紐解いていきたい。

作品データ

『Daddy’s Home』
St.Vincent

ユニバーサル/UICB-10004/2021年5月14日リリース

―Track List―

01.Pay Your Way In Pain
02.Down And Out Downtown
03.Daddy’s Home
04.Live In the Dream
05.The Melting Of The Sun
06.The Laughing Man
07.Down
08.Somebody Like Me
09.My Baby Wants A Baby
10….At The Holiday Party
11.Candy Darling
12.NEW YORK FEATURING YOSHIKI(日本盤ボーナス・トラック)

―Guitarists―

セイント・ヴィンセント、ジャック・アントノフ