スティーヴ・チベッツの基本情報岡田拓郎の“Radical Guitarist”第2回 スティーヴ・チベッツの基本情報岡田拓郎の“Radical Guitarist”第2回

スティーヴ・チベッツの基本情報
岡田拓郎の“Radical Guitarist”第2回

岡田拓郎をナビゲーターに迎え、カテゴライズ不可能な個性派ギタリストたちの作品を紹介する連載、“Radical Guitarist”。本連載で登場する重要な人物については、そのプロフィールについてもフォローしておきたい。ということで第2回は、初回で取り上げた『Northern Song』を生み出した鬼才、スティーヴ・チベッツについて紹介してもらおう。

文=岡田拓郎 デザイン=山本蛸

今回紹介するギタリストは……

スティーヴ・チベッツ(Steve Tibbetts)

生年月日/1954年4月28日

出身地/アメリカ・ウィスコンシン州マディソン

◎使用ギター/Fender Stratocaster、Martin DM-12、他

この形容し難い唯一無二の音楽を、チベッツ自身は“ポストモダン・ネオ・プリミティヴィズム”と呼ぶことを提案している

“The Most Beautiful Sound Next To Silence”(沈黙の次に美しい音)をコンセプトに、1969年の創立から今日に至るまでコンテンポラリー・ジャズの地平を切り拓き続けてきたECMレコード。キース・ジャレットやヤン・ガルバレクなど、多くのジャズメンが作品を残しているが、その中でも従来のストレート・アヘッドなジャズのスタイルにとらわれない個性的なギタリストたちのカタログ群は、音楽の枝根が複雑に絡み合う今日においても輝きを一切失わない。それどころか、この半世紀以上にわたってポピュラー・ミュージックの繁栄とともに使い倒され、あまりに形式化されたギターという楽器が持つ、未だ秘められた先鋭的な可能性の示唆を読み取ることができる。その中でも一際ユニークな存在であるスティーヴ・チベッツについては、触れないわけにはいかないだろう。

静謐なアコースティック・ギターと激しいディストーション。サランギやシタールを思わせるベンド奏法。浮遊感漂うテクスチャー感覚。スピリチュアルなムビラの音色。チベット、インド、アフリカ、etc……世界各国の伝統音楽にヒントを得た楽曲。ジャズもロックも実験音楽、電子音楽、ワールド・ミュージック、種々様々な音楽を飲み込んだなんとも形容し難い唯一無二の音楽を、チベッツ自身は“ポストモダン・ネオ・プリミティヴィズム”と呼ぶことを提案している。その作品の多くは長年苦楽を共にしてきた盟友であるパーカッショニストのマーク・アンダーソンとの2人の多重録音が基盤となっている。

ECMで音楽家自身のセルフ・プロデュースが認められている数少ない存在

チベッツは1954年、ウィスコンシン州マディソンに生まれた。大学教授である父は、ウィスコンシン州の方々を車で回り労働法や組合戦略についてのイブニング・セミナーを行ない、その際に労働者たちの注目を引くためにいつもギターを持ち歩いて労働組合の歌を歌っていたそうだ。チベッツのギター・プレイからどことなく漂うフォーキーなアメリカーナ的風情は、こうした背景に由来するのだろうか。

そうした環境下でチベッツも幼少の頃にギターを手にする。10代の頃はフラワー・ムーブメントの真っ只中。サイケデリック・ロックとジョン・コルトレーンやファラオ・サンダースといったインパルス・ジャズに触れ、次第にビル・コナーズを始めとしたECM作品に熱中した。大学時代に音楽学部に置いてあったマルチ・トラック・レコーダーと日夜向き合い、実験をくり返しながらテープ操作を習得。多重録音を中心とした彼の作品スタイルを確立させる。

その後ミネソタの公共ラジオで夜勤のオペレーターをする傍ら、1977年にファースト・アルバムとなる自主制作盤『Steve Tibbetts』をリリース。自主盤としてリリースされた『Yr』がECMレコードのオーナーであるマンフレート・アイヒャーの耳に止まり、その後の作品はほぼ同レーベルからリリースされている。

ECM作品といえばマンフレート・アイヒャーの哲学に基づいた彼自身による徹底したプロデュースが知られているが、その中でもチベッツは今では音楽家自身のセルフ・プロデュースが認められている数少ない存在。卓越したプレイヤーでありながら、美しいレコード作品としての”落とし所”も抑制できる彼のバランス感覚は、アイヒャーからのお墨付と言えるのではないだろうか。

また1985年から1997年にかけてチベッツはアジア各国を旅し、行く先々の伝統音楽を吸収していく。1997年にはチベット仏教の尼僧チョイン・ドルマとのコラボレーション・アルバム『Cho』をリリース。現時点での最新作『Life Of』では、アコースティック・ギターとピアノを中心とした静謐なサウンドを奏でている。

コンスタントにソロ作品はリリースされているが、客演は意外なほどに少ない

チベッツのギター・プレイは前述のとおりアコースティック/エレキともにユニーク。無理やり例えるなら、アメリカン・プリミティブなアルペジオからタッピングもこなす姿は非常に抑制的なマイケル・ヘッジスを、激しいディストーションを用いながらサランギ的な深いベンドやアーミングを多用し浮遊させる姿はスティーヴ・ヴァイを思わせる。……無理やり例えるなら。

ギターを中心に、こうした“静と動”を自在に行き来させながら、架空の民族音楽を連想したくなるようなワールド・ワイドなミニマルさや間、躍動が溢れる楽曲を生み出している。

また、コンスタントにソロ作品はリリースされているが、客演は意外なほどに少ない。デヴィッド・シルヴィアンや意外なところではミネアポリス・フォークの名盤『Carpediem』で知られるアン・リードの作品などで空間的な歌伴奏を聴かせている。

ここ数年のニューエイジ/アンビエントの再評価もあってレコード・オタクの間では知られた名手ではあるが、ギタリストの間で彼の話題が上がることはほとんどないかもしれない。だが、ジム・オルーク『The Visitor』や、ブラジルの名パーカッション奏者シロ・バプティスタが参加したネルス・クライン・シンガーズ『Macroscope』などを聴いてもらえれば、チベッツの遺伝子の片鱗を感じることができるだろう。

著者プロフィール

岡田拓郎

おかだ・たくろう◎1991年生まれ、東京都出身。2012年に“森は生きている”のギタリストとして活動を開始。2015年にバンドを解散したのち、2017年に『ノスタルジア』でソロ活動を始動させた。現在はソロのほか、プロデューサーとしても多方面で活躍中。

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