多作で多忙なトラックメイカー君とお茶した時、「締め切りが近づいてくるとね、作業中の深夜に自分じゃ気がついていないんだけど、奇声をあげたり大声でコノヤロー!とか怒鳴っているらしいんですよ。いまみちさんはそういうのないっすか?」と訊かれた。ある絵描きさんと会った時も「アトリエには誰も入れません。制作中にひとりごと言ったり、突然笑い出したりするのを気味悪がられるんでね」と言っていた。
集中していると思っていることが声に出てしまったりするってのは俺もある、らしい。ひと昔前のドラマや漫画によくあった【シャワー中の女子が意味なくハミング】とかなら可愛いけれど、パソコンやキャンバスに向かった野郎のひとりごとは不気味なだけ? 嫌がられがちなのはたしか。
中学に入った頃「キミは下顎前突症だ。すぐにでも骨を切る手術が必要だね」と言われ、有名大学病院に行かされた。その道の巨匠らしきドクターとたくさんのインターンに囲まれた手術室から文字通り走って逃げ出して以来、歯医者が怖い。14、5年前、とても良心的な歯科医院を教えてもらったおかげで苦手意識がずいぶん薄まり、今はそこで定期的な検診を受けるまでにオトナになった自分だ。ところが先日残念なことに虫歯が見つかり、その治療のために先頃まで歯科通いの身だったのだ。
そこの先生、優秀だし腕は確かだし、普段は無口で物静かなジェントルマンなのだけど、施術中、心に浮かんだことをすべて声に出してしまう癖をお持ちだ。
「おっかしいな、根幹ねぇぞ」、「こんな歯、初めだわ」、「くそぉ、見つかんない」などと顔にタオルを乗せられ音しか聞こえない状態で治療椅子に座る自分のフラジャイルなメンタルを容赦なく攻める言葉が続く。
“わかりますよ先生、集中してるんですよね? でも、目隠しじゃなくて耳栓欲しいっす”と両拳を固く握りしめ首も背中もガッチガチのまま、心臓だけがバックバクのいまみち。口調の激しさに気圧され、新入りらしき助手のお姉さんがどんどん萎縮していくのがモロわかり。場の緊張感はさらにアップ。
先生 〇〇取って。
助手 はい! △△ですね?
先生 ちがう、〇〇!
助手 はい!
先生 いいから早く、はやく!
俺 (え!なんかヤバイの?)←心の声
先生 □□やってある?
助手 はい! やります
先生 始まる前にやるだろう、普通!
助手 はい!
俺 (わぁ~、代わりに謝る、ごめん! だからもう帰らせて~)←心の声
先生 終わりましたよ。次からはよくケアしてね。
いつもの物静かなジェントルマン口調に戻っている。
時計を見ると30分も経ってなかった。
助手 おつかれさまでした。1時間は飲食控えて下さい。
こちらも毅然とした頼もしいお姉さんに戻ってる。めでたし、めでたし。
そう言えば、LIVEの本番中にトラブルが起きた時の自分も口調が荒くなる、らしい。
俺 アレ持ってこい!←怒鳴り声
新入りローディー君 はいッ!(やたらデカい返事とともに袖に消える)
曲が16小節以上進む。まだ戻らない。
俺 (なにしてんだよ)←心の声
戻ってきた!
新入りローディー君 すいません、アレってなんすか?
俺 (バッキャロー!)←たぶん声に出ている
ま、こうしたやりとりを経てアシスタントとのツーカーな信頼関係は育つのさ。
無くて七癖。皆さん、歯もアシスタントも大切に。
あ、集中しているヒトのひとりごと、アレ、いちいちビビらんでダイジョブよ……たぶん。
ではまた!
いまみちともたか
INFORMATION
次回作リード・トラックのMVが公開!
本連載でもいまみち自身が制作について語っていたソロ・アルバムから、リード・トラック「-AREEGATO-」のMVが公開! なお、シングル音源としての先行配信が12月1日からスタートするそうだ。要チェック!
ソロ・アルバムに先がけ、先行2曲が配信中!
Profile
いまみちともたか
いまみちともたか◎1959年生まれ。BARBEE BOYSのギタリストとして1984年にデビュー後、佐野元春や井上陽水のレコーディングに参加するなど、多方面で活躍。ほかにも、椎名純平らとのヒトサライ、自身がホストとなってゲストを迎えるスタジオ・ライブ・シリーズ=“カメを止めるな”を主催するなど、精力的に活動中。