現代の音楽シーンにおける最重要ギタリストの1人、クルアンビンのマーク・スピアーが、世界中の“此処ではない何処か”を表現した快楽音楽を毎回1枚ずつ紹介していく連載。
今回のアルバムは、アルトゥール・ヴェロカイの『アルトゥール・ヴェロカイ』。ブラジルの伝説的コンポーザーが手がけた1stアルバムだ。
文=マーク・スピアー、七年書店(アルバム解説) 翻訳=トミー・モリー 写真=鬼澤礼門 デザイン=MdN
*この記事はギター・マガジン2022年2月号より転載したものです。
ポップなボサ・ノヴァとはちょっと違った、サイケなサウンド。
ブラジルの名コンポーザー/シンガーソングライターによる1stアルバムだね。1972年という時代も関わっていると思うが、僕はこのアルバムをブラジルらしい音楽だとは思っていない。
「ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ」(MPB)という音楽ジャンルを君たちは知っているかな? おもに60年代後半頃、ボサ・ノヴァ以降に発生したブラジルのポピュラー音楽を指すんだけど、簡単に言えばボサ・ノヴァとロックが合わさったようなサウンドだね。イヴァン・リンスとかカエターノ・ヴェローゾみたいな。で、このアルトゥール・ヴェロカイの作品もMPBと言われるんだけど、ポップなボサ・ノヴァとはちょっと違ったサイケなサウンドが魅力なんだ。
当時の音楽から考えると実験性の高いアルバムだと思う。ロックもあればジャズっぽさもありつつ、ソウルフルでファンキーなんだ。それでいて、それまでのブラジル音楽に存在していた伝統的なコード・ボイシングやアプローチは残っているよ。特にテーマやメロディの中にはそういったエッセンスを感じるね。
で、このアルバムに何か特徴的なギターのパートがあったかというと、まったくそういう記憶はないんだ。改めて聴くと、ギターは伴奏のガット・ギターにエレキのソロと、そこそこ入っているんだけどね。僕は本作を聴く際、ギターを気にして耳を傾けたことが一切ない。コード進行や雰囲気、ダイナミクス、ベースやドラムのプレイに耳を傾けてしまうよ。特にドラムはすべてを支えていて、全パートがその土台の上に飛び交っているような印象を受けるね。でもこのアルバムのMVPはローズ・ピアノかな(笑)。