岡田拓郎をナビゲーターに迎え、カテゴライズ不可能な個性派ギタリストたちの作品を紹介する連載、“Radical Guitarist”。今回は日本を代表するペダル・スティール奏者=駒沢裕城の1991年作『Feliz』を取り上げよう。
文=岡田拓郎 デザイン=山本蛸
今回紹介する作品は……
『Feliz』
駒沢裕城
Puff Up/Puf-8/1991年リリース
―Track List―
- 風の散歩 = Wind, Through The Air
- オルヴォワール = Au Revoir
- 飛翔 = Hishô
- フェリース = Feliz
- トッカータ = Toccata
ペダル・スティールという小さな楽団
ダニエル・ラノワはペダル・スティールという楽器を“小さな教会”と形容した。
ペダル・スティールは、一般にはカントリー・ミュージックの伴奏楽器として用いられてきたが、ボリューム・ペダルとベンド機能を組み合わせた伸びやかで浮遊感あるサウンドはたしかに、小さな四角い教会の中で、小さな小さな聖歌隊が声を重ねている姿を思い起こさせる。
そして、そこから生み出されるアンビエント的なサウンドは、私たちの時間認識を日常のそれよりも遅く感じさせ、内省的な感受へと導くような効果を生み出す。カントリー・バラードで用いられるペダル・スティールにも、しばしば同様の効用を感じることができるだろう。
駒沢裕城は日本において、カントリー/ハワイアンではない形でのペダル・スティールのオルタナティブ・スタイルを開拓した第一人者であり、音楽ファンには、はちみつぱい、はっぴいえんど、荒井由実らの作品クレジットに名を連ねていることで記憶している方も多いだろう。
70年代には数々のレコーディング現場に引っ張りだこで、名演をいくつも残してきた。しかしバブル的に音楽業界が膨れ上がる80年代に、音楽が資本主義的な構造に絡め取られていくのを肌身で感じながら、次第に音楽から心が離れ、音楽業界からも遠ざかっていた。そうした期間を経て、1991年にリリースされたのが『Feliz』だった。
本作はまるで、ペダル・スティールという小さな箱の中で、小さな管弦楽団がバッハを奏でているかのような作品だ。ストリングスのアルコからピチカート、フルートやホルン、時にハープまでも丹念に編み込んだオーケストレーションのようで、その美しい音像にうっとり引き込まれていくが、このアルバム全編がペダル・スティールの多重録音によって演奏されているというのには驚きが隠せない。
ただ、管弦楽団ではなくペダル・スティールという音色がそれらの旋律を奏でることで、冒頭にも触れたようなゆっくりとした時間の流れを感じさせる。そこにこそ、儚く移ろう旋律の中により意識を没入させる、独特の幽玄さを感じないだろうか。
ギターを用いたオーケストレーション作品は数多く存在するが、本作を超える作品にはまだ出会っていない。
著者プロフィール
岡田拓郎
おかだ・たくろう◎1991年生まれ、東京都出身。2012年に“森は生きている”のギタリストとして活動を開始。2015年にバンドを解散したのち、2017年に『ノスタルジア』でソロ活動を始動させた。現在はソロのほか、プロデューサーとしても多方面で活躍中。