現代の音楽シーンにおける最重要ギタリストの1人、クルアンビンのマーク・スピアーが、世界中の“此処ではない何処か”を表現した快楽音楽を毎回1枚ずつ紹介していく連載。
今回のアルバムは、スティーヴ・カーン、ヒュー・マクラッケン、ハイラム・ブロック、リック・デリンジャー、ラリー・カールトンといった名手らが参加した、スティーリー・ダンの 『ガウチョ』。
文=マーク・スピアー、久保木靖(アルバム解説) 翻訳=トミー・モリー 写真=鬼澤礼門 デザイン=MdN
*この記事はギター・マガジン2022年6月号より転載したものです。
スティーリー・ダン
『ガウチョ』/1980年
AOR屈指の名盤『Aja』と共に絶頂期を形成する3部作の1つ
『Aja』に続く7枚目で、長期活動停止前のラスト作。全編でスムースなジャズ・ポップ・サウンドがそよ風のごとく吹き抜ける。交通事故に見舞われたウォルター・ベッカーに代わってスティーヴ・カーンやヒュー・マクラッケン、ハイラム・ブロック、リック・デリンジャーがギターで参加。特に「Third World Man」のラリー・カールトンは絶品!
ホテルの屋上でウイスキーを飲み、煙草を吸いたい気分になるね。
スティーリー・ダンの存在はみんなもよく知っていることだろう。言うまでもなく、今回取り上げる『Gaucho』は素晴らしい1枚だ。楽曲そのものはもちろんのこと、サウンドの優秀さから名盤とされているよね。
この作品は、実はサウンド・ミキシングの世界でもマスターピースとされているんだ。もう手放しで褒めてしまうけど、本当に何もかもがグレイトなサウンドなんだよ。
ただここで言っておきたいことは、“ミックスがグレイトだ”と言われているのは、大前提として“そもそも1つ1つの楽曲がアメイジングだから”なんだ。結局、いくら音やバランスが良くたって、大元の楽曲が高いクオリティじゃないとどうしようもないからね。
これは音楽を作る時に絶対に忘れちゃならないことで、僕も常に大切にしている。目の前の音作りにのめり込みすぎて、曲そのものの良し悪しに対して盲目的になっちゃうのは避けないといけないんだ。
あとこのアルバムは、歌詞だって驚異的。つまりすべての要素が高次元であり、アルバム全体のパフォーマンスとして魔法がかかったみたいな作品と言えるね。同時に、“音楽の職人たちが作り上げたサウンド”として最上級のもの、と言っても過言じゃないだろう。
僕もこのアルバムのようなサウンドを作ってみたいと思うことがある。もちろん、そこまでのスマートさは自分にはないと認めざるを得ないけどね。だから、単にこのアルバムの偉大さに感動するしかないよ。ロサンゼルスのホテルの屋上でウイスキーを飲みながら、煙草を吸いたい気分になるね(笑)。
マーク・スピアー(Mark Speer) プロフィール
テキサス州ヒューストン出身のトリオ、クルアンビンのギタリスト。タイ音楽を始めとする数多のワールド・ミュージックとアメリカ的なソウル/ファンクの要素に現代のヒップホップ的解釈を混ぜ、ドラム、ベース、ギターの最小単位で独自のサウンドを作り上げる。得意技はペンタトニックを中心にしたエスニックなリード・ギターやルーズなカッティングなど。愛器はフェンダー・ストラトキャスター。好きな邦楽は寺内タケシ。