DEATH BY AUDIOのブランド・ヒストリー〜まだ、誰も見たことのないサウンドを求めて〜 DEATH BY AUDIOのブランド・ヒストリー〜まだ、誰も見たことのないサウンドを求めて〜

DEATH BY AUDIOのブランド・ヒストリー
〜まだ、誰も見たことのないサウンドを求めて〜

破壊的ノイズを生み出す唯一無二のエフェクター・ブランド、DEATH BY AUDIOの特異性はどのようなルーツから誕生したものなのだろうか? ブランド創立者オリヴァー・アッカーマンの足取りとともに、その歴史をたどっていこう。

文:今井靖 画像提供:アンブレラカンパニー
*本記事はギター・マガジン2021年6月号の特集『DEATH BY AUDIO〜破壊的ノイズに垣間見る美学』を再編集したものです。

本当に必要なペダルは、自ら作るしかないのだ。

 “異能”のペダル・メーカー、DEATH BY AUDIO。その創立者オリヴァー・アッカーマンは、若き年月の多くをバージニア州フレデリックスバーグで過ごした。17歳で初のバンドを組み、その数年後には土着のノイズ・ポップ・カルチャーを融合させたシューゲイザー・バンドSkywaveの一員として名を馳せたが、そうした活動を通じて強く思い知らされたのは、自分の求めるサウンドに届かない既存のエフェクターの“無難さ”であった。もっと激しく、もっと狂おしく、心の声を音にするにはどうしたら良いのだろうか? そして、悟る。本当に必要なペダルは、自ら作るしかないのだ、と。

 2001年、オリヴァーは日々の研究とほぼ独学で得た工業デザインの知識を結集させ、ついに求めていたストンプ・デバイスを完成させる。Total Sonic Annihilationと名付けられたその狂気のフィードバック・マシンは、瞬く間に全米の爆音フリークたちの話題をさらうこととなった。それからわずか数ヵ月後、想像を超えるバック・オーダーに応える形で正式にDEATH BY AUDIOが結成された。

 2003年、オリヴァーはさらなる刺激を求めて大都市ニューヨークにその拠点を移す。住居として選んだのはブルックリンの下町で、うらぶれた労働者層が多く住むブッシュウィックのアパートメントだった。当時はまだ、東海岸のブティック・エフェクター産業はKlonやZ.Vex、Analog.Manなどを除けばそれほどメジャーではなく、オリヴァーの生活も決して楽ではなかったが、自身が新たに結成したエクストリーム・バンドA Place to Bury Strangers(以下APBS)とともに走り出した混沌と悪徳と音楽漬けの日々は、すべてがエネルギッシュだったという。その頃のオリヴァーが、ガンズ・アンド・ローゼズのツアー中だったリチャード・フォータス(g)を追いかけ、ペダルを強引に売りつけたという話は有名だ。

 2005年には巨大な倉庫を大改造した最初の本格的なワーク・スペースを獲得し、さらにその中に設営されたライブ会場兼レコーディング施設である“DEATH BY AUDIO HQ”でレーベル活動がスタート。実践的なレコーディング技術にのめり込んだオリヴァーは、その経験で得た新たな知識を惜しみなくペダルに落とし込んでいった。彼が自作のペダルで演奏するAPBSの1stアルバムが2007年に大ヒットすると、今度はそのアルバムを聴いた世界中のプレイヤーがDEATH BY AUDIOのペダルを求めるという良好な相互循環が生まれるようになったのは幸運なことだった。

ブルックリン時代の作業デスク
現在のクイーンズに移転する前のブルックリン時代、倉庫を改装して拠点にしていた頃のDEATH BY AUDIOの作業デスク。引き出しにはポットや抵抗、コンデンサ、ノブなどのパーツがぎっしりと詰め込まれ、デスク上には製作途中のペダルも何台か置かれているのが見える。
ブルックリン時代の倉庫に作られたライブ・スペース
ここからの4枚はブルックリン時代の倉庫に作られたライブ・スペースの写真。ここで連日連夜DEATH BY AUDIO主催のライブが開催され、ノイズやシューゲイザーを始めガレージ・ミュージックをプレイするバンドが数多く出演してシーンを形成していた。
ブルックリン時代の倉庫に作られたライブ・スペース
ブルックリン時代の倉庫に作られたライブ・スペース
ブルックリン時代の倉庫に作られたライブ・スペース

 すべてが順調に進んでいった2009年、事業はLLC(合同会社)となり、生産体制もさらに強化された。2014年には借地権の移譲に伴い、長年親しんだブッシュウィックを離れることになったが、今でも彼らは新たな本拠地であるクイーンズのリッジウッドで他の追随を許さぬ新感覚のサウンドに向き合い続けている……。

 すべては激情のファズの中から生まれ、常識をむしり取るような理不尽な響きに溢れているにもかかわらず、いつも人々の想像力を刺激してやまない。DEATH BY AUDIO──その稀代のエフェクター・ブランドが欲するものはただひとつ。“まだ、誰も見たことのないサウンド”だけだ。

*本記事はギター・マガジン2021年6月号にも掲載しています。

ギター・マガジン2021年6月号

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