毎月1人のギタリストの足下を調査するギター・マガジンの連載企画、『月刊 足下調査隊!』がWEBで復活! 記念すべき第1回は、椎名林檎をはじめ、UA、Chara、宮本浩次、Salyu、Superflyなどのライブ/レコーディングで活躍を続けるギタリスト、名越由貴夫のペダルボードをご紹介。こだわりの改造点や音作りのポイントなど、名越サウンドの秘密に迫る。
取材/文=伊藤雅景 写真=井之口聡
足下を囲む11台の歪みが圧巻!
椎名林檎のツアーでも使用した轟音ボード
いぶし銀な轟音ファズから幽玄なアンビエント・サウンドまで幅広い音色を駆使し、数多のアーティストの現場を支える名越のボードがこちら。
写真は2023年5月12日に撮影したもので、この2日前に“椎名林檎と彼奴等と知る諸行無常”のステージで使用したばかりの状態をとらえることができた。
足下をぐるりと囲むように配置された3台のボードは連結しており、計11台(!)の歪みペダルが組み込まれているとのこと。右側のメイン・ボードは歪みが中心で、中央の滑り止めシートはファズ、左側は空間系という構成だ。
以下、それぞれのボードの接続順を解説していこう。
歪みセクション(右/メイン・ボード)
【Pedal List】
①RMC/Real McCoy Picture Wah(ワウ・ペダル)
②Providence/P-3LG(A/Bセレクター)
③BOSS/DB-5(オーバードライブ/ファズ/EQ)
④Eventide/PitchFactor(ハーモナイザー/ピッチ・シフター)
⑤BOSS/FV-60(エクスプレッション・ペダル)
⑥BOSS/FS-5U(フット・スイッチ)
⑦TC Electronic/PolyTune(チューナー)
⑧Xotic/X-Blender(ブレンダー)
⑨ハンドメイド/ファズ
⑩Demeter Amplification/Tremulator(トレモロ)
⑪Z.Vex/Box Of Rock(ディストーション/ブースター)
⑫Z.Vex/Box Of Rock(ディストーション/ブースター)
⑬Z.Vex/Box Of Rock(ディストーション/ブースター)
⑭CAE/Freddy Fuzz(ファズ)
⑮F-sugar/OD69(オーバードライブ)
⑯F-sugar/fsp Proline Custom(パワーサプライ)
右側のボードは、オーバードライブ、ファズ、ワウ、ピッチシフターなどが組み込まれたメイン・セクション。
まず、ギターからの信号はワウ(①)を通過しA/Bセレクター(②)へ。セレクターのAチャンネルには、BOSのDB-5(③/オーバードライブ/ファズ/EQ)と、PitchFactor(④)の2台がループ。Bチャンネルはチューナー(⑦)のみだ。なお、エクスプレッション・ペダル(⑤⑥)は、④に接続されている。
そして、A/Bセレクターから続くブレンダー(⑧)のループには、名越がヤフオクで入手したというハンドメイド・ファズ(⑨)を接続。サウンドに芯を残すため、ブレンダーを使ってクリーン(原音)をミックスしているとのこと。
ブレンダーの次は、本人が“サウンドの肝かも”と語るDemeter Amplificationのトレモロ(⑩)へ向かい、3台のBox Of Rock(⑪〜⑬)、CAEのFreddy Fuzz(⑭)、F-sugarのOD69(⑮)を経由して、中央のファズ・セクションへ続いていく。
ファズ・セクション(中央)
【Pedal List】
⑰ハンドメイド/ト音ベンダー ver1.5(ファズ)
⑱Z.Vex/Fat Fuzz Factory(ファズ)
⑲H.S.Anderson/CRAZY MUFF(ファズ)
⑳Electro-Harmonix/Big Muff(ファズ)
㉑ハンドメイド/ト音ベンダー MK2(ファズ)
システムの中央に配置されたセクションは、5台のファズが並んでいる。
歪みセクションのF-sugarのOD69(⑮)から、ハンドメイド・ペダルの⑰へと続き、以降の接続順は⑰〜⑳の番号通りだ。
“ト音ベンダー”と名付けられた⑰と㉑は、一杉康次氏が製作したハンドメイド・ファズ。両者はバージョン違いで、現場に合わせて選択するそう。この日は⑰が組み込まれ、㉑は接続されていなかった。
空間系セクション(左)
【Pedal List】
㉒F-sugar/LOOP BOX(ループ・ボックス)
㉓MASF Pedals/POSSESSED(ディレイ)
㉔strymon/mobius(マルチ・モジュレーション)
㉕Ernie Ball/MONO VOLUME PEDAL(ボリューム・ペダル)
㉖strymon/TIMELINE(マルチ・ディレイ)
㉗Eventide/TimeFactor(マルチ・ディレイ)
㉘Electro Harmonix/Holy Grail(リバーブ)
㉙BOSS/FV-60(エクスプレッション・ペダル)
㉚BOSS/FS-6(フット・ペダル)
㉛宮益電気/savior(電源アクセサリー)
システムの最後段にあたる空間系セクションには、ディレイ、リバーブなどがずらり。
ファズ・セクションのBig Muff(⑳)からきたギターの信号は、F-sugar製のループ・ボックス㉒が受け取り、㉘まで番号順に通過する。そして㉘からギター・アンプへと続いていく。
ディレイ㉓はループ・ボックス㉒につながれており、オン/オフを㉒のバイパス・スイッチでコントロールしている。
続くmobius(㉔/マルチ・モジュレーション)にはコーラス、フランジャーなどの揺れ系エフェクトをアサイン。
マルチ・ディレイはstrymon(㉖)とEventide(㉗)の2台を使い分けており、スタンダードなディレイとして使用するのは㉗のほう。㉖は、リバース・ディレイやルーパーなどのトリッキーな効果を生み出す用途だ。
また、㉗には2種類の外部ペダルが接続されている。フット・スイッチ(㉚)はタップ・テンポの入力やバンク切り替え用で、エクスプレッション・ペダル(㉙)ではエフェクト・レベルやディレイ・タイムを可変させている。
本人インタビュー&徹底解説
意外とTremulatorがサウンドの肝になっているペダルかもしれません。
それでは順番に、各ペダルのお話をうかがっていきます。システムの先頭にあるワウ(①)は、Cry Babyの筐体にRMCのReal McCoy Picture Wahの中身を入れたものだそうですね。
中身は90年代のRMCのワウになっています。そのまま全部のパーツを入れているんですけど、案外無理なく入るんですよね。
BOSSのDB-5(③)は、“オクタビアほど暴れないオクターブ・ファズ”的な音色が好きで使っています。それと、ちょっと日本っぽい響きがするんですよ。モードを切り替えればクリーン・ブースターとしても使えるので、様々な環境で重宝していますね。
PitchFactor(④)には2つの外部ペダル(⑤⑥)が接続されていますが、どんなパラメーターをアサインしていますか?
エクスプレッション・ペダル(⑤)はフィルターのかかり具合を変えたり、オクターブのピッチを変えたりすることが多いですね。フット・スイッチ(⑥)はバンクを下に戻すために置いています。本体のスイッチだと、上のバンクにしか進めないので。
あと、ボードの中央にあるCryBabyの筐体は、ハンドメイドのファズなんですよね?(下写真/手で操作しているもの)
これはヤクオクで購入した自作系のファズですね。いわゆるUgly Face系の回路が中に入っていて、強烈な発振が作れます。側面のツマミでは発振する周波数帯もいじれるようになっていますね。
メイン・ボードの左側からは歪み系が続くエリアです。サウンドのメインはどのペダルでしょうか。
3台のBox Of Rock(⑪〜⑬)ですね。先頭⑪が若干のクランチ、2個目⑫がオーバードライブからディストーション、3個目⑬は、もっとジャリっとした歪みが欲しい時に使います。左側のブースト・チャンネルは、出力が小さいギターのボリュームを調節したり、クリーンを押し上げたりする時に踏みます。
3台のBox Of Rockに個体差はありますか?
ありますね。最初に買ったのは⑪なんですけど、⑫と比べてボリューム感が全然違くて。⑪のボリューム・ノブは9時頃で十分なんですけど、⑫はツマミをかなり上げないと同じくらいのボリュームにならないんですよ。トランジスタが違ったりするのかな。黒いほう⑬は新しめなモデルで、S/Nが良くなった気がします。
改造点はありますか?
⑪と⑫は、ハイを削ってミッドが前に出てくるような改造をしています。そうすることで音程感が見えやすくなりましたね。具体的には、ホットとコールドの配線の間に数値が低いコンデンサーをわざと挟むっていうカスタムです。Demeter AmplificationのTremulator(⑩)にも似たような改造をしています。
コンデンサーの型番は?
色々実験しながらいじってた時にたまたま手元にあったやつなんで、覚えていないです(笑)。
最後段の2つの歪みの使い分け方を聞かせて下さい。
Freddy Fuzz(⑭)は90年代の個体ですね。ハイが痛くならないイイ意味で“もっさり系”のペダルで、“そこまで歪まないディストーション”って感じの音です。これは弓で弾く時によく使います。
弓だと“ピー”っていうハイのキツいところが強く出ちゃうんですけど、これだとちょうど良くなるんですよ。これも中身を多少はいじったんですけど、いじらないほうが良かったなって思っています(笑)。
OD69(⑮)はどうでしょう?
Freddy Fuzzと同じくBox Of Rockとレイヤーで使うことが多いのですが、こっちのほうがハイが出るので、もっとジャリっとした歪みになってくれますね。
音量はどのくらいプッシュしていますか?
重ねがけすると微妙に上がるってくらいです。バッキングでもソロでも両方いける音量感ですね。
それでは、ファズ・セクションについても聞かせて下さい。個人的に、ハンドメイド・ペダルの“ト音ベンダー”が気になりました。
これは一杉康次さんが作ってくれたペダルです。その名の通りトーンベンダー系のファズですね。けっこう色んな人が持ってるんですよ。真壁陽平くんも使ってるんじゃないかな。
ver1.5(⑰)とMKII(㉑)と、ほかにもいくつかのバージョンを持っているんですが、今回はver1.5(⑰)を使いました。これはトーンベンダーと言うよりは、ちょっとファズフェイスに近い感じかな。別現場ではもっとトーンベンダーらしいMKII(㉑)も使います。
Fat Fuzz Factory(⑱)やBig Muff(⑳)などの用途は?
Fat Fuzz Factory(⑱)は曲中で歪ませたり、歌のうしろで“ビシャ”っとやりたい時に踏みます。まとまって前に出る音ではないので、SE的な使い方に近いかもですね。
Big Muff(⑳)は比較的ドンシャリ傾向なサウンドで、CRAZY MUFF(⑲)のほうがまとまって聴こえるかな。CRAZY MUFFはもともと2個の9V電池で駆動するペダルだったんですけど、電池代がもったいなくて1個で動くように改造しちゃいました(笑)。
そしたら、オリジナルのソフトな音色から、もっとジリジリした質感になってくれたんですよね。単に電圧が足りないのかもしれないけど(笑)。でも、音が前に出るようになったので結果オーライです。
ちなみに、電池はどのブランドを使っていますか?
デュラセルのProCellですね。マフ系は9Vを下回ったら交換しますが、ワウ・ペダル系は8V後半でも使います。
そして、空間系セクションはディレイやモジュレーションなどがまとまっています。MASF Pedalsのディレイ(㉓)だけスイッチャーに組み込んでいるのはなぜでしょう?
このエフェクターはバッファード・バイパスで、バイパス音がスッキリして透明感のある綺麗な方向にシフトするので、それが望ましい場合はそのまま直列にしますが、今回はスイッチャーをかまして音が変わるのを回避しています。
strymonのMobius(㉔)は、どういった音色を使っていますか?
FLANGER、VINTAGE TREMOLO、ROTARY、DESTROYER、QUADRATUREあたりを色々使っていますね。
フランジャーといえば、以前はADAのFlangerをよく使ってましたよね。
デカいし、コントロール・ペダル込みだとかなりかさばるのでこっちにしました(笑)。本当は1個のエフェクトで1個のペダルを使いたいんですけど、大変なので……。最近のライブではとりあえずMobiusですね。
ディレイはTIMELINE(㉖)とTimefactor(㉗)の2台を使い分けているんですね。
どっちかっていうとTimefactorがメインですね。曲ごとに細かく作り込んだディレイを設定しています。TIMELINEは、Timefactorのエフェクトにリバース・ディレイやオクターブを重ねたり、アンビエントっぽい使い方をすることが多いです。場合によってはルーパーとしても活躍します。
ちなみに、Timefactorに接続しているフット・ペダル(㉙)は、どういったパラメーターをアサインしていますか?
ディレイ・レベルとフィードバックを操作することが多いです。曲中で“ここは薄め、ここは濃いめ”みたいな感じで操作しています。Timefactorはその設定が簡単でいいですね。フット・スイッチはスイッチAがバンクの戻しで、Bはタップ・テンポの入力をアサインしています。
ボードCの電源にはすべてのペダルに電源アクセサリー(㉛)が使われていますが、どのような効果があるのでしょうか。
これはスイッチング電源のノイズを抑える役割で入れています。ものによっては体感的に音像が大きくなる感じがありますね。
かなりの数のペダルが並んでいますが、常時オンのものはありますか?
Tremulator(⑩)は唯一かけっぱなしのペダルなんですよ。だから、意外とサウンドの肝になっているかもしれません。Depthはあまり上げずに、微妙に揺らしているって感じです。