エリック・クラプトンのザ・フール〜クリーム時代を象徴するサイケデリック・ペイントSG エリック・クラプトンのザ・フール〜クリーム時代を象徴するサイケデリック・ペイントSG

エリック・クラプトンのザ・フール〜クリーム時代を象徴するサイケデリック・ペイントSG

クリーム時代のエリック・クラプトンを象徴するギターとして、サイケデリック・ペイントが施されたギブソンSGスタンダードははずせないだろう。今回は、“ザ・フール”と呼ばれるこのギターについてのエピソード紹介しよう。

文=細川真平 Photo by Jeff Hochberg/Getty Images

“ザ・フール”という名の由来は?

筆者が1977年頃に買ったクリームの「Sunshine of Your Love(邦題:サンシャイン・ラヴ)」のシングル盤のジャケットには、“これが元B・C・Rのイアン・ミッチェル「ロゼッタ・ストーン」が歌っている「サンシャイン・ラヴ」のオリジナルだ!”と書かれていたことを憶えている。

“イアン・ミッチェルとロゼッタ・ストーン”というのは、当時、大人気を博していたポップ・ロック・バンド、ベイ・シティ・ローラーズ(今から考えると信じがたいが、ザ・ビートルズと比べられるほどの人気だった)を脱退したイアン・ミッチェルが組んだ新バンド。

彼らがこの曲をカバーしていることは知っていたが、筆者としては、ギター雑誌でその名を知ったクリームという伝説のバンドの「サンシャイン・ラヴ」が聴きたくてシングル盤を買ったのだが……。

もちろん今では、ほとんどの人がロゼッタ・ストーンなど知らないが、クリームはやはり伝説のバンドのままだ。そして言うまでもなく、誰もベイ・シティ・ローラーズとザ・ビートルズを比べたりはしない。

さて、そのジャケットに掲載されていたクリームの写真で、毛皮のコートに手を突っ込んだエリック・クラプトンが提げていたのが、サイケデリック・ペイントが施されたギブソンのSGスタンダードだった。そのかっこよさに、ロックを聴き始めて間もない中学生は完全にノックアウトされてしまった。

それからかなり長い間、そのギターのことを“クラプトンのサイケSG”と筆者は呼んでいたし、周りもそうだった。“The Fool(ザ・フール)”という愛称があることを知ったのは、大人になって、それもしばらくしてからのように思う。しかも、“なるほど、おバカな絵が描かれているから「フールなSG」なんだな”と妙に納得してしまい、そう信じたままさらに数年が経った……(きっと同じ勘違いをした人はいると思うので、いたら挙手して下さい)。

実際のところは、オランダのデザイン集団“ザ・フール”のマレイケ・コーガー(Marijke Koger)とシーモン・ポシュマ(Simon Posthuma)によってペインティングされたために、このギターは“ザ・フール”SGと呼ばれるようになった。

このデザイン集団は、1960年代後半のサイケデリック・ブーム期に大活躍していた。1967年に通信衛星を使って24ヵ国で同時放送された宇宙中継特別番組『OUR WORLD〜われらの世界〜』でザ・ビートルズが「All You Need Is Love」を演奏した時の衣装デザインや、アルバム『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』のジャケット内側デザイン、さらにはジョン・レノンのピアノやアコースティック・ギター、ジョージ・ハリスンのミニ・クーパー(車)のペインティングなども手掛けている。

ザ・フールを弾くエリック・クラプトン
1968年3月、米テキサス州ヒューストンでのクリームのライブ時に撮影された1枚。

ジョージ・ハリスンから譲り受けたSG

1967年、クリームのマネージャーだったロバート・スティグウッドは、クリームの初となるUSツアーのために、楽器類のカスタム・ペインティング、衣装やポスターの制作一式をザ・フールに依頼した。ただし、SGのペインティングはエリック本人がザ・フールに依頼したという説もある。いずれにせよ、前述の「Sunshine of Your Love」シングル盤のジャケットに使われた写真もそうだが、この時期に、ジャック・ブルースのフェンダー“Bass VI”、ジンジャー・ベイカーのバスドラム・ヘッドもサイケ・ペインティングされたことがわかる。

この“ザ・フール”SGは1964年製で、もとはジョージ・ハリスンがエリックに譲ったもののようだ。マエストロ・ヴァイブローラが付いているのが特徴で、ジョージもまったく同じ年式・仕様のSGを同時期に使用していたことが知られている。

エリックに渡ったのは、ジョージがサブとして用意していたものだったのだろうか? ただし、“ザ・フール”SGのマエストロ・ヴァイブローラは上面の板部分ははずされている。これはエリックの使用最初期からこうなっているので、どの段階でのモディファイかは不明だが、ペイントを施した時の改造ではないかという気はする。単純にそのほうがペイント部分の見える面積が増えるからだ。また、ほかの変更箇所としては、1967年の秋頃になってペグがオリジナルのクルーソン製からグローバー製に換えられる。

“ザ・フール”SGはエリックととともに1967年3月にアメリカに初上陸、同月25日にニューヨーク58番街にあるRKO劇場でのUS初ライブでデビューした。以来、クリーム時代のエリックのメイン・ギターとして活躍していく。

ただし、1967年の2ndアルバム『Disraeli Gears(邦題:カラフル・クリーム)』ではレス・ポール・カスタムも使用されたし、その後は1ピックアップのギブソン・ファイアーバードやES-335も導入され、解散年である1968年の後半にはもう“ザ・フール”は使われていないので、このギターが絶対的なメインとは言いがたいところはある。

だが、あのロック史上に燦然と輝き続ける名演、『Wheels of Fire(邦題:クリームの素晴らしき世界)』(1968年)に収録された「Crossroads」がこのギターでプレイされた、というだけで“メイン”の称号を与えても良いような気はする。

ちなみに、エリックはアーミングをしないのが決まりごとだが、実は『Disraeli Gears』のアウトテイクである「Hey Now Princess」でアーミングを試みたことが、1997年にリリースされたボックス・セット『Those Were The Days』に収録されたデモ音源からわかっている。これは間違いなく、“ザ・フール”SGのマエストロ・ヴァイブローラによるものだ。

2023年11月のオークションで127万ドルの値がつく

このギターは1968年半ば頃に使用されなくなったあと、ジョージ・ハリスンに譲られる。いや、戻されたと言ったほうがいいだろうか。しかしこれには、エリックがジョージの家に置き忘れてそのままになったという説もあって、真相は不明だ。

そしてその後、ザ・ビートルズが立ち上げたアップル・レコードの契約アーティスト、ジャッキー・ロマックス(アルバムはジョージがプロデュースした)の手に渡り、1971年になってトッド・ラングレンが入手した。トッドは、“ジャッキーの前にはフリーのポール・コゾフも所有していたと聞いた”と言っているが、そこに信憑性はなさそうだ。

トッドの手に渡った時、ギターの状態は悪かったようで、ヘッドの破損修理も必要となり、そのヘッドと塗装の剥げていたネック裏の再塗装なども必要だった。またマエストロ・ヴァイブローラも、エリックの手によってアーム部が取りはずされた状態であった。これには、“アームが好きじゃないからはずした”という本人の証言がある。

前述の「Hey Now Princess」でのアーミング・プレイはチューニングもひどく狂っているし、あまり良い演奏とは言えないのだが、エリックにとってあれがトラウマになってしまったのかもしれない。

その後、ストップ・テイルピースに交換。4つのコントロール・ノブも、オリジナルのリフレクター・ノブから、ボリューム用は金のベル・ノブに、トーン用は黒いノブに変更されているが、これらはどの時点での変更か不明だ。

修復されたあとのザ・フール
修復されたあとのザ・フール(Photo by Nigel Osbourne/Redferns)

そして2000年になると、トッドは税金支払いのため、このギターをオークションに出品、約15万ドルで匿名の人物に落札された。その落札額の10%を彼は、エリックが主宰するクロスロード・センターに寄付している。

その後は別の匿名コレクターの手に渡ったようだが、2023年に再びオークションに出品され、127万ドル(編注:オークション当日のレートで約1億8900万円)というとてつもない額で落札された。この額こそが“Fool”だというのが正直な感想ではあるが……。

ザ・フールによるこのSGのデザインのテーマは、“善と悪、天国と地獄、そして善の力としてすべてを乗り越える宇宙の音楽の力”だったという。いつの日にかこのギターがまた我々の前に姿を現わし、“善の力としてすべてを乗り越える宇宙の音楽の力”を発揮してくれる日がくることを祈りたい。